第21話 令嬢達は前を向く。

 その後のお茶会は、それはもう和やかに、あるいは賑やかに進んでいった。

 騒動こそあったものの、終わってみれば雨降って地固まる結果と言っていいだろう。

 そして、そんな空気の中だからこそ、メルツェデスは敢えて思い切ったことを言ってみることにした。


「フランツィスカ様、わたくしと一緒に、運動をいたしませんか?」

「運動、ですか? しかし、私もダンスのお稽古はしているのですが……それでも、足りないでしょうか……」


 メルツェデスの誘いにフランツィスカは驚いたような顔をして、それから悩ましげな顔になる。

 もちろんこんな話題を切り出したのは、先程のエレーナの暴言を受けてのものだ。

 今のフランツィスカであっても、悪い第一印象を抱く者はそういないだろう。

 まして少しでも会話をすれば、なおさらである。であるのだが。

 貴族社会においては、先程のように付け入る隙になってしまう可能性は、否定できない。

 それはフランツィスカも痛感したことだろう。


 悩ましげなフランツィスカに、メルツェデスはこくりと頷いて見せた。


「残念ながら、そう申し上げざるを得ません。

 恐らくですけれど……フランツィスカ様は、身体を動かすのに使う魔力の効率が良すぎるのではないかと思うのです」


 メルツェデスの言葉に、フランツィスカはまた驚いた顔になる。

 

 この世界において、生物は魔力をエネルギーとして活動する、らしい。

 その魔力を炎や雷のような物理現象として放出するのがいわゆる魔術なのだが、身体を動かすのも魔力による。

 そのため運動においては筋力も重要ではあるのだが、魔力を効率よく体内で力に変えられるかの方が重要であったりする。


 中でもメルツェデスは運動能力への変換効率が高く、その最大値も飛び抜けたもの。

 故に男顔負けの、なんなら凌駕する程の身体能力を発揮できているのだ。

 その反面、外へと放出する魔術はそこまで得意ではないのだが。


 フランツィスカはどちらかと言えば放出能力が高いのだが、運動能力への変換効率もまた高いのだろう。

 ただし、運動能力の最大値がそこまで高くない上に、普段の運動といえば週に何度かのダンスのみ。

 これでは十分に魔力を消費できず、身体の内側にため込むことになっているのではないか、というのがメルツェデスの推測だ。


 一連の説明を黙って聞いていたフランツィスカは、しばし考えた後、小さく頷く。


「確かに、言われて見れば思い当たる節がございます。

 正直申し上げて、私、ダンスのお稽古で疲れたことがほとんどございませんの。

 パートナーの方が疲れ果ててしまわれても、私はまだ平気で踊れたりしていましたので……それはつまり、そういうことだったのでしょうか」

「恐らくですが、そうなのかと。であれば、フランツィスカ様はもっともっと運動しないと消化できないかと思われます。

 もしかしたら、食べ物などから摂取する効率も高いのかも知れませんしね」


 聞くところによると、フランツィスカの食生活は普通のもののようだ。

 なのにそれでふっくらとしてきてしまっているとなれば、原因は食べ過ぎなどではないはず。

 それらを考慮した結果、フランツィスカが恵まれた才能の持ち主であるが故に太ってしまったのだ、と結論づけるしかなかった。


「流石にわたくしと同じメニューをこなしてください、などとは申しませんが、疲れる程度には運動をした方がよろしいかと思います。

 公爵令嬢であるフランツィスカ様がそこまでの運動をしようとすれば止められてしまうやも知れませんが。私に誘われたという理由があれば、ある程度許されるのではないでしょうか。

 なにせ、『天下御免』でございますから」


 そういうとメルツェデスは、帽子に隠れた額をそっと指さし、くすりと笑って見せる。

 思わぬ申し出と仕草にパチクリと目を瞬かせたフランツィスカは、次の瞬間、破顔一笑とばかりに笑い出した。


「ふ、ふふふ、そ、そうですわね、メルツェデス様から言われたのならば、致し方ございませんものね。

 でしたら、是非ともお願いいたしましょうか」

「ええ、こちらこそ喜んで」


 満面の笑顔で承諾したフランツィスカに、メルツェデスも笑顔を返す。

 内心で『良かった、これでまんまる化は避けられる……かも知れないっ』とガッツポーズをしながら。

 そう考えれば、この流れに持ち込みやすい状況を作ってくれたエレーナには感謝してもいいのかも知れない。

 表だってするわけにはいかないが。


 と、そんな二人の会話を聞いていたモニカとエミリーも、興味ありげに身体を乗り出してきた。


「あの、メルツェデス様。それは、私も参加しても構いませんか?」

「わ、私も少々興味が……参加したら、メルツェデス様のようになれますでしょうか」

「え、ええと……参加はもちろん歓迎いたしますけども、私のように、は……どうでしょう……」


 思わぬ申し出に、流石のメルツェデスも若干躊躇してしまう。

 見る限り、二人ともそこまで身体能力への変換効率は良くなさそうだ。

 メルツェデスの稽古内容は元より、フランツィスカ用のメニューも怪しいところ。

 となれば、完全な別メニューになるだろう。いや、そもそも運動する必要がなさそうだといえばそうなのだが。

 しかし、懸命な二人の意思を無碍にするのも忍びないところ。

 しばし考えた後に、結局メルツェデスは首を縦に振った。


「お二人がそこまでおっしゃるのならば、歓迎いたします。ただ、お家の方に許可はいただいてくださいましね?」

「はい、もちろんですとも!」


 力強く頷く二人に、更に申し訳なさが募る。

 恐らく彼女らが思っているような内容では、到底ないのだから。

 しかし、もしもそれに耐えきれば、その効果が絶大なのも間違いない。

 普段の歩く姿はもちろん、社交の華であるダンスも段違いの見栄えになるだろう。

 それはきっと、二人の将来のためにもなるはずだ。


「それでは皆様、どうか頑張ってついてきてくださいまし。

 皆様は既に今でも十二分に魅力的でございますけれども……このプレヴァルゴ式ブートキャンプをくぐり抜けた暁には、無敵となります!」


 若干盛っている。けれども同時に、本当にそうも思う。

 愛らしさの中に凜とした強さを備えれば、その魅力にきっと隙は無い。

 素でこれだけ魅力的な彼女らがそうなってしまえば、敵う者などいないだろう。

 そうなればきっと、社交界において国王派令嬢の持つ影響力は今よりさらに増すに違いない。


「ふふ、メルツェデス様に言われると、本当にそうなってしまうように思えてきますね。

 いいえ、きっとそうであるように努力すべきなのでしょう。

 ですから、どうかよろしくお願いいたします」


 心からの笑みを浮かべながら、フランツィスカは頭を下げる。


 ずっと、心のどこかで引っかかっていたこと。

 気をつけても気をつけても、少しずつふっくらとしていく身体。

 理不尽ですらあるそれは、フランツィスカ本人も気付かぬ内に、彼女の自信を奪っていた。

 だからあの時、エレーナの暴言に対して反論できなかった、のかも知れない。


 けれど、きっとこれからは違う。

 どんな理不尽も『ご免』とすっぱりと切り払ってしまいそうなメルツェデスの笑顔を見ながら、確信めいた予感を、フランツィスカは感じていた。

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