第95話 特別な人

 今日も文化祭の準備である。

 制作班によって大道具も完成に近づいている。演技の方はぐだぐだな感じだが、本番までには何となく形になちそうだ。



 ルリや和沙のシーンが手間取っているようだが、さしあたり出番の少ない応じ役の春近は暇になった。


「オレの練習は終わったので、他のクラスの様子でも見に行こうかな」

 春近は教室を出て隣のクラスへと向かう。



 廊下から春近がB組を覗くと、慌ただしく準備をしているのが見えた。


「何の出し物なんだろ?」


 きょろきょろしていると、春近を見つけたあいが近寄ってきた。


「あっ、はるっち~」

「あいちゃん」

「はるっち、何してるの?」

「敵情視察かな?」

「何それ、変なはるっちぃ」


 廊下に出たあいが、上目遣いで春近の顔を覗き込む。

 間近で見るあいの表情が可愛くて、春近が少しだけ赤面する。


「か、かわっ、えと、B組は何のイベントをやるの?」

「うちらはメイド喫茶だよぉ。はるっちも来てね、サービスしちゃうから」

「メイドさん良いね! 絶対行くよ!」


 うおおおっ! 本当にメイド喫茶をやるクラスがあるなんて。

 これは……リアルなメイド少女に『おかえりなさいませ御主人様』とか言ってもらえるのか!


 メイド喫茶と聞いた春近は大歓喜だ。


「春近、なにニヤニヤしてるのよ?」

 そこに渚も現れた。


「あ、渚様。もしかして渚様もメイドやるんですか?」

「はあ、あたしがそんなのやるわけないでしょ!」

「えっ、渚様のメイド姿見たかったのに……」

「は?」


 春近のテンションが下がり、渚の表情が変わった。


「そうですか……渚様がメイド服を着たら凄く可愛くて最高だと思ったのに。渚様のメイド姿見たかったな。きっと、すっごく似合ってたと思うのに……」


「は、春近! あ、あんたがそこまで見たいって言うんなら……着てやってもいいんだけど……。まあ、あたしは全然興味ないんだけど。仕方がないわね、あたしのメイド服姿、ありがたく思いなさいよね」


「本当ですか! 楽しみにしてますね」


 最近は渚の扱い方が分かってきた春近だ。春近に褒められて満更でもない。髪を指でクルクルしているが、内心はかなりデレているようだ。

 威圧感が凄く性格も強烈な彼女だが、基本は乙女で可愛い女だった。


 そして、後ろであいが『この子、けっこう単純でしょ』みたいな顔してニマニマしている。



「ハぁル君!」


 もう一人忘れてはならない過激女子が。そう大山天音である。

 当然のように春近の腕に抱きつく。


「あ、天音さん」


「ハル君、私達メイド喫茶やるんだよ。絶対来てね。私が、手取り足取りご奉仕しちゃうからねっ!」


 天音のイチャイチャにより、渚の威圧感が急上昇している。この二人、混ぜてはいけない女なのかもしれない。



「あ、天音さん、くっつき過ぎですよ」

「うふふぅ、いいでしょ♡」


「ちょっと、春近はあたしのモノなんだけど!」

 当然、渚がキレそうになる。


「きゃ、ハル君、こわーい」


 渚の威圧感で更に天音が密着してくる。多分わざとだろう。



「ほら、サボってないで仕事仕事」

 そこに黒百合が現れ、天音を引っ張って連れて行く。


「ハル君、また後でねっ!」

 引きずられながらも、とびきりの笑顔でウインクする天音だ。



「「じぃぃぃぃぃぃ――」」

「えっ、何ですか?」


 渚とあいがジト目で見ているのに春近が気付いた。


「春近、あんた絶対女に騙されるタイプよね」

 やれやれといった感じに渚が呟く。


「ええっ、よく言われるけど、そんなに女に騙されやすく見えるのかな?」

「やっぱり、地下室に監禁して、あたしだけの愛奴隷にするべきかしら……」


 渚が物騒な事を呟いているが、怖いから春近は聞かなかったことにしておいた。




 廊下を歩き、続いてC組の教室を覗く。

 B組と違って人もまばらだ。


「何だか閑散としているけど大丈夫なのだろうか?」


 アリスが通りかかったので捕まえる。

「アリス、何してるの?」

 ギュッ!


「うわぁ、放すのです!」

「もう、アリスは可愛いな」


 子供のように持ち上げて抱っこする。

 椅子に座ってアリスを膝の上に乗せると、急に大人しくなった。


「うううっ……わたしは身も心も全てハルチカのものにされてしまったのです……」

「ほらほら、なでなでぇ~」


 アリスをナデナデしていると、忍がやってきた。


「いいな、いいな、私も抱っこして欲しいな……」


「忍さん、C組は何のイベントをやるのですか?」


 忍が抱っこして欲しくてうずうずしているのは分かっているのだが、大きくてグラマラスな彼女を抱っこすると大変なことになりそうなので春近はスルーした。


「私達はお化け屋敷ですよ。皆は資材を集めに行っているんです」

「あ、それで人が少なかったのか」

「はい。いいないいなぁ」

「えっと……」


 なでなでなでなでなでなでなでなで――


 ぐいぐい迫る忍と話しながら、春近は無意識にアリスの体中をナデナデしまくっている。


「あ、あの……アリスちゃんが……」

「ん?」

「その……大変なことに」

「えっ!」


 忍に言われてアリスを見る春近だが、彼女は膝の上で脚をピンと伸ばしてピクピクしていた。


「えっと……アリス、大丈夫?」


「んあぁ♡ だ、大丈夫じゃないです! や、やっぱりハルチカは、とんでもない男です……うっ、はあっはあっ……」


「わ、わざとじゃないんだよ。アリス……」



 それを見た忍が、抱っこを求めてぐいぐい迫る。


「いいな、いいな、私もソレして欲しいな……」

「し、忍さん、近いです」

「うふっ、普通ですよ」

「で、ですかね」


 ナデナデを求めて迫る忍の圧が凄くて、春近はアリスを渡してA組に戻ることにした。まさか、教室で忍と破廉恥してしまう訳にはいかないだろう。




 教室に戻る途中の春近が一二三とバッタリ会う。

 その後は大丈夫なのか心配になった春近は声をかけた。


「比良さん。何してるの?」


「……ん……イベントで使う段ボールを探している……」

 キョトンとした顔の一二三が、春近の顔を見つめながらそう言う。


「あ、それなら、オレのクラスで余ってたから持って行って良いよ」

「……んっ、助かる」


 春近は一二三と並んで教室に戻った。



 教室に入ると、ルリが迫真の演技を披露している場面に出くわした。まるで名女優のような迫力の演技だ。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのだあれ?」

「それは勿論、森の奥で7人の小人と暮らしている白雪姫が一番美しい」

「キィィィィィー! おまえたち、やぁっておしまいなさい!」


 相変わらずルリは、悪の女幹部みたいで面白い。


 ふふっ、ルリも楽しそうにしていて良かった。

 ルリには、こういった普通の青春っぽいことを経験して欲しいからな……


 そんなことを考えながら、春近は段ボールを探して和沙の元に向かう。


「鞍馬さん、段ボール余ってたよね? 比良さんがC組で使いたいから欲しいって」


「ああ、そこに置いてあるのは処分するって言ってたぞ」

 和沙は教室の隅に置いてある段ボールを指差した。


「比良さん、俺も手伝うから一緒に持って行こうか」

「……ん、ありがたい……」

「そういえば、お化け屋敷をやるんだって? 当日は遊びに行くよ」

「んっ……カップル限定……」

「そうなんだ」

「アナタにどうしても相手がいないのなら、私が一緒に入っても良い……」


 一二三と話している春近が、漫画みたいに目を丸くして見つめている和沙に気付いた。


「はははっ……って、鞍馬さんどうしたの? 目が漫画みたいになってるけど!」

「えっ、その、一二三がそんなに喋ってるのを初めて見たから……」

「そうかな? 前から普通に喋ってたけど?」

「いやいやいや、喋ってるのはキミにだけだぞ」

「そんなことはないよ」


 春近の発言で和沙が小声でブツブツし始める。


「えっ、もしかして……でも、ありえなくはないのか? 確かに、自分がイジメられているところを助けてくれた男なら……。わ、私も、あの時はちょっと男らしいとか思っちゃったし……。いやまて、私の理想とは全然違うだろ! 私は土御門のようなナヨナヨしているのより、もっとこう男らしくて……。でも、何の得もないのに身を挺して女を守るのは男らしいような。ああっ、何で私のことになっているんだ! と、とにかく、私は違う! 私は断じて好きになってなどいない!」


 ブツブツ独り言を呟く和沙を残し、春近と一二三は段ボールを持ってC組へと向かった。


 ――――――――






 練習を再開した春近は、和沙と最後のキスシーンを始める。ここだけ和沙が恥ずかしがって上手くできないのだ。



 ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――――


「うわあっ、やっぱり無理だぁぁぁぁぁ!」

 和沙が真っ赤な顔を手で覆って叫ぶ。


「もうっ! 和沙ちゃんがそんなだと、いつまで経っても終わらないでしょ!」

 ルリが半分以上嫉妬で文句を言う。


「いや、しかしだな、付き合ってもいない男女がキスだなんて……」


「フリだって言ってんのに。もうそれ、好きだって言ってるようなもんだよな」

 咲まで呆れたように言い始めた。


「だだだ、断じて違う! すす、好きなどでは! ち、違うからああああぁぁぁぁぁ!」


 真っ赤な顔を両手で隠した和沙は、教室を飛び出して走って行ってしまった。

 本番までに間に合うのだろうか。



「春近君、白雪姫は、今では色々内容が変わっているのですが、原作では妃が義母じゃなく実母だったり、キスじゃなくて王子が姫の死体を貰って運んでいる最中に喉からリンゴが外れて蘇生したりするんですよ。更に、妃は焼けた鉄の靴を履かされて無理やり踊らされる拷問で殺されるという話なんですよ」


 杏子が横で雑学を話し始める。


「更に言うと……この話って、実の母が若い娘に嫉妬して殺そうとしたけど、最後は娘に殺される話なんですよね」


「そんな白雪姫は嫌だ……」


 そして文化祭は当日を迎える。

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