第8ステージ 旅の情けは食い違い!?②
「ハレしゃんは、私をぜんぜん意識してましぇん!」
「えー……」
もう1回言われて、聞き間違いでないことを再確認した。
意識してないって、言われても……な。
「意識って、どういう意味で?」
言葉ではなくて、アクションで返ってくる。
人差し指と中指で何やらマークを作っている。その指の作り方、難しくない? 自分でやろうとしたら上手くできなかった。なんて、横道に逸れている場合ではない。
「えーっと、ハート……なのかな?」
「そうでーす! ハートでーす!」
「あぁ、いちいち声が大きい……。近所迷惑だから声を抑えてね、あずみちゃん」
「はーい!」
素直に聞いてくれるが、声は相変わらず大きい。壁は分厚そうなので周りの部屋に迷惑にならないといいな……。
「ハレさんは、私のこと好きじゃないんですかぁ~」
「なっ!? 直球すぎる!」
「私は、ハレさんのことすっ」
「うわあああ、やめてあずみちゃん! その状態で聞いちゃいけない気がする!」
ほとんど聞いてしまっているのだが、無かったことにする。うん、一度告白を受けて、無効にしているので何ら問題はないが、いや、問題だけど。あずみちゃんの気持ちは変わってないの? 騒いで聞いてなかったことにしたが、事実は消えてくれない。
お酒を飲んでいないのに、自分の顔も熱くなってきた。
「で、どうなんでしゅか~ハレさん。あずみのこと、どう思っているんですか~」
「あずみちゃんは可愛くて、一緒にいて楽しくて、素敵な同志だよ」
「えへへへへーかわいい~。ハレさんに可愛いって言われちゃった~」
なんだこの可愛い生き物。元々、あずみちゃんは表情に出やすいタイプだが、酔っ払いモードでは感情が駄々洩れだ。面倒だが、めちゃくちゃめんどくさいが、見ている分には面白い。
けど、お酒が身体に響くと良くない。さっき、自分用で買ってきた水のペットボトルを取り出す。
「お水のもうね」
「お水おいしー?」
「はいはい、美味しいね。お水美味しいから、飲もうね」
「うん、ごくごく……。お水おいしー!」
子どもを扱うようになっているが、オタク部分は変わっていない。紛れもなく、この状態でもあずみちゃんだ。まだ、あずみちゃんの攻撃ターンは終わらない。
「ハレさんはあずみのこと、可愛いって思ってるんですかー?」
「さっき、言ったよね! 酔っ払いはループ属性持ちなのか!?」
「可愛いー?」
「はいはい、可愛い。世界一かわいいよー」
「唯奈しゃまより~?」
「えっ……」
突然、そんなこと言われて、言葉が詰まってしまう。
唯奈さまは別世界の人間だ。唯奈さまは可愛い。世界一可愛いを超越して、可愛い。この世の常識だ。
一般人のあずみちゃんと比較する存在ではない。
そう言いたいのだが、そう言っては今の酔っ払いモードのあずみちゃんは怒ってしまいそうだ。
「そくとーできないんだー! もうハレしゃんのバカー!」
どっちにしろ、怒られる結末だったようだ。
「ごめん、だって唯奈さまは違うだろ? あずみちゃんだって、唯奈さまは別世界の人間だと思っているだろ!?」
「そうだとしてーも、ここはあずみの方が可愛いよーというとこなんですー! ぷんぷん」
わかりやすく、拗ねている。言葉とアクションが激しい。あぁ、手に持ってるお酒こぼさないでね。
「あずみちゃんの方が可愛いよー」
「言った後なので、説得力がな~い」
「もう、どうしろと!」
どうすればいいの……。面倒なオタクのあずみちゃんだが、酔っぱらうとさらに面倒だとは思わなかった。たぶん行動に正解なんてなくて、この時間をやり過ごすしかない。
「……むにゃむにゃ」
「……あれ? あずみちゃん、寝た?」
さっきまであんなに騒いでいたのに、すぐに静かになった。東京から遠征してきて、観光して、ライブに参戦したのだ。疲れていないわけがない。
こぼれると危ないので、お酒の缶を手から離す。手に持つと重かった。ほとんど残っている。どうやら一口、二口でこうなったようだ。あずみちゃんにお酒は絶対に飲ませては駄目だと心に誓った。
「ほら、ここで寝ていたら風邪ひくぞ」
すぐ近くのベッドまで運び、寝かせる。きちんと呼吸はしており、お風呂後なのでホテルの寝間着に着替え済みだ。
「…………もう」
少し服が乱れていたので、平常心で直す。
これで大丈夫だろう。俺も疲れたので、別のベッドで寝るとしよう。
「ハレしゃん……」
そう思ったら、名前を呼ばれた。
起きたのか? と思ったが、どうやら寝言のようだ。夢でも俺に会っているなんて、同志の絆というのは深いんだなと冗談めいて笑った。
「手、ほどかないで……」
「…………なんだよ、その寝言」
夢で寂しいのだろうか。あずみちゃんの手を軽く握ると、握り返された。
「……意識してない、ね」
酔っぱらったあずみちゃんが言った台詞が、頭でリフレインする。
安心しきって穏やかな表情で眠る彼女に、ポツリとこぼす。
「意識してないわけ、ないだろ……」
意識しているから、俺だって戸惑ってしまうのだ。告白をある意味で断ったのに、俺の鼓動は早まる一方だ。あずみちゃんの直線的な行動は刺激が強すぎて、身体が持たない。
あずみちゃんを、意識している。どうしようもなく、意識している。
唯奈さま中心で回っていた俺の世界に、あずみちゃんが存在して、そっちばかり気になっている。
「すー……すー……」
握り返された手を、振りほどく気になれない。
ほどかないで、と言われて無視できない。たとえ、酔っ払いモードだとしても俺はあずみちゃんに安心してもらいたい。
「明日は筋肉痛確定か……」
床に座りながら、そのままベッドに上半身を突っ伏す。
手は繋いだまま、やがて眠りについたのであった。
× × ×
「あれ……?」
今、何時だろうと思って目を覚ましました。
知らない天井です。
「そっか……」
知らないのは当たり前でした。私はフレナイの福岡公演のために、福岡に来て、宿泊しているのです。
でも、いつ寝たのでしょうか。シャワーを浴びてから、あまり記憶がありません。確か、喉乾いて、自販機の値段がホテルだから高いな~と思って、ハレさんが大浴場から帰って来るのを待っていて……、
「ん?」
手に感触がありました。
右手が、握られていました。
「ん? ん?」
右手の先を見ると、彼女がいました。私のベッドに上半身を突っ伏して眠る、ハレさんが。
え? どういうこと??
「いったい、何があったの!?!?」
ハレさんが私の手を握って、寝ています。手を繋いで、繋いで、繋いで!
意味がわからないけど、幸福感が半端なく、世界がヤバい。
もしかして、まだ夢なの? と思いましまが、ハレさんの手の感触は現実です。
このまま、また眠りにつきたくなりますが、ハレさんがこのままだと風邪をひいてしまう。どうしてこうなっているのか、さっぱり不明ですが、今の状況は変えなくてはいけません。
「ハレさん、ベッドで寝ましょうか」
肩を小さく叩き、「うぅん」と反応しました。
もそもそと動き出し、移動し始めました。私が眠るベッドに。
「え、ハレさん!?!?」
寝ぼけているのか、私のベッドを自分のベッドと勘違いしたのでしょう。
これは、まずい。
ハレさんと同じベッドに寝ている。
……この状況は、駄目です!
そう思い、私はもう一方のベッドに移ろうとしたのです。
が、ハレさんに抱き着かれました。
「え!?!?」
「すやー…………」
そして、寝息を立て始めました。
抱き枕と思われたのでしょうか。私はがっつりとハレさんに抱き着かれ、動けなくなりました。
無理やり動いたら、ハレさんは起きてしまうでしょう。
つまり、ゲームオーバー。
「なにこれ、なにこれ!?!?」
意味が解らないまま、羊を数えましたが、それ以降は全く眠れない私なのでした。
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