29.vs邪神(1)~桁外れのバケモノ~

 少年が復活させたのは、1万年前に封印されたという邪神。

 手に鎌状の武器を手にしたゴーストのようなモンスターで、その姿はどことなく死神を彷彿とさせた。



――――――――――

【コード】ユニットデータ閲覧

名称:邪神・クティール(LV???)

HP:46963/46963

MP:2361/2361

▲基本情報▼

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 レベルすら不明。

 圧倒的な存在感を前に、僕たちはその場を動くことも出来ない。




「『ビッグバン!』『ブラックホール!』」


 最初から出し惜しみは無しだ。

 発動した最上位の魔法は、激しい音を立てて邪神に直撃したが――



――――――――――

【コード】ユニットデータ閲覧

名称:邪神・クティール(LV???)

HP:46931/46963

MP:2361/2361

▲基本情報▼

――――――――――


「そんな――ほとんど無傷なんて!?」


 その膨大なHPは、ほとんど削れることは無かった。


 ティアは思わずといった様子で、へなへなと座り込んでしまった。

 実力者だからこそ、敵の強大さも分かるのだろう。




 まるで歯が立たないバケモノ。

 こいつにに立ち向かうためには、もう一度あれを使うしかない。

 僕が思い出したのは、黒い染みに囲まれた空間で発動した、世界の法則すら歪めるチートデバッガーのもう1つの姿だった。



『Debug Console!』



 しかし何も起こらない。


 

「――お兄ちゃん! それは、バグを前にしたときしか使えないよ?」

「目の前のこれって、バグじゃないの!?」


「うん。たしかにバグを利用して復活させられた邪神だけど……こいつ自体は正式なモンスターだもん!」

 

 世界のことわりの外側にアクセスする【チート・デバッガー】の『Debug Console』は、バグを前にしないと使えないらしい。



「いっそ近くで、何か【バグ】らないかしら?」


 リーシャは、真顔で物騒なことを言った。

 前世デバッガーとして、あるまじき発言。

 ――いや……?



「それだ! 『DebugConsole』を使える条件を満たしに行くしかない!」

「え? それってバグを生み出すってことだよね。お兄ちゃん、正気!?」


「これを放っておく方が、よほどやばいよ! まだ死にたくないし、手段は選んでいられない! ……チート・デバッガーが、バグだと見なす条件って、何だろうね?」

「考えたことも無かったけど――異常事態には、バグが絡んでることが多いよね」


「でも邪神がここに居るのは、バグじゃないんだよね?」


 ――これが異常事態じゃないって、どういうことなの?

 そう思ったが、スキルに文句を言っても始まらない。



 考え込む僕をサポートするように、リーシャも言葉を続ける。


「バグの条件は、恐らく世界のルールを破ること。この部屋なら――お兄ちゃん、私が知ってるボス部屋のルールを、読み上げるね?」


――――――――――

・ボス部屋に入った者は、一部の例外を除き、ボスを討伐するまで出られない。

・ボス部屋には複数のパーティで挑むことも出来る。

・ボスは、ボス部屋から出てくることはない。

――――――――――



「――ん」


 僕はリーシャの言葉を、脳内に叩き込んでいく。

 しかし悠長に話している時間はなかった。



 キィイィィィアァァァッァ!


 突然、邪神が金切り声を上げた。

 そしてこちらが声を上げる間もなく、目からレーザーを放つ。

 そのレーザーは僕たちを完全に無視して、



 ドッガーーーン!


 ――ボス部屋の壁を、貫いた。



 底が見えないほど深く、ボス部屋の壁が穿たれる。

 それはレーザーの威力の高さを物語っていた。


「な、なんだそりゃ……」

「ボス部屋と言えば、ボスの攻撃に耐えられるように設計されているはずなのに――」


 Bランクのベテラン冒険者であるロレーヌさんたちですら、ガクガク震えることしか出来ない。

 それだけ邪神というボスが、規格外なのだ。


 やはり異常事態――いやでも、これはバグではないんだっけ。



「――これ、何かに使えないかな?」

「お兄ちゃん?」


「ボス部屋から、ボスは出ることは出来ない。それはボスの攻撃を防ぎきるだけの防御力を、ボス部屋が持ってるからだよね?」

「そう考えることも出来るね」


「でも邪神は、異常とも言えるステータスを持っている。あれを、どうにか利用出来ないかな?」


 リーシャは、きょとんと首を傾げていた。




「来い! 『イフリート!』『シルフ!』」


 僕はボス部屋の前に移動した。

 そうして精霊を2体召喚し、そのまま邪神に向かわせる。



「アレス? いくらアレスの使役する精霊が強力だと言っても……」

「まあ見ててよ」


 ティアが言いづらそうに口にしたが、僕は成り行きを見守る。


 もちろん倒すことは不可能だろう。

 邪神にとっても、うっとおしい虫が付きまとっている程度にしか感じないだろう。


 イフリートが、巨体で進行方向をふさぐように。

 あるいはパタパタと視界内でチラチラと飛び回る。

 ちょっとでも邪魔だと思ってもらえれば、それで良い――



 邪神が苛立ったように鎌を振るった。

 1発で精霊が消滅するが、僕はすかさず再召喚して邪神に向かわせる。



 そしてついに邪神が苛立った様子で、精霊の召喚者――僕のことを睨みつけた。


 ここからはある種の賭けだった。

 ――そして僕は、その賭けに勝った。



 邪神はおどろおどろしい咆哮と共に、再びレーザーを放ったのだ。


『虚空・瞬天!』


 僕は極・神剣使いのスキルを発動して、間一髪でレーザーを回避。

 避けられるかどうかは賭けだったが、予備動作を見てからであれば辛うじて逃げることが出来たのだ。



 果たして、ボス部屋の扉は、邪神のレーザーを受けて粉々に吹き飛んだ。

 決して開くことのないはずの扉が、開いたのだ。


「な!? 不可侵のはずのボス部屋の扉が――!?」

「破壊不能オブジェクトが――!? ボスは決して、ボス部屋の外には出られないはずなのに……!」


 まさに邪神の規格外っぷりを見せつけられた形だ。


 邪神は僕たちに、見向きもせずに動き出した。

 ちょっとした気まぐれで、邪神は簡単に僕たちを皆殺しに出来るのだろう。

 まさに人と神――桁外れの強さなのだ。



 でも、ここまでは作戦通りだ。


――――――――――

・ボスは、ボス部屋から出てくることはない。

――――――――――


 明確にルールを破らせることが、出来るのだから。

 



「なるほど、さすがお兄ちゃん! 立派なバグだよ!」


 チートデバッガーの真の力――それは、バグを前にしたときの切り札だ。

 今なら使えるはずだ。




『Debug Console!』


 それはチートデバッガーのもう1つの姿。

 僕の視界が急激に変化する。



 この世界はすべて、文字で出来ていた。

 この世界はすべて、数字で出来ていた。

 

 ああ、この世界は美しい。

 その調和を乱す異物は、排除しなければならない。



 邪神とはいえ、所詮は数字の羅列に過ぎない。

 所詮は、世界の枠組みの中に動くモンスターに過ぎないのだ――この間、向き合った黒い染み(バグ)の方が、よほど恐ろしい。



「わざわざ復活したところ悪いけど、倒させて貰うよ」


 恐れすら無い僕を、不思議そうに邪神が見ている。

 神に分類されるはずの相手でも、もう負ける気がしなかった。

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