第57話 デート編Ⅲ 咲

 春近はそわそわと落ち着かない仕草で咲を待っていた。今日は咲とのデートで、女子寮の玄関前で待ち合わせしているのだ。

 さっきからずっと咲のことを考えている春近だった。


 何だか緊張するな……

 咲とは入学前の入寮初日に会って、いきなりケンカをしちゃったんだよな。

 いや、ケンカというより一方的に踏まれただけだったけど……


 今となっては懐かしい思い出だ。

 最初はヤンチャなギャルっぽく見え苦手なタイプかと思っていた。しかし、仲良くなってみると本当はとても素直で良い子なのだ。

 特に、すぐ顔に出てしまう所が可愛い。



 そんなことを考えていると、咲が寮の玄関から出てきた。


「ハル、おまたせ」

「あ、うん……」


 咲……

 何だかいつもより可愛く見える。

 よく見ると薄く化粧をしているような……


「なに見てんだよ」

「えっと、ごめん」

「い、いや、別に良いけど……」


 ちょっと言葉は強い咲だが、心の中では全く逆である。


 うう……本当は見て欲しいのに、いつもアタシは逆の事を言っちゃう――――


 咲がモジモジしている。

 口では怒ったような事を言っても、内心は逆なのが表情ですぐバレバレになってしまうのだ。



「じゃ、じゃあ行こうか?」

「お、おう」


 春近は咲を連れ学園を出て通りを歩く。まだ付き合い始めのような、初々しさやぎこちなさを醸し出しながら。




「ハル、そういえばさ。ボケーっと遠い目をしていたけど、なに考えてたんだよ」

「えっと、咲と初めて会った時の事を……色々踏まれた事とか」

「それは忘れろよ!」


 速攻でツッコむ咲。

 顔とかイケナイトコとか色々踏んでいたのを思い出したのか、咲の顔が真っ赤になった。


「ハルが悪ぃんだよ。 なんか、こう……見てるとウズウズムラムラして踏みたくなってくるというか……ホントもう、我慢できねぇっつーか」


「そんなー」

 春近は色々思い出していた。ギャル系女子に踏まれる現実を。


 くぅうっ、そういえば、渚様やあいちゃんも、そんな感じだったような。

 自分では気付かないけど、S系女子を興奮させる変なオーラでも出してるのか?

 鬼寄せスキルの他に、ドS女子寄せスキルを持っているとか?

 ふっ、冗談キツいぜ。



 サッ――

 咲が春近の腕に抱きつくような形に腕を組んできた。


「いいだろ……何でもするって言ったし」

「う、うん」


 傍から見るとラブラブカップルのようだ。寄り添い密着し腕を組みながら、二人は商店街を色々と歩いて回った。



 そして二人は、気付かないうちに怪しげな雰囲気の通りに入ってしまう。少し特殊なホテルが立ち並び、ピンクや紫の看板がいくつも見える場所だ。

 よりにもよって二人は、ちょっとオシャレなホテルの入り口で立ち止まってしまう。



 咲はホテルの入り口を見てテンパっていた――――


 あれ、ここって……ホテル街じゃねーか!

 まさか、ハル……最初からそういうつもりで……

 そりゃ、アタシも少しはそうなるかもって考えていたけど、いきなりかよ!

 一応、勝負下着は付けてきたけど……まだ、心の準備が……てか、ハルのやつアグレッシブ過ぎんだろ!

 そんなにアタシとしたかったのか――――



 当然、春近もテンパっていた――――


 あれ、ここは……ら、ラブホテルの前じゃねえかぁああっ!

 いや、完全に偶然だけけどさ。

 マズい、咲が黙っちゃった。

 どうしよう……わざとホテル街に連れてきたように思われてるのかな?

 そりゃ、オレも男だからエッチな事も興味あるし……

 でも、ルリや渚様とか他の子からも好きと言われているのに、好意を裏切るような事はできないぞ。


 二人共、ホテル前で固まったままになってしまう――――



 ハッとして春近がが気付く。

 まま、マズい! ラブホテルの前に居るのを誰かに見られたら、学園中で噂になってしまうぞ。早く移動しないと。


「あの、咲……」

 春近が話しかけようとしたちょうどその時、ホテルの中から行為が終わったであろうカップルが出てきて鉢合わせする。


 その男に春近は見覚えがあった。何処かで見たことのある男だ。

 丁度向こうもコチラに気付く。


「あれ、土御門じゃん」

「えっ、あれっ?」


 同時に驚き同じリアクションになる。その男は最悪にもクラスメイトの男子だった。

 お相手もクラスの女子である。


「へぇー ふぅーん」


 その男は咲をチラっと見て勝手に一人で頷いている。何かを納得したような顔だ。


 そして春近の肩をポンと叩く。

「まっ、頑張れよ! この事はお互い内緒で!」

 と、言って勝手に納得して去って行った。



 まさか知り合いに見られるとは、完全に誤解されたかもしれない。


「さ、咲、あっちに行こうか……」

「えっ、あ、ああ……」


 春近は咲の手を引き、クラスメイトのカップルとは逆方向に歩き出す。

 手を引かれている咲は、これ以上ないくらい真っ赤な顔をして固まってしまっている。


 ――――――――





 喫茶店に入った春近は、不機嫌になってしまった咲をなだめていた。


「咲、もう機嫌なおしてよ」

「つーん……」


 さっきから咲がそっぽを向いている。


「わざとじゃないんだよ。道を間違えただけで……」

「つーん……」

「えと、ほら、そ、そんな気はないからさ」

「つーん……」



 咲は複雑な心境だった。


 ハルのやつ、道を間違えたとか腹立つ!

 アタシだけ勝手に盛り上がってバカみたい。

 しかも知り合いに見られるし……

 てか、あいつらホテルとか……そんなに進んでたのかよ。

 アタシなんか全然なのに……ハルのバカ……



「咲、もう許してよ」

「じゃあ、ここでキスしてくれたら許す!」

「えっ……ここで?」


 お昼時の喫茶店は、周りに人が多く目立ちそうだ。


「でも、人が多いし……」

「むぅ、キスしないなら絶対許さない」

「えええ……」


 どどど、どうするオレ!

 人の視線が気になるけど、せっかくの咲とのデートがこんな形で終わりたくない。

 もう、覚悟を決めてやるしかないか。


「分かった……」

「えっ」


 春近は咲の隣に移動し、彼女の肩を抱いて向き合う。何かを吹っ切ったのか、いきなり大胆な行動だ。


「行くよ」

「うん……」


 二人の顔が近付く。

 咲は目をつむり春近のキスを待つ。


「うっ、ごくり……」

 春近は咲の背中に手を回し優しく抱きしめる。そのまま顔と顔が近付き……そっとくちびるに触れるキスをした。


「咲……ちゅっ」

「ううっん……ハル……ちゅっ……大好き♡ ちゅっ、ちゅぱっ……」

「咲……ちゅっ……」

「んあぁ♡ ハルぅ♡ ちゅっ」


 二人は一気に燃え上がって、店内の喧騒けんそうも耳に入らなくなった。

 もう、周囲の視線も気にならなくなり、愛を確かめ合うような積極的なキスに突入してしまう。



「あれ、茨木さん!?」


 突然、声をかけられ、びっくりして振り向くとクラスの女子達が何人か立っていた。



「あっ……」

「えっ……」

 春近と咲が抱き合ったまま固まってしまう。



「きゃー! やっぱり茨木さん!」

「すごーい!」

「こんな場所でー!」

「やだーエロぉーい!」


 女子達が一斉にからかってくる。クラスメイトの熱いキスシーンを目撃したのだ。こんな格好のネタは、誰だって興味津々で盛り上がるものだろう。


「あ、あの……これは……ちがくて……」

 咲は恥ずかしさのあまりテンパってしまい、壊れたロボットみたいな動きになっている。


「いつもこんな事やってるのぉ?」

「きゃーやだー!」

「こんな人の多いとこでぇ」

「逆に興奮すんじゃね」

「ええーっ! エロすぎー!」


 女子達は勝手に大盛り上がりして、「じゃあまた学校でねー」とか言って出て行ってしまった。


「ハル……どうしよ……」

「咲……」


 もう黙って抱きしめるしかできない春近だった。


 何故か今日に限って知り合いにばかり会ってしまう二人。もの凄い偶然でイチャラブシーンを見られてしまう。

 泣きそうな顔をして落ち込んだ咲を連れ、暫く抱っこするような形で慰めてから帰るのだった。

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