第102話 勘違い

 昼休みの屋上――――


 校庭の鮮やかだった紅葉や銀杏も全て散ってしまい、灰色の景色が物悲しい雰囲気を漂わせている。


 人間というものは、美しい花や景色を見ている時は気持ちも上向きになるのに、物悲しい景色を見ると気持ちも落ちてしまうのだろうか。

 和沙は、何度か天音と一緒に語り合った場所に立ち、景色を眺めて感傷に浸っている。


 ただ、今回は四人で並んで眺めているのだが。



「はああっ……私の花は散ってしまったのだろうか……」


「ちょっと、和沙ちゃん! まだ始まってもいないでしょ!」

 和沙の弱気な発言に、天音が活を入れた。

「好きなら好きだって言えば良いじゃない!」


「いや、好きというわけでは……ごにょごにょ……」


 普段はあんなに強気なのに、恋愛だけ弱気になってしまう和沙であった。それに引き換え天音といえば、天にも昇る気持ちでふわふわしていた。


「はあぁ♡ ハル君かわいかったなぁ。あんなに感じてくれるのなら、もっと気持ちよくなって欲しい。ふふふふっ……えへへっ♡」


 前回はこの場所で一緒に溜め息をついていた天音だが、今回は幸せいっぱい胸いっぱいで顔が緩みっぱなしだ。


 男性経験を気にしないとか経験豊富なお姉さんに憧れるという春近の発言で完全に自信を取り戻した天音は、先日のコタツの件で更に春近にゾッコンになってしまっていた。

 実は黒百合の足技で感じていたのだが、そんなことはどうでもよかった。


 元から可愛い系の男子が好きで、春近が自分の好みにピッタリだった天音だ。コタツで抱きしめた時の胸の中でピクピクと震える春近に、好き好きゲージのレッドゾーンをブチ破って、もう何が何だか分からない程に大好きになってしまっているのだから。


 もうこれは性せいへきとか本能みたいなもので、誰にも止められないのだ。


「えへへへっ……もう、早くハル君の初めてが欲しいなっ……うふふっ」


 傍から見ると少し気持ち悪いくらいに、天音の顔がデレェっと緩みっぱなしだ。



「っ……天音ばかりズルい……」


 隣で並んでいる一二三が、少しだけ口を尖らせて文句を言う。普段表情に出さない一二三には珍しく、少しだけ怒っているように見える。



「天音が気に入るのも分かる。春近は面白い。私も気に入った」


 更に隣の黒百合が会話に参加する。

 最初は食の好みで気が合うだけだったのだが、今では春近のリアクションがいちいち面白くて一番のお気に入りとなっていた。



「というか、何で増えてるんだよ! くっそぉ、土御門のヤツめ、次から次へと! 何で私には素っ気無い態度なのに他の女とは仲良くしているのだ! けしからん!」


 和沙は、殆ど嫉妬で文句を言っている。

 これだけ態度に出ていて周囲からバレバレなのに、本人はいまだ恋愛感情を否定しているのだから困ったものである。


「もうっ、和沙ちゃんが行動しないのなら、私が全部貰っちゃうから。ハル君を私のカラダとテクニックで溺れさせて、私なしじゃ生きられないようにしちゃおっかなぁ?」


「ま、待て! ダメだダメだ! そんな……不健全だ! 認めんぞ! もっと学生らしい付き合いをだな……」


「うふふふっ」


 天音は完全に和沙をからかって遊んでいた。


 ――――――――




 放課後になり、辺りは薄暗くなる。

 この季節は日が暮れるのが早くなり、薄暗い廊下に茜色の暮れかかった夕日が射し込みロマンチックな雰囲気を醸し出していた。


 一人歩く春近の前に少女が立っている。少女の顔に夕日の赤が映え、恥ずかしそうな表情と相まって普段よりも可愛げに見える。


「あれ、飯綱さん、どうしたの?」


 春近は少女、飯綱いづなはるかに声をかける。


「やあ、ちょっと良いかな? 話があるのだけど……」

 遥は恥ずかしそうな表情で頬を染めているように見えた。


「う、うん、良いけど……」


 春近は遥の後に付いて行く。何やら人気ひとけの無い場所に連れて行かれるようだ。


 これには春近も、何か予感めいたものを感じてしまう。普段は鈍感なのに、こんな時だけ察しが良くなるのだ。


 えっ、何だろ? もしかして……告白? 飯綱さんとは、あまり絡んでなかったはずだけど? でも、今の感じは完全に……どうしよう?



「えっと、この辺で良いかな。人もいないし」


 廊下の角を曲がり、誰もいなくなったのを確認してから遥が話し出した。

 恥ずかしそうにモジモジしながら、何か言い難そうにしている。


「その、実は……天音や一二三がキミのこと好きみたいじゃん。それで……私も……」


「ごめん!」

 春近は話を全部聞く前に頭を下げた。


「その……オレにはルリ達がいるから。飯綱さんの告白を受けることはできないんだ……」

「………………は? 何のこと?」


 遥はきょとんとした顔で、『この人なに言ってんの?』みたいな顔をしている。


「えっ、あれっ、あの……オレに告白とか……では?」

「いや、全然」


 はああああああぁぁぁぁぁっ! 違うのかぁぁぁぁぁ! やってしまったぁぁぁぁぁぁ! これは恥ずかしいやつぅ!


 こ、これは、あれか! 女子と偶然目が合ったり気軽に挨拶されると『もしかして、あの子、オレの事好きじゃね?』みたいに勘違いしちゃうやつかぁぁぁ!

 この学園に入ってからモテモテだったから忘れていたけど、オレは元々陰キャで女子慣れしていなかったんだった! それに、こんな人のいない場所まで連れてきて恥ずかしそうな顔して話し始めれば、誰だって誤解するはずだろ。


 うわああああ! とんでもない赤っ恥をかいてしまった! 恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかし過ぎる!


 余りの恥ずかしさで春近が頭を抱えた。



「ぷっ、ぷぷっ、えっ、まさか……私がキミに告白すると思ったの? ぷはっ、そ、そうなんだ……ぷぷぷっふっ……」


 遥は笑いを堪えられず、喋りながら時折吹き出してしまっている。


「あ、あの、飯綱さん。この件は皆には内緒に……」


「ぷふっ、くっ……わはっ、もうダメ! オモシロ過ぎ! あっはっはっはっはっ! ひぃーお腹苦しいぃぃぃ! 皆にメールしちゃお」


 遥はスマホを取り出す。


「待って! それだけは内緒にして!」

「ええーっ、どっしよっかなぁ」

「そこを何とか」


 こんなのが皆にバレたら、オレは勘違い野郎になってしまう!

 ルリが生暖かい顔して、『ハル、勘違いさんでちゅね。はーい、おねむの時間でちゅよぉ』とか言って、咲が哀れみの表情で『ハルってば、子供みたいだよな。アタシが面倒見てやっからな。ぷぷっ、ぷーくすくす』なんてことになってしまう!(春近の勝手なイメージです)


 いや、それはそれで変なプレイっぽいけど、ハーレム王で足フェチでドMでヘンタイで更に勘違い野郎の称号まで付いてしまうのは嫌だぁぁ!



「あははっ、もう、内緒にしてあげるよ。キミは、あの事件で私がピンチの時に見逃してくれたし」


 お腹を抱えながら笑っていた遥が言う。どうやら内緒にしてくれるようだ。


「た、助かった……。で、一体何の話だったの?」


「そう、それそれ。私以外が皆恋バナで盛り上がってて、私には全く彼氏もできないし良い話もないからさ。キミに誰か良い人を紹介してもらおうかと思って」


「そんなのオレに言われても困るな。紹介できる男なんて……藤原は遊び人だからオススメできないし……」


「頼むよ、天音はキミのことばっかで話にならないし。和沙はムッツリだけど男の前ではダメダメだし。一二三は無口だし。黒百合はよく分かんないし。他に頼れるのはキミくらいで」


「でも、紹介できる男子なんていないけど。因みに、どんな男が好みなんですか?」

 ――というか、鞍馬さんってムッツリだったのか。何だか色々と、皆の秘密がバラされてしまっているような?


「私は他の子みたいにうるさいことは言わないよ。まあ、優しくて話が合えば。逆にイケメン過ぎると緊張するから、普通で良いんだけど」


 女子の言う普通は信用できない気がするけどな。普通にイケメンとか、普通に高身長とか? これはオレの考えすぎか?

 そう、春近が思ったように、女子の言う普通は普通に高身長イケメンだったりするから信用できない。


「紹介は無理なので、一緒に探すのはどうですか?」

「うん、いいねっ。じゃあ、私の彼氏をつくるのに協力してもらうから」


 何かと巻き込まれ体質の春近が、また余計なことに巻き込まれるのだった――――

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