第51話 妖魔の王

 そこは夜の街である。

 暗い大通りであった。

 今よりずっと昔、千年くらい前なのだろうか。

 その大通りを歩いている。


 ぞろぞろぞろ――――

 ぞろぞろぞろ――――


 歩いているのは、この世のものとは思えない異形の者達だ……

 ある者は角が生え、またある者は牙を生やし、どれも恐ろしい姿をしていた。

 先頭を歩くのは小柄な少女であった。

 少女は、大勢の妖魔の集団を連れて、我が物顔で大通りを進んで行く。

 さながら、その姿は妖魔の王といったところか。


 その妖魔の行進を見た者には災いが降りかかるといわれていた。

 誰もが逃げるように屋敷の中に入り、絶対に目を合わせないようにしている。


 百鬼夜行――――

 人は、その妖魔の群れをそう呼んだ。



 そこから急に場面が変わり――現代の教室。

 少女の周りにはクラスメイトが座っている。


 ガタガタガタガタガタ――

『うがぁああああっ!』

『ぎぇえええええっ!』


 不意に皆が苦しみだし、のた打ち回る。

 ある者は角が生え、またある者は牙を生やし、異形の者達へと変貌へんぼうしてゆく。


 違う! わたしのせいじゃない! こんなことは望んでない――


 妖魔へと変貌を遂げたクラスメイトは、少女に付き従って歩き出す。


 ぞろぞろぞろ――――

 ぞろぞろぞろ――――


 違う! 違う違う! わたしのせいじゃないのに――


 先頭を歩く少女が顔を上げると、そこには百鬼アリスの顔が。



「うっ、ううっ、うぐううっ、ううああああぁぁぁぁ!」


 アリスは目を覚ました。


「はあっ、はあっ、はあっ、夢……です……か」



 朝から嫌な夢を見てしまった。

 アリスはそう思った。


 自分の呪力は他人に災いを振り撒いてしまう。

 それが怖くて、今まで呪力を全開にしたことがないのだ。

 だから、なるべく人と関わらず、一人でいることが多かった。

 自分は一人が好きだし、それで良いと思って生きてきたのだ。

 しかし、何だか最近は調子が狂ってしまう。


「ハレンチ……」


 あの男だ、ハレンチ君――土御門春近という男……。

 最低のハーレム王、変態のハレンチ男――――のはずだった。

 だが、最近はあの阿久良忍が懐いている。

 自分と同じように、いつも一人でいた暗そうな少女。

 春近と親しくなってから、急に笑顔が増えて楽しそうにしている。


「わたしは……」


 そう呟いて途中で止める。

 そう。

 自分の呪力で他人を不幸にしてしまうのなら、誰とも親しくするわけにはいかないのだから。


 ――――――――






 おかしい――――

 教室のイスに座るアリスが、自分の体の異変に気付いた。


 今朝から何かがおかしい。

 あんな夢を見たからだろうか……?


 教室で授業を受けている時にも、普段からアリスの周囲に展開している磁場のような物が安定しない。

 呪力を抑え込んでいるのに、外に漏れ出てしまっている。


 疲れた……

 今日は休めばよかった――――




 全ての授業が終わる頃には、アリスは疲れてぐったりとしてしまっていた。

 微熱がある気がする。


「は、早く帰って休むです……」


 椅子から立ち上がった時に、それは起きた。

 今まで抑え込んでいた呪力が、どんどん漏れてくる。

 まるでダムが決壊したように、漏れ出る呪力がどんどん強くなっているのだ。


「まずい、です……このままではクラスメイトに被害が……」


 アリスは急いで教室から飛び出し、外に向かって廊下を走った。人がいない場所まで行かなくてはと。



「百鬼さん!」

 何か、あの男の声が聞こえた気がする。だが、今はそんなことを気にする余裕も無い。

 校舎から外に出て走り続ける。


「早く……人の居ない場所まで行かないと……」


 そう呟くアリス。

 だが、視界が歪む。

 やはり熱があったのだろうか。


 校舎から離れた場所の、花壇と生垣のある辺りでアリスは倒れこんだ。

 彼女の周囲には漆黒の呪力がはっきりと見えるほど強くなっている。


「もう……ダメ……です……抑え込めない……」


「百鬼さん!」


 また、あの男の声が聞こえる……最低のハレンチ男……。


「百鬼さん! 大丈夫!」


 また……声が――

 うずくまったままアリスが薄目を開けると、そこには春近が心配そうな顔をして立っている。

 何で、この男は後をつけて来たんだ……危険だから皆から離れたのに。アリスはそう思った。


「来るな!」

「でも、百鬼さんが苦しそうだから……」

「危険……です。離れて」

「でも百鬼さんが」


 苦しさでアリスの顔が歪む。


「ぐっ、ぐぁぁっ!」

 もう、限界……呪力が抑えられない……。


 その時、アリスは自分に向かって春近が飛び込んでくるのが見えた。

 この男はバカなのか? こんな恐ろしい漆黒の呪力を放出しているわたしに近付いてくるなんて。

 最低のハーレム王でハレンチで変態で、そして……とんでもないお人好しのバカ男だ……。


「ぐおおぉっ! 体がぁああ!」

 春近が叫ぶ。


 アリスの周囲に展開している磁場のような物に近付き、体が引き裂かれそうな不思議な感覚になっていた。

 その磁場のようなものから漆黒の呪力がどんどん漏れ出ているように見える。

 それは以前に感じた違和感とは比べ物にならないくらいの、何かとても大変なことが起きそうな恐ろしさがあった。


「ぐあああっ! こ、これは、オレではどうすることもできない」



 誰か、これを止められる人は……?

「誰か! 誰か! 誰かああああ!」

 春近は、勝手に声が出て叫んでいた。


 磁場? 空間? 何か……前に同じような物を見たような……?

 そうだ! ルリ! ルリの周囲に空間を捻じ曲げるような……何かを……見たような……?

 何の確証も補償も無いが、何かの直感でルリなら何とかできそうな気がした。


「ルリ! ルリぃぃぃぃぃぃー!!」

 春近は力の限り叫ぶ。



 ズドドドドドドドド!

「うあぁぁぁぁぁぁ! ハルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 遠くからルリの声が聞こえる。


 春近は意識を失いかけ、スローモーションで景色が傾き地面に近付いている。

 その、ぼんやりとした視界の中で最後に見たのは、ルリが空間を捻じ曲げて青白いプラズマを放出しながら突進する姿。漆黒の呪力を放出する百鬼アリスの磁場と干渉し、空間がありえないほどに歪曲され音を立てて弾け飛んだ光景だった――――

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