第115話 ?????
「勇者様方。そろそろ模擬戦では訓練の意味が無くなってきておりますな」
フィアン・ビダルさんが今日は特に強い口調で指摘してきた。わかっている、召喚されて10カ月程、そろそろ聖堂騎士を含め人間相手の模擬戦では技術的にも体力的にも精神的にも私達の能力の向上は望めなくなってきている。となれば彼らとしては実戦に向かわせたいと思うだろうことは予想できていた。そして、それを断るのは既に悪手だろう。
「ふう、そうですね。ですが、実戦となれば思わぬ失敗もつきものです。難易度の低いものからお願いします。以前にも申し上げましたが、私達は生き物を殺すことなど無い世界で生きてきました。戦闘訓練でこそ慌てる事がなくなりましたが実戦はまた違うでしょう」
「わかりました。最上様の言われる事、まったくその通りと存じます。適当な魔物をお探ししましょう」
「ありがとうございます。私達も最善を尽くしましょう」
わたしの受け答えに満足したようにフィアン・ビダルさんが笑みを浮かべながら去っていくと早速大地が寄ってきた。
「おい、今の司祭長のおっさんだろ。何を話してたんだ?」
「実戦よ」
「なんだって、ずっと拒否してきたじゃないか。今更なんで……」
やっぱり大地は現実を見られていない。多大な手間をかけて強力な兵器を手に入れたのに使わないわけないじゃないの。
「多少は相手の望みを叶えておかないと廃棄処分されるってことよ」
「え、廃棄処分?なんだよそれ。あいつらにとって俺たちは強力な戦力なんだろ。それを廃棄処分なんてないだろ?」
「わかってないわね。彼らにとって私達は、強力な戦力ではなくて強力な兵器よ」
「なんだよ、戦力だろうと兵器だろうと一緒だろ」
やっぱり大地はわかってないわね。私はため息がでるのをこらえられなかった。
「戦力ってのは軍団だとか兵団だとかを含めて、あくまでも人よ」
「ん?なら兵器ってのは?」
「わからないの?……そうね、例えばこの剣よ」
私に与えられた長剣を大地に見せる。
「剣だな。普通の剣の中ではかなり良い物だって聞いてるけど」
「まだわからないの?剣は武器、この世界基準でなら兵器といっていいでしょうね。役に立たない武器はどうすると思う?」
「役に立つように整備するんじゃないか?」
「そうね。そして、十分に整備した武器がなお役にたたなかったら、どうすると思う?」
「そりゃ整備しても役に立たなけりゃ捨てるだろ?置いておくだけ邪魔だからな」
「わかっているじゃないの。言ってみればその武器を整備するのに該当するのが私達がやってきた戦闘訓練よ。そして向こうとしては、訓練は十分、言い換えれば十分に整備が終わったと考えているわ。それでも使えないとなれば」
大地に向かって首の前で親指を左から右にスッとかき切るように動かして見せた。
「勝手に召喚してきておいて、しかも俺たちは人間だぞ。物じゃない」
「ふう、まだわからないのね。この世界ではおそらく人権なんてものは無いわ。そしてもっと言えば、同じ役に立たないのなら置いておくだけで衣食住の必要な人間より、どこかの物置にでも突っ込んでおけばいいだけの物の方がましって思われるわ」
「じゃあ、俺たちの場合は……」
「ええ、とりあえず魔物を狩って見せる必要はあるでしょうね。時々魔物を狩って見せながら時間を稼ぎながら少しでもこの世界の情報を集めて、元の世界に戻れるのかどうかを調べるの」
「戻れるなら?」
「戻るための方法次第だけど、この国の力で戻れるなら協力するしかないでしょうね」
「なら戻れないなら?」
「戻れないと確信できた場合は、2通りね。まずこの国での私達の扱いがまともなら、このまま国に協力して国に生活を保障してもらう」
「まともでないなら?」
「チャンスを探して逃げるの。小雪が言うには元の世界の小説にある冒険者みたいな職業で今の私達なら十分にやっていけると思うから」
「なるほどね。まあ今のところは待遇は良いからな」
「ええ、しばらくは様子見ね」
「では勇者様方。護衛の騎士団をお付けします。何かご希望がありましたら騎士団長のカロルにお申し付けください。では実戦演習からの無事ご帰還をお待ちしております」
あれから4日。私達はフィアン・ビダルさんに見送られ護衛という名の監視役の騎士団に囲まれて魔物討伐に出発した。目的地は聖都トランから東へ馬車で5日ほどにあるパキリドという町。日本の環境に慣れた私達には馬車は見た目だけは豪華だけど乗り心地が悪いし、食事はまずい。水も煮沸しないと飲めたものではない。控えめに言って苦行だわこれ。
「こちらで一泊したのち、明日から討伐に入っていただきます。期間は予定通り3日間です」
「わかりました」
カロルさんと軽い打ち合わせをしたうえで私達は用意されていた部屋で休むことにする。なんにしても、まずは疑わせないこと。大地は話をしたそうだったけれど、こんな壁の薄そうな宿で打ち合わせをするなんてありえない。
「では、わたくしどもがゴブリンを追い込みます。討伐はお任せいたしますのでよろしくお願いいたします」
カロルさんの言葉通り、森の中で騎士団がゴブリンを追い込んでいる。もう少しすれば、森の入り口で待機している私達の前に追い込まれたゴブリンが姿を現すのだろう。
「お、来たみたいだな」
少し奥から騎士団が追い込んでいる音が聞こえてきたのに大地が最初に気付いて口にした。この手のことには日本にいたころから大地が一番鋭い。なんなのかしらね。
「さ、隊列作って待機するわよ。ほら、大地先頭に立って。小雪は一番後ろから魔法で攻撃とサポートお願いね」
あたしの言葉に前に出る大地と、小声で詠唱を始める小雪。小雪は補助魔法を掛けてくれるつもりなのだと思う。
小雪の詠唱が終わるたびに、力がみなぎり、動きの精度があがる。他にも防御力を上げてくれているようだけど、そちらは今の段階では実感できない。
「来るわよ。大地引き付けてね」
「おう、盾役は任せろ」
「ターゲットは真奈美に任せるけど、深追いはしないでね。そういうのはわたしが魔法で対処するから」
大地と小雪が役割を意識して返事をしてくれる。この方法を提案してくれたのは小雪。日本にいたころに遊んでいたオンラインゲームを参考にしているそうだ。
そんなことを考えているところに茂みから人より少しだけ小さい緑色の肌の魔物が飛び出してきた。これがゴブリンなのね。
「オラー、お前たちの相手はこっちだ!!」
相手の注意を引くように大地が飛び出した。
「あ、大地出すぎ」
そんな大地に後ろから小雪のちょっと焦った声が飛んだ。でも、さすがにもう手遅れね。私も前に出て攻撃に加わることにする。
大地は、5体のゴブリンを相手に盾で攻撃を防ぎつつ聖剣を振るっている。大地の攻撃が当たったゴブリンを選んで私も長剣を切りつけた。ダメージに怯んだゴブリンは下がろうとしているけれど、そこにわたしの後ろから火の矢が飛んでとどめを刺してくれた。小雪のフレアアローだろう。
「いい感じよ。続けていくわよ」
わたしの掛け声の後ろから大地に青白い光が飛ぶ。ゴブリンの攻撃を一人で引き受けている大地に小雪からの回復魔法ね。
「小雪サンキュー」
「そんなお礼を言ってる余裕があるならしっかり防いで」
大地と小雪のそんなやり取りにちょっと頬が緩むけど、すぐに気を取り直してわたしも次のターゲットに向かう。
「お疲れ様です。初めての実戦なのに素晴らしいですね」
あのあと混乱もなくゴブリン5体を斃しきった私達にカロルさんが賞賛の声をかけてくれた。初の実戦ではもっとグダグダになると思っていたそうだ。
「ありがとうございます。思ったより体が動きました。それでも油断しないように少しずつ慣れていきたいと思います」
「少ししたら次の群れを追い込みますので、それまで休憩をしてください」
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