第128話 姐御

「そこまで。勝者アサミ様」


今回はさすがにクレームはつかなかったわね。ふと見るとマルティナさんがケヴィンさんに詰め寄っているわね。


「すぐにレアルにポーションを飲ませなさい。あなた達なら1本や2本は持っているでしょう」

「はあ?たかが木剣での模擬戦で、しかもあのアサミってのはレアルの防具の上からしか打ってないじゃないか……」


あ、やっぱりあるのねポーション。怪我は自分で治してたし、病気もしなかったから使う機会はなかったけど、気にはなってたのよね。ぼんやりとそんなことを考えているあたしの横でレアルさんが


「げほっ」


血を吐いた。


「ちょっ。大丈夫……じゃないわよね」


どうしよう。魔法を使えば治せるけど、ポーションで済むのならそっちがいいのよね。


「ほら、急いで。命にかかわりますよ」


マルティナさんの言葉にケヴィンさんが首を横に振っている。


「無いんだ」

「え?」

「今日の狩りで使い切ったんだ」

「ならすぐに買ってきなさい。ギルドの……」

「無いんだよ。ギルドにも。最近の騒ぎでクリフでのポーションの消費が多くなっててギルドでも手配が間に合ってないんだ。だから今日の狩りを最後にポーションが手に入るまでしばらく休むつもりだったんだ」

「ポーションの手持ちも無いのに喧嘩売ったの?」

「いや、レアルならもし怪我をしたとしてもそんなひどいことになるとは思ってなかったから……」


マルティナさんが、縋るような目つきであたしを見てる。あたしは瑶さんと目を合わせた。瑶さんは仕方ないと頷いてくれたわ。


「みなさん、今日のことを絶対に秘密にできますか?」

「秘密に?まさか殺すつもりじゃ……」

「そんなわけないでしょう。アサミ様、お願いできますか?」


あたしの言葉に騒ごうとした辺境の英雄たちのメンバーを一喝してマルティナさんがあたしに聞いてきた。


「放置するのは後味悪いので、秘密にすると誓ってくれるなら。いえ、なかったことにしてくれるのなら、ですね。あと質問は無しで」

「ほら、あなた達次第よ。どうするの?」


マルティナさんが辺境の英雄たちのメンバーに決断を迫っている。感じとしてあまり時間がなさそうなんだけど。


「本当になんとか出来るんだな?」

「方法はある、とだけ言っておきます」


お互いに視線を交わす辺境の英雄たちのメンバー。そして揃って頭を下げて口を開いた。


「頼む。一切口外しないと誓う。いや忘れる、なかったことにする。あと一切質問はしない」

「わかりました」


早速あたしはレアルさんの様子を確認する。当然だけれど欠損はない。呼吸が浅くて速い。顔色も青白いわ。時折えずいては血を吐いている。基本的に打撃による腹部の負傷だけ。この程度なら多分ハイヒールで十分ね。


レアルさんのお腹に手を当てる。あたしは離れたところからでも回復魔法を掛けられるけど、掌を当てた方が効果が高いし効率もいい。


「ハイヒール」


回復魔法が発動し、うっすらとした青白い光がレアルさんの全身を覆う。

呼吸が安定し、顔色も赤味がさした。


「これでもう大丈夫だと思います」

「あ、ああ。ありがとう。それにしても……。いや聞かない、なかったことにする約束だったな」


そう言うと、辺境の英雄たちのメンバー達はレアルさんを抱えて帰っていった。


「アサミ様、魔法使いでありながら、前衛の5級ハンターを寄せ付けない剣技お見事でした」

「マルティナさん、今のあたしの剣は技術の伴わない力と速さでのゴリ押しだって知ってるじゃないですか。実際のところ技術ではレアルさんの方が明らかに上でしたよね」

「それを含めての実力です。それにアサミ様は、その力に驕ることなく鍛錬をされているではありませんか。その上達の速さからして技術的にレアルを超えるのもそれほど遠くはないと断言いたします」

「そんなもの……でいいのかしら」


つぶやきつつ、手に持ったままだった木剣をギルドのラックに掛けると、2つに折れてコロンと落ちた。






翌日、あたし達は、いつも通りに北の森の探索をすすめ、昼過ぎに清算のためギルドを訪れている。


「あ、姐御。昨日は申し訳ありませんでした」


レアルさんがあたしに向かって深々と頭を下げてきた。何事?姐御って何?いきなり態度変わりすぎでしょ。


「レアルさん、謝罪は受け入れますけど、誤解を招きそうな言い方をしないでください」

「誤解とは、寂しいじゃないですか姐御」

「大体なんで急に、そんな言い方するんですか」

「姐御の、強さと慈悲深さに惚れました」

「ほ、惚れたって、ちょろすぎるでしょう。それに大体レアルさん、あたしよりだいぶ年上じゃないですか」

「年なんか関係ないです。姐御は姐御です。それにそこまで言うほど年も離れていないんじゃないですか。オレ26ですよ」

「十分離れてるわよ。10歳も違うじゃないですか」


この世界の年齢はいわゆる数え年だから、この世界ではあたし15歳か16歳のはずなのよね。


「え?20歳くらいかと思って……。あ、高ランクのハンターは一番良い年代に身体が成長したり若返ったりするって言われてるから、そのせい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る