第40話 バラドヴバゼ商店

「あら、瑶さんこのお店はちょっと違うみたいですよ」


チラリと覗いてみると今まで見てきた古着屋さんの店に並んでいた服とは感じが違うわ。折り目正しく畳んであるじゃない。


「うん、どうやら既製服なのかサンプルなのか新品に近い服を置いてあるみたいだね。入ってみる?」

「はい、見たいです」


そりゃこの機会を逃す手はないわよね。


「こんにちは。見せてもらって良いですか?」

「はい、いらっしゃいませ。バラドヴバゼ商店エルリック支店にようこそ。私は支店長のゴーンドと申します。どのようなものをお探しですか?」


はわわ、日本の店員さんみたいに近寄ってきたわ。古着屋さんみたいに勝手に見せてはくれないのかしら。あたしは瑶さんに涙目でお願いするしかないわよね。


「ああ、すみません。この国に来たばかりで流行りや常識といったものが分からないので、何かを探すというより、この国の着るものもどういったものが良いのかと見て回っているんです。お邪魔でなければ見させていただけると助かるのですが。もちろん気に入ったものが見つかれば購入させていただきます」

「なるほど、そういう事なのですね」


日本の服はこの国ではちょっと変わって見えるわよね。それで少し警戒したってことかしら。


「それでは、少しご案内させていただきますね。このあたりのものは、はやりすたりがなく安心して着ていただけるものになります。こちらは今この街で流行り始めているものですが、年配の方や伝統を重んじられる方には少々受けが悪いですね。その分若い方や新しもの好きな方には熱烈なファンが見えます。こちらはフォーマルな集まりで着るものになります。当店では準礼装、略礼装のサンプルは展示しておりますが、正礼装に関しましては完全にオーダーメイドとさせていただいております」


一通りおいてある服の説明を聞いた後、あたしと瑶さんは幾つもの服を自分に当ててみているの。

自由に当てさせてくれて入るのだけれど離れてはくれないのよね。どうやらこの世界の衣服というものがかなり高価だというのが主な理由ではあるようだけど、言葉の端々でちょっと違うものを感じるの。


「お嬢様とてもお似合いです。ただ、そちらの生成りよりも、こちらの紫の方が……」

「お父上様、こちらの濃紺のスーツなどいかがでしょうか。それにこのアメジストのブローチをお付けになれば略礼装程度には……」


どう見てもあたしと瑶さんを父娘と見ているわね。それにどうにも正装に近い服を進めてくるのは何故かしら。


「瑶さん、そろそろ」

「ん、もういいのか?」


色々なタイプの服を見せてもらえて楽しいのは確かなのだけど、ちょっとそろそろ店員さんが煩わしくなってきてしまったのでキリをつけようと思うの。


「ありがとうございました。今日はこれで失礼します」

「またのお越しをお待ちしております。また本日ご覧になられましたもので気に入られたものがありましたらミーガン様におことづけください。サイズを合わせたものをお届けさせていただきます」

「え?ミーガンさん?」

「おや、お気づきではありませんでしたか。先日ミーガン様のご紹介で当店のものが朝未様のサイズを見させていただいたのですが」


周りを見回すと見たことのある人がいるわね。あの人が、あの時の人ね。気付かなかったわ。あ、目があった。軽く頭だけ下げておけばいいかしらね。



「では、その時にはお願いします」


挨拶をしてあたし達はバラドヴバゼ商店をでたの。


「さて、どうだった?」

「どうって?」

「うん、恐らくさっきのバラドヴバゼ商店の扱っていた服が、この世界の一般人の着る服の中ではほぼ最上だと思う。その服を見てどう感じたかな?」

「うーん、そうですね。ほとんどが多分綿でしたよね。縫製は丁寧でしたけど、ちょっとごわつきそう。伸縮する素材がないのでゴム編みとか教えたら飛びついてくれるかもしれないなって思いましたね。というか、むしろ教えて着やすい服作ってもらうのもアリかなって思いました。あと一部に絹っぽいのもありましたけど、教えてもらった値段が凄くてびっくりしましたね」


本当にこの世界の服って高いのね。歴史を勉強していると日本でもヨーロッパでも中世の武将への報酬に布が多く使われたらしいことが書かれているけど、きっとそういう事なのね。


「あ、木工職人さんをミーガンさんに紹介してもらいたいわ」

「と、突然だね。何か思いついたのか?」

「ふふふ、ちょっとね。でもミーガンさん忙しいみたいだから夕食の時にでもちょっと話してみるわ。今はそれより、お昼ごはんをどうするか考えましょ」


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