第68話




「お前は……」

 霧の里を出てすぐに会った子供だった。

あの時はまだときわと出会う前だった。なんだかずいぶんと昔のことのような気がした。 

 子供は広隆を見上げて言った。

「ときわとはぐれたか」

 相変わらず子供とは思えないしゃべりかたをする。そういえば、最初に会った時にはこう言われた。「道に迷わぬようにな」。

 広隆は子供に尋ねた。

「さっきの黒い板が何なのか知らないか?お前はこの世界のこと、なんでもわかっているんだろう?」

 子供の堂々とした態度がそう思わせた。広隆は子供の肩をつかんで揺さぶった。

「教えてくれ。秘色は生きているのか」

 子供はすっと目を細めて、口角を吊り上げた。

「生きていたとしたら、どうする」

 からかうような口調だった。

「決まっているだろう。助けにいく」

 広隆は言った。

「本当か?」

 子供はけけけと不気味に笑った。

「あんなおそろしい化物につかまった巫女を助けにいくのか」

「あ、ああ………」

 広隆はぞっとして子供から手を放した。子供はにやにやしたまま森の奥を指差した。

「まっすぐ行くと洞窟がある。その中に入って暗いほうを 目指して行けば巫女はみつかるだろう」

「暗いほう………」

「そう、暗いほうだ」

 広隆はごくりと唾を飲んだ。目の前の子供の薄気味悪い迫力にのまれそうで、思わず早口になる。

「わかった。俺、行ってみる」

 広隆は覚悟を決めて刀をぎゅっとつかんだ。

 そして、子供が差し示したほうへと歩を進めようとした。すると、子供が再び広隆の背中に声をかけた。

「本当にいくのか?お前もつかまるかもしれないぞ」

 広隆は足を止めた。確かに危険だ。怖くないわけがない。

 その感情に追い打ちをかけるように子供が言った。

「このまま見捨てても、誰にもわからないぞ。わしはしゃべらない。おぬしもしゃべらなければ、すべて闇の中だ」

 広隆の心臓が大きく跳ねた。そんなことができるものかと、広隆は頭を振った。

 子供は愉快そうにけたけた笑った。

 広隆は振り向いて子供を見た。この子供も化物ではないだろうか。人間の男の子の姿をしているだけで、正体はおぞましい何かではないのか。

 広隆は薄気味悪さをにじませた声で尋ねた。

「お前は、何者だ?」

 子供はふと真面目な顔をして答えた。

「わしは何者でもない。ただの幻だ」

 広隆は拳をぎゅっと握り、秘色を助けるんだと自分に言い聞かせた。広隆はこれ以上子供の誘惑を聞かなくてすむように走り出した。迷ってしまったら足が動かなくなってしまう気がした。

 一刻も早く子供から遠ざかろうとする広隆の耳に、からかうような調子で忠告する声が聞こえた。

「暗いほうを選ぶのだぞ。明るさに惑わされてはならぬ」


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