第5話




 全くといっていいほど箸が進まない。

 ちゃぶ台を囲んでの大勢での食事は、広也にとってはひどく気詰まりなものだった。

 ふだんなら、学校帰りにコンビニ弁当で腹ごなしをして塾に向かい、家に帰ってからつくりおきのグラタンやハンバーグを温めて一人で食べる。その食卓には当然会話などない。

「どうだ、広也。東京に比べたら、こっちの夜は涼しかろ」

「おじいちゃん、何言ってんの。東京の家じゃちゃんとクーラーたいてるんだから、外はともかく、家の中はこっちのほうが暑いくらいだよ」

「なんじゃ、そうか」

「そうだよ。おばあちゃん、おかわり」

 一番よくしゃべってよく食べるのは広隆と茂蔵だ。茂蔵はもう七十過ぎだというのにはたで見ていていっそすがすがしいくらいによく食べる。内蔵が丈夫なのだろう。一方、広隆もカヨについでもらった三杯目の飯をかっこんでいる。カヨはそんな二人をにこにこ笑って眺めている。

「広也。お前全然食ってないじゃないか。おばあちゃんがつくった茶碗蒸し、うまいから食えよ。ほれ」

「う、うん………」

 広也はうなずいて広隆の差し出した碗を受け取ったが、あまり食べる気がしなかった。茶碗蒸しが嫌いなわけではないが、今は食欲がなかった。それどころか、居心地が悪くてしょうがない。

 できれば、とっとと座敷に引き揚げてしまいたいのだが、なにぶん、まだ出された食事の半分も片付けていなかった。残すにしたって、これでは申し訳ないと思い、仕方がなく、広也はのろのろと箸を動かした。

 どこか遠い池で鳴いている蛙の声がここまで聞こえる。網戸の目から吹き込んでくる涼しい夜の風と、しっとりとした匂い。それが腐葉土や青草の匂いなのか、あるいは夜の闇の匂いなのか、広也は知らない。

 その網戸に、時々あかりに誘われてきた蛾がぶつかったりもする。

「ほら、広也。たくさん食わなきゃお兄ちゃんみたいに大きくなれないぞ」

「お前はみてくればかり大きくなりすぎじゃあ」

「なんてこと言うの、おじいちゃん。よけいなこと言わないの」

「ほれほれ、お前さん方は。少しは黙っておれんのかね」

  笑いながら言い合う広隆と茂蔵を、カヨがやはり笑いながらたしなめた。

 広也はなんとなく三人から目をそらして、茶碗蒸しを胃に押し込んだ。口の中に栗の甘さが残った。

 ちらりと隣に目をやると、光子もやはりのろのろと箸を動かし、ぼんやりと何かを考えているようだった。

「しかし、広也も中学生になったか」

 唐突に、茂蔵が言った。

「正広も、制服姿を見たかったろうにな」

 辺りがしんとなった。ややあって、広隆がぽつりと口を開いた。

「そうだね。父さんは………悔しがってるかもね、天国でさ」

 それを聞いた茂蔵は、うむ、とうなったきり、口をつぐんだ。



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