第76話 突撃の杏子

 首都や人心が混乱している中、ここにも非常に混乱している男が居た。

 内閣総理大臣臨時代理として、自衛隊法に基づき防衛出動を発令した副総理である。


「あああ……何で私が担当の時に、こんな非常事態に……パフォーマンスの上手い首相は拉致されてしまうし、いつも目立ちたがり屋の都知事は急に静かになるし……」


 自衛権の行使により、都心で撃ち合うような事態で多くの被害者が出たら責任重大だ。

 しかも、自国で事態を収拾できなければアメリカ軍の介入になるやもしれず、もし混乱に乗じて他国が領海や領土に侵入にでもなれば、更に問題が大きくなってしまう。

 もう何をしても批判を免れない状態なのだ。


「あああっ! 困ったぁああ。もう、何処かのスーパーヒーローでも颯爽と登場して、全て解決してくれないものか」


 人任せな副総理の発言に、仮とはいえ一国のトップとしてそれはどうなんだと、横で聞いている秘書は思った――――


 ――――――――






 バタバタバタバタバタバタバタバタ――


 春近達のヘリは都心へと到着し、占拠されている総理官邸の近くに着陸した。

 作戦に備え、春近たちに防弾チョッキとヘルメットが貸し与えられ皆で装備する。その姿はサバゲーかコスプレのようで、似合わない事この上ない。


 そんな中でも鈴鹿杏子だけはテンション高めだ。


「この装甲車は、直列6気筒ディーゼルターボで12人乗りなんですよ! 武装は40mm自動擲弾銃じどうてきだんじゅうと12.7mm重機関銃ですね」


 デカいタイヤが8個も付いた装甲車を見て興奮している。一番弱そうだと思っていた彼女が、実は意外と一番大物なのかもしれないと春近は思った。



 聞かされた作戦内容は――――


 先ず、自衛隊が先導し正面から突入。春近達は装甲車に乗り、後方から呪力で支援するという作戦だ。

 総理官邸正面に到達したら、強制の呪力を渚が使い敵を無力化。春近たちはルリ救出に向かい、自衛隊と四天王は人質救出に向かう手筈となっている。


 上空からでは占拠している勢力に撃ち落されるのと、官邸地下まで繋がる秘密通路では罠が仕掛けられている可能性を考慮し、結局正面から突入する案になってしまった。




 春近は作戦実行を前に不安になっていた。


 果たして、これで上手く行くのだろうか?

 渚様の負担が大きそうだけど大丈夫かな……



 春近の視線に気づいた渚は、自信満々な感じに胸を張って答える。

「なによ春近、その目は。あ、あたしに任せなさいって言ってるでしょ!」


 そう言いながらも、渚は恐怖で生きた心地がしないほどだった。そう、彼女は怖がりなのである。


 ううっ……こ、怖い……怖くて逃げ出したい――――

 春近には偉そうなこと言っちゃったけど、本当は怖くて立っているのもやっとなのに。ホントはヘリコプターに乗ったのだって怖くていっぱいいっぱい。もうムリぃぃ……。



 一見堂々としているように見える渚だが、春近は彼女の足が震えるのを見逃さなかった。

 普段は強気な渚だが、本当は怖がりな女の子なのを知っているから。


「だ、大丈夫ですよ、渚様。オレがついてますから。オレじゃ頼りないかもしれないけど」


 そう言って、春近は後ろ姿の渚の肩を抱く。


「は、は、は、は、は、春近!」

 渚の顔が一気に上気し、極限の興奮状態になった。


「えっ、あれっ、オレ……マズいことした?」

「春近! 春近! 春近ぁぁ!」


 180度回転した彼女は、春近に強烈なキスをお見舞いする。


「ちゅ、ちゅっ、あむっ、んんんっ、ちゅっんんっ」


 あまりの唐突なラブシーンに、周囲の女子が「ぎゃああああっ!」っと一斉に抗議の声を上げ、自衛隊員の皆さんが『あちゃー』みたいな顔になる。


「んんんんんっ、ちゅぱっ! 春近、あんたなに言ってんのよ! あたしが守るって言ったでしょ!」


 この時の渚は、体の奥から信じられないような力が湧き上がり、何でもできそうな気分になっていた。

 恋する乙女のパワーは凄いのである。


「行くわよ!」

 そう言って意気揚々と装甲車に乗り込んで行く。


 春近も続いて乗り込もうとすると、咲が袖を引っ張ってきた。

「おい、アタシにも後でたっぷりしてもらうからな」


 咲は、完全に嫉妬モードになった顔をして、不満たらたらだ。

 春近が周囲を見回すと、他の子もジト目になって少し怒っている。


「あ、後で必ず……」

 そう言って装甲車に乗り込む。

 後でどうなるかは後で考える春近だ。


 ――――――――






 蘆屋満彦は儀式の準備に入っている。


 蠱毒厭魅こどくえんみ――――

 それは古代から禁忌きんきとして絶対に行ってはならない呪術であった。

 実際に日本でも養老律令ようろうりつりょうにより、法令によって固く禁止されてきたのである。


 通常は蛇や百足むかでなどの毒虫を壺に入れ共食いさせて残った最後の一匹を使ったり、動物を使って行う呪いである。



 蘆屋満彦が行おうとしているのは、伝説的な力を持つ鬼の少女を贄として、これまで歴史上ありえなかった程の大規模な呪いを発動させようとしているのだ。


 ただ、彼はクーデターが成功するなど端から思ってはいなかった。禁呪を完成させるまでの時間稼ぎになれば良い。欲に目がくらんだヤツや理想主義者を利用し、隊員を幻覚で惑わし利用しただけである。


「くっくっくっ……あと少し、あと少しで我は最大最強の覇王となる――――」


 最大最強の禁呪、蠱毒厭魅こどくえんみ。最強の鬼を贄。東京を魔法陣。そして、その膨大な呪力を我が物とする。

 満彦の口元に不敵な笑みが浮かぶ。



 ――――――――






 総理官邸正面でバリケードを作って待機しているクーデター派の隊員だが、満彦の暗示が切れてきて少し冷静になっていた。


「おい、オレ達何やってるんだ?」

「そりゃ上官命令で……」

「上官って……誰の命令だよ? 最高指揮権は総理大臣だろ。おかしくないか?」

「……」

「まさか、隊員同士で撃ち合いなんてまっぴらだぜ」


 ――――――――




 ブロロロロロロロ――


 春近達の乗る装甲車は、誰も居ない静まり返った深夜の都心を走る。

 といっても、乗っているのは装甲車の中なので外は殆ど見えないのだが。


 キキキィィィィィィー!! ガシャーン!

「うわああっ!」

「「「きゃああっ!」」」


 あと少しで到着かと思われたその時、突然、急ブレーキが掛かり装甲車はおかしな向きになって停車した。


「何があったんだ!」

 春近が声を上げる。


「まだ到着してないはずよね」

 春近に抱きついた渚も口を開く。


「何かおかしいです」

 アリスが天井ハッチを開けて外に首を出した。


「アリス、気を付けて」

「わたしには弾が当たらないから大丈夫です」

 春近がアリスのもとに行くが、彼女はハッチから外を覗いている。



 恐る恐る春近も外を覗いてみるが、そこには先導していた自衛隊車両の全てが止まっている光景が広がっていた。中には衝突している車両も見えるようだ。


「あれは……確か転校生の……」

 春近の視線に、転校生の少女が走り去る後ろ姿が見えた。




 自衛隊車両を全て無力化した当事者の少女は、面倒くさそうな顔で走っていた。


「もう、面倒くさい」

 愛宕黒百合が呟く。


 地下で楽しくガールズトークをしてる彼女らのもとに突然満彦が入ってきたかと思えば、出撃して敵を食い止めろと命令されたのだ。

 黒百合は一人で歩道を歩いて現場で待ち伏せし、通りかかった装甲車の自衛隊員だけ神通力で眠らせたのだった。


「命令には背いてない。問題無い」


 何となく春近たちが来ているのは気付いているが、そこは気付かないふりして見過ごし、ブツブツ独り言を呟きながら帰って行く。




 そして取り残された春近たちは――――


「どうなってんだ。運転する人が眠っちゃったぞ。どうしよう……」

 春近は、恐る恐る外に出て辺りを確認する。



「土御門君、私に任せて下さい!」

 何故か若干ドヤ顔になった杏子が前に出る。


「鈴鹿さん、もしかして運転できるの?」

 とりあえず春近が聞いてみる。


「免許も経験もありませんが、鋼鉄乙女パンツァーティーゲルというアニメを観て、戦闘車両全般、操縦の仕方はマスターしているであります!」


 凄く不安になるような事を自信満々に答えている。


「えっと……無免許運転大丈夫なんだろうか?」

「今は緊急事態ですよ。誰も見ていないし、後で陰陽庁が揉み消してくれますよ」

「す、鈴鹿さん、意外と大胆だな……」

「鋼鉄乙女のヒロインも大胆不敵であります」

「そ、そうだね……」


 術で眠らされた隊員を皆で他の装甲車の中に運び、杏子は操縦席に移る。


「よっしゃー! 突撃ぃぃ! ひゃあっほぉおおおおっ!」

 キキキキィィィー! ブロロロロロロロォォォォ!


 おかしなテンションになった杏子の声と共に、装甲車のエンジンが唸りタイヤを軋ませる。春近たちを乗せた直列6気筒ディーゼルターボエンジンが火を噴き、静まり返った都心の夜の帳の向こうへと発進した。

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