第104話 今を生きる
窓を開けると息が白くなって流れて行く。
冷たい風が部屋に入り、本格的な冬が到来を実感する。寮から見える学園を見た遥は、この眺めにも慣れてきたと思った。
遥は、机の上に置いた手紙を見つめる。
――――拝啓
家族からの手紙を机に戻し、これまでのことを思い返す。
遥が天狗の力が発現したのは今年の夏だった。突然の力の発現により、転校を余儀なくされ友達とも会えなくなってしまったのだ。
発現には個人差があり、幼い頃の者もいれば遅い者もいるようだ。陰陽庁も鬼の転生者を観測していたのだが、まさか天狗の力まで転生するとは予想外だったと聞いた。
千年の周期による鬼の力の転生と、何か関係があるのかもしれない。
陰陽庁で保護施設に入所してから陰陽学園へ編入する予定だったのが、例のクーデターの件で蘆屋満彦に呪いをかけられ強制的に使役されてしまった。
何故、自分がこんな目に遭わなくてはならないのか。
世界を呪った時もあった。
きっと……皆、口には出していないが、この力のせいで家庭が崩壊してしまった子もいるのだと思う。
だが、今はこう思う――――
自分はツイていると。
同じ力を持った仲間と友達になれた。
変な学園だが、それなりに楽しく過ごせている。
鬼や天狗の恐ろしい力を見ても、普通に接してくれる少し変わった男子もいる。
「変な男子か……ははっ」
遥は、普通の青春に憧れていた。
進学したら、友達を作って、色々な場所に遊びに行って、そして恋人と――
力の発現によって全て壊れてしまったのだと思った。
普通の暮らしも、普通の青春も、普通の恋愛も……。
だが、この学園に入ってから、自分にも普通の恋愛ができるかもしれないと思い始めていた。
「普通の恋愛か……やっぱり普通の男子じゃ難しいのかな?」
遥の力は制御できているが、一生隠して生きて行けるわけではない。
こんな恐ろしい力を見られたら、離れて行ってしまう人が多いだろう。
「春近君か……でも、ハーレム男なんだよな……」
遥は複雑な表情をした。
――――――――――――
十二月に入り、教室の雰囲気も一種異様な地に足が着かないような空気が蔓延していた。
そう、十二月といえば、クリスマスに年末とイベントが多いのだ。
そしてここにも、完全にフワフワした男女が居た。
「クリスマス! クリスマスだよ! ハル、クリスマスだよ!」
ルリのテンションが上がっている。
ろくに青春と呼べるような事をしてこなかったルリには、恋人と過ごすクリスマスなるイベントに強い憧れがあった。
「クリスマス、ハルと一緒のクリスマスかぁ。ふっ、ふへっ、ふにゃぁ♡」
咲もうっとりとした表情で、恋人とのクリスマスを想像している。
「クリスマス! クリスマスだぜ! 今年のオレはちょっと違うぜ!」
春近も変なテンションになってしまっている。
今までクリスマスは、リア充達が盛り上がっているのを横目で見て、『くっそ、リア充めぇぇ』などと言っていたくらいである。
今年は夢にまで見た恋人と一緒のクリスマスに、ドーテー心を燃え上がらせていた。
しかし、三人共忘れていた。
春近には何人も彼女がいることに。
現に嵐の予感はしているのだ。
「ハ~ル君っ!」
突如として季節外れの大型台風天音が襲来する。
「ハル君、ハル君、ハル君、ハル君! もうっ、ハル君、えへへっ、ハル君♡」
完全に暴走モードになった天音が、春近に後ろから抱きつき凄いことになってしまう。
「ちょっと、天音さん! くっつき過ぎです。落ち着いて」
「もうっ、無理ぃ! ハル君のことが好き過ぎて止められないのっ♡ 毎日ハル君のことばっか考えているんだからぁ。ねっ、一緒にクリスマスデートしよっ! ホテルも予約してぇ、一緒に夜景を見てぇ、それでぇ♡ そうだ、ハル君は天井のシミを数えてれば良いから! お姉さんが気持ちよくしてあげるからねっ! 大丈夫、痛くしないからぁ」
天音は、寝ても覚めても春近のことを考え悶々とした日々を過ごしていた為に、もう頭の中は春近ばかりで壊れ気味になっていた。
「天音ちゃん、ダメだって! 離れて!」
ルリが慌てて天音を引き剝がそうとする。
「おい、ヤメロって! 誰か渚を連れてこい!」
咲も必死に止めようとする。
和沙は少し離れた所から、春近達の騒ぎを眺めていた。
やめてくれ……それ以上、土御門に触らないで……
何で、そんなに他の子とはイチャイチャするんだ……
天音とは、あんなに仲良くしているのに……私には……
先日は遥とも良い感じになっていた……
もう、認めるしかない……私は、土御門のことが好きだと……
でも、私は天音のようにはできない……
私は………………
そして春近はというと――――
杏子が渚を呼んできたので、荒ぶる
春近の、『全員でクリスマスパーティをしましょう』という提案で、何とか皆が納得して場は収まった。
――――――――
しかし、クリスマスも近くなった十二月中旬、陰陽庁からある一報がもたらされる。
それは一部の関係者と天狗の少女達に伝えられた。
和沙達は校舎の屋上に立ち、これまで何度も眺めてきた景色を見ている。
今では五人で並んで眺めていた。
「招集って何だろ?」
天音が呟く。
陰陽庁から極秘裏に、仕事を手伝うように通達が出たのだ。
「仕方がないさ。私達は保護観察中みたいなものだしな。操られたとはいえ、あのような大事件に関わってしまったのだし」
和沙はそう答えたが、彼女自身は春近のことで頭が混乱していて、正直な所陰陽庁の手伝いどころではない。
「もう、この学園に戻って来られないかも」
「ちょっと、冗談はやめて!」
黒百合の言葉を天音が即座に否定した。
しかし、天音自身も嫌な予感がしていた。
「ねえ、私さ……」
遥が語りだす――――
「私さ、突然天狗の力が発現して、急に転校することになっちゃって、友達にも会えなくなって、しかもあんな事件にまで巻き込まれてさ……。何で私ばっかりこんな酷い目に遭わなきゃならないのかって思ってたんだ」
遥の話を四人は黙ったまま真っ直ぐに聞いている。
「でも、私はあんなことになったけど、皆と会えて友達になれて良かったと思う。色々嫌なこともあったけど、今は皆で笑っていられて良かったって。生きていて良かったって。だから……私は後悔したくない。青春だって恋人だって、後悔したくないから。だから皆も、特に和沙も、後悔しないように、自分の気持ちに素直になって」
「私は……」
和沙は考える――
そうだ、この先どうなるか分からないのに、何で私は同じ場所で足踏みしているんだ。
遥の言う通りだ。
悔いが残らないように生きないと……
和沙は決意した。陰陽庁に召集される前に、あの男に告白しようと。
最初は、ほんの小さな事件だった。
春近たちの知らないところで起きた小さな事件。それはパズルのピースが組み上がるように連鎖し、取り返しがつかない程の大きな事件となる。
そう、日本の存亡をかけるような、千年規模の大災厄が。
陰陽庁が手におえない程の大問題が、春近達の身に迫っていた――――
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