第5ステージ オモイは行き違い!?⑤

 黙って聞いていたあずみちゃんが、口を開く。


「ハレさんの唯奈さま愛は十分にわかりました。私だって、ずっと一人でした。周りとは話が合わず、オタクであることを隠しながら生きてきました。あの日、隣でハレさんに出会うまでは」


 彼女も同じだった。

 照れ臭くなる俺に、彼女は嬉しそうに微笑む。


「隠れオタクと言いながら、ほとんど現場に行ったことはなかったんですよ。あの幕張のライブだってかなり緊張していました。そのせいで電車間違えて遅刻しそうになるし、買ったペンライトも点かずで混乱しました。そんな時に手を差し伸べてくれた人がいたんです」


 あの日、一人ぼっちと一人ぼっちが出会った。

 でもすぐに意気投合せず、すれ違って、勘違いして、やっとわかり合えた。

 と思ったら、音信不通の状態だ。


「ハレさん、私はハレさんの1番になりたかったんです」


 連絡を拒んだ理由を話し出す。

 1番、1番か。


「私はあろうことか、唯奈さまに嫉妬しました。リリイベでハレさんのことを見抜き、虜にした女の子を恨みました」


 一人だった彼女に、やっと分かり合える仲間ができた。

 なのに、その仲間が取られた気持ちになった。

 同じ天使を愛する同士なのに、一緒であることの比重が大きくなってしまった。1番でないことを嫌がった。


「それが、理由」

「ええ、嫌いになりましたか」

「……」

「これ以上ハレさんといると唯奈さまのことが嫌いになるかもと思ったんです。私が1番仲良くしたい人を夢中にさせる。私も同じように唯奈さまに夢中になっているのに、この気持ちは矛盾していますよね。自分の中に二人の人がいるみたいです」


 1番でありたい気持ちと、唯奈さまを応援したい気持ち。

 今までは遠かったので、気づかなかったのかもしれない。

 リリイベで接近しすぎたから、気持ちのズレをみつけてしまった。


「あのさ、あずみちゃん」


 でも、違うのだ。自分の考えとは異なる。

 唯奈さまは1番だ。でも、あずみちゃんだって1番だ。

 だって、


「唯奈さまはランク外だからさ」

「はい!?」

「だって天使じゃん、人であって人でない。そもそもランキングに入れることすら烏滸がましい」

「え、えぇ……」


 彼女は困惑するも、話を続ける。


「俺は唯奈さまが好きだ。その好きは絶対に揺らがない。でも好きがあずみちゃんと一緒だとさらに増して、楽しい。あずみちゃんが一緒だともっと好きになれる」


 君が隣にいたから、その気持ちを知ることができた。


「だから、これからも同志でいたい、君の隣にいたい、俺はあずみちゃんの1番でありたい」

「ハレさん……」

「なぁ、行きたいんだろ武道館に!」

「行きたいです。でも、私は……」

「武道館だよ。ここでいかなきゃ絶対に後悔する。何で行かなかったんだと一生自分を呪うかもしれない。ライブは一度しか行われない。同じライブは二度とないんだ」


 同じ時は二度と戻って来ない。一期一会だから全力を尽くす。


「……ハレさんは後悔した経験があるんですか」


 頷き、肯定する。

 ここまで声高に主張するのは、俺がずっと後悔しているからだ。


「昔、といっても3,4年ぐらい前かな。好きな声優さんがいたんだ」


 アニメで知って、そのアニメのラジオも聞いていたらその声優さんのことが好きになっていた。アニメのイベントで歌や朗読劇を聞き、その人の声に虜になっていた。


「この人を推そうと思って、彼女が担当している別のラジオを聞いたり、今まで出演したアニメを見たりしたよ。それからも大人気とはいかないまでも、ほぼ毎クールごとに役を貰い、イベントの数も、キャラソンの数も増えていった」


 人気がでるにつれ、イベントの数は増えたけど、行くことができなかった。

 高校生の俺には財力がなかった。


「けど、いつかまた会える。その歌声を、演技をまた見れると思っていたんだ」


 今は難しくても、大学生になって時間ができて、もっとバイトする時間ができてお金も稼げたら絶対に会いに行こう。

 そう、思っていた。

 それは浅はかな考えで、その願望は叶うことはなかった。


「ある日、急に引退したんだ。事務所の発表だけで、その声優さんからの声もメッセージも無しにいなくなった」


 ショックだったけど、すぐにフリーになったり、事務所を移籍したりするものだと思った。

 でも、何もなかった。

 1カ月待っても、半年待っても、1年待っても何も情報は出てこなかった。


 その声優さんに、もう会うことができない。


「俺は愕然としたよ」

 

 引退。あまりに突然の、前触れもない引退。

 世界から光が消えた気がした。


 もっとあの時、応援していたら変わったかもしれない。そう思ったが、それでも引退の事実は変えられないだろう。

 

「けど、全力で応援できたら後悔はしなかったかもしれない。毎日勇気と、夢をもらっていたのに1度のイベントしか行けず、お礼も拍手さえもできなかった」


 全力じゃなかった。

 もちろん全力で応援していたら、その分だけショックを受けたかもしれない。そんなのわからない。戻れないのだから、知らない。

 でも、頑張れば行けたのに、行かなかった後悔は消えることはない。

 

「そんな絶望した状態の時に、唯奈さまに出会ったんだ」


 あまり期待せずにいったライブで、俺は新たな光をみつけた。

 自分の世界を照らして、活力を与えてくれる光を。

 

 ――今度こそ、俺は間違えない。


 だから、全力で応援すると誓った。

 自分ができる全力で応援する。機会があるなら絶対に逃さない。

 最善を尽くす。


「後悔したくないんだ、全力で生きて、いつ死んでも後悔しないような人生を歩みたい」


 それが俺の気持ちだ。

 一人より二人がいいと思うのなら、俺は最善を選ぶ。

 そして、それが同志の彼女にとっても最善だと信じている。


「ハレさん……」

「これが俺にあったことだ」

 

 あずみちゃんが俺の顔をまっすぐにみて、伝える。


「……話長いです」 

「……だよな!」


 そんな長い話を笑わずに、きちんと聞いてくれた彼女に感謝したい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る