第78話
どうにかしてここから脱出しなければならない。
白い壁はぼんやり光っている。光を透さないほど分厚い壁ではないらしい。
(今のぼくって、カイコみたいだ)
白い膜に覆われた自分に繭の中のカイコが連想される。だが、カイコだっていつかは繭から出るのだ。立派な羽を持って。
(カイコはどうやって繭から出るんだろう)
考えてみたがわからなかった。繭を食い破って出るのだろうか。それとも、全身の力で強引に打ち破るのだろうか。
食い破るほうは真似できそうにないので、全身の力を使うほうを試してみることにした。
ときわはうつ伏せになり腕にぐっと力を込めた。ひざを曲げ、腕立て伏せの要領で腕を伸ばし、頭をぐっと持ち上げた。すぐに固い繭に突き当たった。だが、構わなかった。ときわはそのまま膝を折り曲げ、全身に力を込めて起き上がろうとした。
頭にも背中にも膝にも、固い繭が突き当たり、びしびしと痛んだ。中途半端に曲げられた腕がぶるぶる震える。背中にみしみしと痛みが走った。
中にいるものにはやさしくやわらかい膜が、外に出ようとするものにはこんなにも堅固で厳しい壁となるのか、と、ときわは歯を食いしばって考えた。
諦めて繭の中で眠りにつけばどんなにか楽だろう。おそらく、この世界に来る前の自分なら、すべてから逃げ出して安楽を選んだだろう。だけど、今の自分なら壁を打ち破るほうを選べる。たとえ、外には苦しみがあるとしても、苦しいだけではないと、自分を待っている人がいると、気付くことが出来たから。
ときわは全身に力を込めた。背骨が折れそうなほどの激痛が走り、くらくらとめまいがする。全身がバラバラになりそうだった。
だが、ときわは力を緩めなかった。
この中に逃げ込んだのは、自分自身なのだ。自分で望んで入り込んだ場所なのだから、そこから出ていく時は、自分自身の力で出なくてはならない。それに付随する痛みは自分が引き受けなくてはならない。誰も代わってはくれないし、代わってもらってはいけないのだ。
バキバキッという音が響いた。それが繭の壊れた音なのか、それとも背骨が折れた音なのか、ときわにはわからなかった。
一際大きい裂音が響いた瞬間、不意にときわの上半身は勢いよくのけぞった。突然まばゆい光が目に入り、ときわは顔をしかめた。
キラキラと何かが光りながら落ちていく。それが自分が打ち破った繭のカケラだということに、ときわはしばらくの間気付くことが出来なかった。
生まれたての雛のように茫然とした後、ときわは自分の足元に散らばる繭のカケラを見下ろした。壊れて破れた繭と、まっすぐに立つ己の姿。
打ち破ったのだ。
ときわは空を見上げた。太陽が輝いていた。
ときわは握り拳を突き上げて太陽に向かって歓喜の雄叫びをあげた。
あの壁を打ち破って再び立ち上がったのだ。自分の力で立ち上がることが出来たのだ。
(ぼくは立ち上がれるんだ。たとえ堅い壁があっても、自分の力で立ち上がれるんだ)
ときわの目には世界がとても美しくみえた。マヨヒガと呼ばれるこの世界がこんなにも美しいなど知らなかった。
ときわは思った。この世界がこれほど美しく映るのなら、今の自分の目には、元の世界はどれほど美しく映るのだろう。
これまで自分を取り巻いていた環境。学校、塾、受験。
(ぼくはもう、そんなものに押し潰されたりしない。僕には打ち破る力があるんだ)
自分を信じてくれている兄に、自分をこの世界に導いた白い光に、そして自分を閉じ込めた繭や自分を脅かした全てのもの達にさえ、ときわは感謝した。
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