第11話 『勝手振る舞い』とは。

 『勝手振る舞い』、またの名を『天下ご免』の許しとは、法や不文律を越えて文字通り勝手に振る舞うことを許す勅令である。

 近世的な中央集権国家であるエデュラウム王国では、基本的に国王の判断が絶対であり、何事であろうともその裁可が必要だ。

 もちろん全ての案件に対して裁可を下すことは物理的に無理なので、法で定められた権限を官吏であったり地方領主であったりに与えてもいる。


 中でも遠征軍の指揮官などは、現地での迅速な判断が軍事だけで無く占領統治政策など多岐に渡って要求されるために、様々な権限の許可が必要となる。

 また、現地だけでなく王宮においても、公爵など上位貴族に対し忌憚ない意見を述べねばならない場面も少なくない。

 そのために作られたのが、『勝手振る舞い』というわけだ。

 

 この許しを与えられた者はまさに『天下ご免』であり、身分が上の者に対して物申しても無礼と咎められることがない。

 必要と判断した時には、国王に判断を仰ぐことなく武力を行使することも許される。

 それは王族相手とて例外ではなく、かつて、あまりに酷い振る舞いをする王子を『ご免』と斬って捨てた者もいたとか。


 当然それだけの権限にはそれ相応の責任が伴うが、その許しを与えた国王にも責任が生じるという構造になっており、忠義者ほど重い責任を負うことになる。

 例えば勝手に他国へと進軍した場合、当然敗北以外の結果が求められるが、万が一破れた場合、賠償などの責任は『勝手振る舞い』を行使した本人ではなく、許した国王が負うことになる。

 それだけでも耐えがたいところに、『勝手振る舞い』の取り上げという貴族社会での致命的な恥辱が与えられることは避けられない。

 使い所が難しい権限であり、そんな物を娘に与えられて、父であるガイウスがいい顔をしないのも当然とも言えた。


「陛下、このような幼子にそのようなお許しをお与えになるなど、少々どころでなく荷が勝ちすぎるように思います」


 当然、大将軍であるガイウスにも『勝手振る舞い』は許されており、行使したことは幾度もある。

 その力の大きさと重さをよく知るだけに、クラレンスの感情としてはありがたさよりも懸念の方が勝った。

 クラレンスもまた、そのことはよくわかっている。


「気持ちはわかるし、普通の子供であればそうなんだろうけどね。

 でも、君がちゃんと教えてあげれば、彼女なら問題ないと思うんだよ」


 あの時の行動、今の言動。

 メルツェデスは、臣下としてなすべきことをよく理解しており、自制もできる人間とクラレンスの目には見えた。

 危惧を覚えるガイウスに教育を任せれば、さらに間違いはないだろう。


 また、大将軍にも並ぶ栄誉を与えられたとなれば軍部も納得するだろうし、貴族連中も『天下ご免』持ちの令嬢に価値を見いだすやも知れない。

 現時点ではこれが、政情的にも感情的にも、クラレンスにとっての最善手だった。


 だが当然、いきなりそんなことを言われたメルツェデスは狼狽する。


「お、お待ちくださいませ陛下、わたくしがそんな、とんでもございません!

 身に余るどころか、押しつぶされてしまいますっ!」


 父の仕事ぶりやその責任の重さをよく知るだけに、与えられようとしているその許しを受け止められる自信などまったく無い。

 権利には責任が伴う。そのことをメルツェデスはよく理解していた。


「そもそも、女の身で『勝手振る舞い』など……前例がございませんよね?」


 基本的に、『勝手振る舞い』は最上位貴族に比べて身分的に劣る、軍関係者に与えられることが多い。

 特命を帯びた文官に与えられたこともあったが、いずれにせよそれは、男性だった。

 この時代、女性が強い権限を持つ職に就くことなど、ほとんどないことなのだから。


 けれどクラレンスは、にっこりと、まるでその返答を読んでいたかのように余裕のある微笑みを浮かべた。


「そうだね、私の知る限り前例はない。けれど、どんなことだって初めての時は前例なんてないんだよ。

 例えば、一度敵とぶつかった主力を敢えて撤退させ、囮にして敵を誘い込んで反転、伏兵とともに半包囲攻撃するだなんてとんでもない戦術だとか」

「……陛下、ここでそれを引き合いに出すのはいかがかと思われます」


 楽しげなクラレンスへと、ガイウスがゴホンと咳払いをする。

 クラレンスが語った戦術こそ、ガイウスが考案して数多の戦場で大戦果を上げた戦術であり、三十年戦争を終わりへと導いた原動力でもあった。

 何しろ、数が物を言うはずの野戦で数倍もの敵軍を幾度も散々に打ち倒したのだ、敵国としてもやってられないとなるだろう。

 結果、停戦条約はかなり有利な条件で締結されたという。

 

 当然メルツェデスもそのことは知っており、反論しようにもできるわけがない。

 むしろ、尊敬する父と並び称されているような気がして、若干浮ついてもいた。


「はは、すまないすまない。

 まあしかし、偉大なる変革のためには、前例のない行動も必要だということはわかってもらえたかな?」


 ガイウスの抗議を軽く手を振っていなすと、クラレンスはメルツェデスへと向き直る。

 穏やかで気取りの無いその声は、しかし揶揄いの色はない。

 恐らく、冗談ではない。

 メルツェデスが萎縮しないように、それでいて真剣に、彼女に向き合っている。

 それが伝わってくれば、最早彼女に断りの言葉はなかった。


「そこまでおっしゃっていただいて、この上お断りする言葉など持ちようもございません。

 『勝手振る舞い』のお許し、謹んでお受けいたします」


 クラレンスの言葉にこくりと頷けば、深々と頭を下げる。

 内心では「どうしてこうなった!?」という言葉が延々ループしているが、それはおくびにも出さない。

 

 顔を上げれば、満足そうなクラレンスの笑顔。

 なんだか、立ててはいけないフラグを立て、踏んではいけない地雷を踏んでしまったような気がしてならない。

 しかし、回避する方法も浮かばず、政情のバランス的にも悪くない選択となれば、どうしようもない。

 

「ありがとう、これで私の面目も保てるよ」

「そんな、もったいのうございます」


 クラレンスの謝辞に、メルツェデスは慌てて首を横に振る。

 国王が臣下の子女に感謝の言葉を述べるなど、非公式の場であってもとんでもないこと。

 そのことに考えが至り、ようやっとメルツェデスは、自分がとんでもないことをしてしまったのでは、と思い至った。

 しかし、最早取り消すことも修正することもできはしない。

 はっきりと、受け入れる言葉を発してしまったのだから。


「いやいや、おかげで私の胸のつかえも少し取れたよ。

 これで私の伝えたいことも伝え終わったし、これ以上長居してはメルツェデス嬢の身体に悪いかな。

 そろそろ私達は失礼するとしよう」


 私達、という言葉とともに視線を向けられ、それまで呆然としていたジークフリートがはっとした顔になり、それからこくりと頷く。

 うん、と一つ頷き返せば、クラレンスはジークフリートと侍医を伴い退出していった。

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