第59話 救援報酬
「た、すかりました」
「いや、いい。私達は依頼として受けただけだ」
あたし達にお礼の言葉を告げているのは、このパーティ暁の剣のリーダーで8級ハンターのルイさんというらしい。
ゴブリンとオークの殲滅を終えたあたし達は、うずくまり荒い息を吐くハンターパーティの前でこれから報酬の交渉ということになるみたい。以前と違って一応この国の言葉を話せるようになっているので難しい話でなければどうにかなるかしら。
それにしてもゴブリンとオークの殲滅は割とあっさりと終わったわね。暁の剣に注意が引きつけられていたからというのもあるだろうけれど、ゲームなんかで言われるようにゴブリンやオークは一般人にとっては脅威でもある程度戦える人にとっては雑魚なのかしらね。
「朝未、とりあえず討伐証明部位を回収するよ。暁の剣の皆さんは、まず移動できるように回復してください。戦闘エリアからは速やかに離脱するのが原則ですからね」
ボーっとそんなことを考えていたら、瑶さんにこんなことを言われてしまったわ。そうね、交渉は移動してからね。
「さて、この辺りまで移動すればとりあえずは良いでしょう」
討伐エリアから戻る方向へ1時間ほど移動したところで休憩しつつ交渉開始ね。
「まず、今回救援で討伐した魔物ですが、ゴブリン13、オーク8です。私達が到着以前には斃せていませんよね」
暁の剣の面々はやや悔しそうな顔をしつつも頷いてくれたわね。ここでもめると面倒だものちょっとホッとしたわ。
「一応の状況確認をさせてもらいます。なぜあんなことに?あれだけの数の魔物を8級ハンターパーティで討伐するのは普通はしませんよね」
「そういいますが、あなた方も8級ですよね」
「私達のランクとあなた方が無謀な行為をしたことには関係ありませんよ」
「なら8級だからといった言い方は……」
「はあ、わかりました。言い方を変えましょう。自分達の実力に見合わない戦闘を行おうとしたのは間違いないですよね。実際に私たちが救援に向かう必要があったわけですし。そしてあなた方が全滅しかけていた相手を私達は2人で殲滅した。つまり私達は実力に見合った戦闘を行ったことになります」
う、うわああ。瑶さん、それは言葉の暴力よ。もうルイさん瀕死よルイさんの心のHPはもうレッドゾーンよ。
「よ、瑶さん。そこはもう良いでしょ。あたし達には関係ないもの」
「ん?まあ、いいか。ただ、討伐のスケジュールを乱されたのは間違いない。本来であれば、戦闘終了後少しばかりの休息をとってから次に向かう予定だったのが連戦となったんだから」
「は?ちょっと待ってくれ。あなた方は直前に別の魔物と戦ったうえで消耗したままオレ達の救援に来て連戦したと?」
「そう、私たちはあなた方が戦端を開く直前にゴブリン7体との戦闘を終えたところでした。通常であれば、ある程度安全を確保したうえで1刻程度は休息をするところ、あなた方からの悲鳴が聞こえたため急遽救援に向かったんです。それがどういう事かはハンターなら分かるでしょう」
もう、瑶さんてば、彼らの力不足とあたし達との力の違いを強調してるけど、その辺りはもうあたし達には関係ないんじゃないかしら。ただ、地球でも社会人として営業職として活動していた瑶さんは、人との交渉に色々と長けている、というよりあたしがまるで分からないのだけど。なので基本的にこういった交渉事に関しては瑶さんに任せた方がうまくいくのよね。
「あなた方の稼ぐ機会を邪魔したことは認めます。そしてあなた方が救援に来ていただけなかったらオレ達は全滅していただろうことも」
「ならハンターならどうすべきか常識として分かりますよね」
「は、い。救援いただいた戦闘における獲物の権利をお渡しします」
「お、おいルイ。それじゃ……」
「オレ達は1体も討伐できていない。ガッシュもわかっているだろう。この場合のハンターの救援者への報酬は。それとも金で払うつもりか?」
あら、ガッシュと呼ばれた男性ハンターもついに唇を噛んで諦めたみたいね。
「それでは、そういうことで。朝未。次に行こう。まだ数回は狩れるだろう」
「はい」
あたし達は探知魔法を展開したまま少し離れた場所に移動して、今は短時間の休憩中なのだけど、あたしはさっきのやり取りが気になって仕方がないのよね。
「ね、瑶さん。さっき暁の剣のリーダーが口にした救援者への報酬って?それにお金で払うかって言われてガッシュって人も引き下がったけどどういうことなの?」
あら、珍しい。瑶さんが考え込んだわ。
「ま、いいか。別に悪い事をしている訳じゃない。救援に関してハンター間の暗黙の了解みたいなものがあるそうなんだ」
わたしも聞いただけなんだけどねと注釈をつけて瑶さんが教えてくれたのは大体次のような事だったわ。
救援を受けたハンターは自分たちで斃した獲物の5割と、救援者の斃した獲物全てを救援者に渡すことで救援報酬とする暗黙のルールがあるそうなのよね。これは、獲物を渡すことでお金に変えられないハンターとしての評価を渡すことになるから成り立つそうなの。それが嫌な場合はお金で払っても良いそうなんだけど。とても普通のハンターが支払えるような金額じゃないそうなの。
でも、
「そんな金額でなく相手の払える範囲でお金を受け取っても良いのでは?」
「そんなことをしたら大変なことになるよ。事は私達だけのことではおさまらないからね。もし、そんなことをして、それが誰かに漏れたらどうなると思う?次に救援をした相手に同じことを要求するんじゃないかな?あのパーティはそうしたんだからってね。そうなるともうあとは雪だるま式だよ。どんどん救援報酬が下がる。そうしたらどうなると思う?」
「え?気軽に救援要請をするようになる?でしょうか?」
「それもあるかもしれない。でもね、救援に向かうというのはやっぱりリスクなんだよ。リスクを負うのに報酬が少なかったらどう?救援は義務じゃないんだよ」
「あ、……誰も救援要請を受けなくなる?」
「そういうこと、元の世界でも同業他社より安い値段で仕事を受ける人たちがいたけど、その値段が業界に定着するとその仕事を受ける人がいなくなって結局は依頼元が仕事を出来なくなっていたよ。だから特に重要な仕事に関しては値引きを受けてはいけないんだ。他者の仕事に対するコストダウンは短期的には役立つけど最終的にはその業種の命を短くする諸刃の剣なんだよ。だから私は元の世界でもコストダウンを大上段に振りかざす業界は先が短いと考えて距離を置いていたね」
「でも消費者としては安くて良いものの方が買いやすいと思うのですけど」
「それは否定しない。でもね、それは同時に周りまわって消費者の収入減につながるんだ。だってそうだろう。入るお金が少なくなれば支払えるお金も少なくなるからね」
「で、でも元の世界では最低限の給料金額は保証されてましたよね」
「そう、でもそれとコストダウン値引きが重なると人に任されていた仕事がロボットに任されるようになるんだ。そして結局高度なスキルを持つ一部の人以外の職はなくなることになるね。実際日本でも15年から20年後にはAIロボットにとってかわられて80パーセントの仕事が無くなると予想されているくらいだよ」
「ねえ、それってどうにもならないの?」
「ならない。誰かがどうにかして止められるようなものじゃないよ。だから私は20年後の日本は地獄だと思ってる一部の高給取りと大多数の失業者。そして企業は利益こそ確保するけど利益額は小さくなるから税収も少なくなる。そうなれば失業者への保障もままならなくなってひょっとすると最近では聞かなくなった餓死者まで出るかもしれないと思っている」
あたしは暗澹たる気持ちで俯いてしまった。
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