第190話 竜の顎を見せられて。

「あ、ちなみに賭場の取り締まりとかじゃないから、お客さん達は安心していいよ」


 メルツェデスの名乗りを受けてどよめく賭場の一部が、それで大人しくなった。

 こんな場所に出入りする連中だ、メルツェデスの噂は知っているし、遭遇すればどうなるかも想像がついている。

 しかし、その連れが手を出さないと言っているのだから、ほっと胸をなで下ろしもする。

 それが、『今は』という限定条件がついていることもわかってはいるのだが。

 わかっているのと、足が洗えるのとはまた別問題なのだ。


 ともあれ、見逃してもらえるとなればその言葉に逆らう意味もない。

 一人、また一人と、そろりそろり、入り口近くの客から外へと逃げ出していく。


「あ、くっそ、待てよ!」


 慌てて賭場の人間が声を掛けるが、もちろん止まる者はいないし出口まで駆け寄ろうにもメルツェデス達が立ち塞がっている。

 こうなってはもう、この賭場と彼らは終わりだ。

 何しろ、豪快にイカサマの種明かしをされ、それを目撃した証人達があれだけ逃げ出したのだから。

 こういった話は裏の社会ではあっという間に広まるもので、そうなればもう二度とこの賭場に客は来ないだろう。

 何なら、今までイカサマで巻き上げられていた連中が報復に来るかも知れない。

 シノギとしても彼らの命運としても、もはや尽きたも同然。

 

 そして、さらに目の前には退屈令嬢。尽きたも同然、どころではない。

 

「チクショウ、こうなったらもう、やるしかねぇ! 野郎共、出てこい!」


 賭場のリーダーらしき男が声を上げながら紐を引くと、ガランガランと耳障りな金属音が響く。

 恐らく、トラブルがあった時の警報のようなものなのだろう。

 その音が響くことしばし。


 ……しかし、誰もやってこない。


「な、なんで……?」

「ああ、裏方さん達だったら皆さん寝てらっしゃいますわよ?」

「……は?」


 あっさりとしたメルツェデスの言葉に、男達は目を剥く。

 確かに下働きのような、荒事に向いていない人間も裏にはいた。

 しかし、その大半は腕っ節に自信のある破落戸であり、そう簡単にやられるような連中ではない。

 まして、裏でそんなことがあったと表に居る連中に気付かせないよう静かに、などと。

 

 ……目の前でにこやかな笑みを見せるメルツェデスを前に、どうやらそれが事実らしいと理解はする。

 何しろ彼女が出てきたルーレットのイカサマ種であるスペースは、地下の入り口から入らねばならず、そこまでには何人もの裏方がいたはずなのだから。

 まあ、理解はすれども、感情は追いつかないのだが。


「う、うそだ、うそだ!」

「こんな嘘吐いてどうしますの。それに、実際皆さんいらっしゃらないでしょう?」


 窘めるように言いながら、小首を傾げるメルツェデス。

 そう、誰も来ない。手勢は、今この場にいる10名ばかりだけ。いや、後もう一人。


「せ、先生、出番です、先生!」


 男が呼びかけると、賭場にいくつかある扉の一つがゆっくりと開く。

 これが時代劇ならば「ど~れ」などと言いながら大きな顔で出てくるのだろうが、出てきた剣士風の男は、神妙な顔つきで押し黙っている。

 その視線が、メルツェデスを捉え。それから、ハンナ、エドゥアルド、ゴンザ、サム、と視線が移っていき。


「……いや、無理」


 と小さく首を振りながら拒絶の言葉を吐き出した。


「ちょ、先生!? 無理ってなんすか、無理って!」

「いや、無理無理無理! 絶対無理だから! 敵わないから!

 名乗り聞こえてたけど、あれ多分本物だから! マジモンのメルツェデス・フォン・プレヴァルゴ様だから!

 もう立ってるとこ見ただけで格が違うどころじゃないって、一目でわかるとかどんだけだよ! 俺じゃ足下にも及ばないどころか話にならないって!」


 用心棒として雇っている男からすればある意味当然の抗議を、しかし剣士は体裁を取り繕う余裕もないのか、ブンブンと首を振りながら身も蓋もなく言い募る。

 

「むしろ、格の違いが一目でわかるだけ、大した剣士ではあるんだろうけどねぇ」

「ええ、こういったところの用心棒としては中々の腕に見えます」


 対するエドゥアルド、メルツェデスは突如始まった内輪もめをどこかのんびりと眺めている。

 もちろん、こう見えて油断は全くしていないが。


「は、話にならないってんなら、じゃあ、せめてあっちの女とか、チャラいにーちゃんとか!」

「ばっかじゃねぇの!? 二番目に怖いのがあっちの女で、三番目がそのチャラいにーちゃんだよ!

 ほんでもって、その二人も無理! あっちのごっついおっさん二人の、どっちかと一対一ならまだなんとかだってーの!」

「う、うそだろ……なんでそんな連中がこんなとこに来てんだよ!?」


 剣士の腕前をよく知る男は、信じられない、と言った顔で立ち尽くす。

 何しろ、彼らが束になってもこの剣士には敵わない。

 その剣士をもってしてここまで言わせるのだ、踏み込んできたこの連中の腕がどれだけ異常なものか、想像もつかない。

 

「だから、こんな連中が来るようなヤマに絡んじまったってことだろ……」

「し、知らねぇよ、俺等そんなやばいことは! ……あ、いや、え、まさか……?」


 心当たりが、なくはない。

 だが、それでもまさか、との思いが拭えない。何故ならば。


「な、なんで下級貴族から巻き上げてただけで、こんな連中が出てくるんだよ!?」

「やってんじゃねぇかよ! 庶民のもめ事にまで首突っ込んでくる退屈令嬢様だぞ、来ないわけがねぇだろ!?」

「いやだって、ほんとただ巻き上げてただけだし! 借金は被せたが命までは取ってないし!」

「むしろ貴族が借金しなきゃいけねぇって時点でおかしいだろ!?」


 先にも述べたが、この国は下級貴族も充分な収入が得られるように富の分配がなされている。

 そのため、貴族が借金をするというのは、大きな事業を始める時か、余程本人が箍の外れた贅沢で身を持ち崩したか、がほとんど。

 だというのに、この数日で賭けにはまって借金をする人間が何人も出た。それ自体がおかしなことなのだ。

 

「……ああ、もしかしたら、仕掛けた人間は男爵家や子爵家の懐事情に詳しくない人間なのかも知れませんわねぇ」

「ふむ……相手は貴族相手にも商売をしている商人、だと考えていたのだけど、違ったのかな。それか、伯爵以上しか相手にしていないとか。いや、それだと数が限られるから、こっちの網にかかっていていないのがおかしい、か」

「子爵以下は相手にしているようで相手にしていない、とか……見下していると言いますか」

「……なるほど? 確かに、今までのやり口から伺える性格とも合致するように思えるね」


 メルツェデスの推測通りに黒幕が転生者であれば、子爵以下の貴族に対して生前の、それも創作物から得ていたイメージをそのまま持ち込んでいる可能性はある。

 すなわち下級貴族、貧乏、モブ、だといったイメージ。

 特に地方から出てきた貴族などは、地方で悪辣な統治をしているか貧しい領地で困窮しているか、のイメージが強いのではないだろうか。

 そう考えれば、今回のような実態とずれて上手くいかなかった手を打ってきたのもわからなくはない。


「まあ、いずれにせよ……もう少し詳しくお話を伺わないといけませんわね?」


 そう言ってメルツェデスが一歩踏み出せば、ひっ! と小さく悲鳴のような声を男達が上げる。

 元よりルーレット台を下からぶち抜くような膂力を見せたメルツェデスにびびっていたところに、彼らが信用する剣士から追い打ちをかけられたのだ、すくみ上がるのも無理はない。


「抵抗は無意味、とおわかりいただけたようですし……命までは取りませんから、じっくり、お話を聞かせていただきましょうか」


 「じっくり」のところを殊更ゆっくりと言いながら、メルツェデスが微笑む。

 それは、彼らにとっては捕食者のそれにしか見えず。

 そして、抵抗する気力は完全に失われてしまっていた。

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