第25話 無理な注文
あたし達が立っているのは中世ヨーロッパと東南アジアの文化が交じり合ったような不思議な街並みね。そして
「これが、商業ギルド」
天秤に羽のついたシンボルの描かれた建物が商業ギルドとのこと。
開け放たれた両開きの大きなドアをくぐると、そこはちょっとしたロビーになっていて向かいには受付カウンターのようなものが見えるわね。
「その辺りで、見物しながら待っててください」
そう言うとミーガンさんは迷うことなく受付カウンターに向かって歩いていったわ。たしか、ここではミーガンさんが到着の報告をするだけで、あたし達がすることは無いはずよね。
そこであたしと瑶さんは商業ギルド内の様子を観察することにしたのよね。
入口の向かいに受付カウンターがあって、あたし達がいるのが入口入って左サイドの、これは待ち合わせや簡単な打ち合わせをするようなロビーかしら、そして反対の右手には細い通路とその両側にドアがいくつも並んでいるわね。
「ねえ、瑶さん。あそこって何かしら?」
「ああ、あれは多分打ち合わせ室か小規模会議室のようなものじゃないかな。商業ギルドということはというより仕事なら内密に話をしたい事もあるだろうからね」
なるほど、そういう事なのね。
「でも、それだったら自分たちのお店なり自宅なりの拠点で話をすればいいんじゃないの?」
「ふふ、それでもいいけど、そういう話は中立の施設でしたほうが良い事もあるんだよ」
そういうものなのかしら?別に他人に聞かれなければ良いと思うのだけど。
「日本ででもそうだったけど、大人の取引では色々とあるんだよ」
あたしが納得できないでいると瑶さんが思わせぶりなことを言ってきたわね。それでも、ふっと表情を引き締めてあたしの耳に口を近づけてきたわ。え?突然ね。
「ビジネスではテーブルの下で銃を向け合い上で握手をするなんて言い方もあるくらいだからね。一応は法治国家と言える日本でもそうなんだから、この文明段階ならもっとだろうね」
何それ怖い。今度はあたしが瑶さんの耳に口を寄せて囁く番ね。
「ならミーガンさんの事も警戒必要ってことですか?」
あ、瑶さんが笑顔になったわね。
「うん、まあ彼女の場合、私達は命の恩人枠だし、現状では競合するものも無さそうだから、そこまで警戒しなくても良いとは思う。それに短い間だけど交流した彼女は商売として商品には正当な対価を払うタイプに感じたからね。商人としてはある程度信頼を置いて取引できるタイプに見えたよ。とは言っても文化習慣が違うからやっぱり完全に無警戒とはいかないだろうね」
「瑶様、朝未様。少しよろしいでしょうか?」
そんな話をコソコソとしていたあたし達にミーガンさんが声を掛けてきたのよね。
ここは大人の瑶さんに任せた方がよさそうなきがするので、あたしは黙っていることにします。
「ん、ミーガンさん。もう用事は済みましたか?」
あら?ミーガンさんがちょっと挙動不審ね。気まずそうな顔をしているし、何かあったのかしら。
「あー、その申し訳ございません。お2人にご相談があるのですが」
「相談、ですか?」
これ小説だと絶対に厄介ごとが舞い込んでくる奴じゃないかしら。
あたしが身構えていると瑶さんも少し嫌そうな顔してるわね。
「ええ、ちょっとここでは話しにくい事ですので、あちらでお願いいたします。」
あたしと瑶さんが連れていかれたのは、
「ここはいったい?」
「はい、商業ギルドエルリック支部、ギルドマスター室です」
「ギルドメンバーでもない私達が何故ギルドマスター室に呼ばれるのでしょうか?特に悪さをした記憶も無いのですが」
「それは、俺から説明しよう」
あたし達の後ろから男性の声が響いたわ。そう、本当に響いたというのがピッタリの涼やかなイケメンボイスよ。そしてあたし達が振り向いた先にいたのは細身の長身に色白の肌の……美人?。え、男の人の声に聞こえたのだけれど。
「俺はセルゲイ・ボドゥン、この商業ギルドのギルマスターだ。セルゲイと呼んでくれ」
え?性別を聞くのは多分地雷よね。どうしようかしら。こういうのはやはり大人としての経験のある瑶さんにお願いする方が安心よね。あたしがそっと瑶さんに視線をむけると、瑶さんと目があったのでそっと呟くことにしたの。
「瑶さん、お願いします。あたしには無理です」
そう言って瑶さんの影に隠れさせてもらうことにしたわ。瑶さんもニッコリ笑ってくれたから良いのよね。
「私は、ヨウと言います。そしてこちらの女の子はアサミ。こちらの街には初めて来たのですが、何か不都合がありましたでしょうか?」
あ、名前。ちょっと異世界ぽい発音にしたみたいね。
「いや、不都合という事ではなくてな。少しばかり頼みがあるのだ」
あら?そこでセルゲイギルドマスターはミーガンさんに視線を向けたわね。そしてミーガンさんは、何か居心地が悪そうね。
「うう、ごめんなさい。つい、お2人に助けていただいた事を話す中でお持ちの毛皮についてもらしてしまったの」
毛皮というと、あれかしら、あたしが馬車でクッション代わりにしていたウサギの毛皮のことよねきっと。
「毛皮ですか?」
瑶さんは、何のことかわかりませんという風を装う作戦ね。
「チラリとしか見えなかったけど、あれは間違いなく深山ウサギの毛皮でしたからね。あれほどの高級品をこともなげに扱うのを見て驚きましたよ。それをあなた方お2人の強さを説明する際に興奮からつい口を滑らせてしまいました。申し訳ございません」
「そういう事だ。深山ウサギの毛皮は希少だからな。常に欲しがる顧客がいるんだ。普段なら『討伐されるまで待て』で済ませられるんだが、今回の相手が厄介でな。トランルーノ聖王国の教皇直々の注文なんだ」
「教皇の注文と言っても物がなければどうにもならないでしょう」
心底後悔しているという風のミーガンさんと苦虫をかみつぶしたかのようなセルゲイギルドマスターが頭を下げているわね。でも瑶さんは平然と対応しているわ。これが日本の営業マンなのね。
「そういう訳に行かないのがトランルーノ聖王国なんだ。あそこは戦争を起こす理由を探している国だからな。教皇直々の注文を出来ないと言ったら、それこそそれをもって不敬だなどと言って嬉々として戦端を開くだろう。そして厄介なことにあの国の軍は世界最強と言われていてとても逆らう事が出来ないのだ」
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