第5ステージ オモイは行き違い!?
第5ステージ オモイは行き違い!?①
「いつでも会える」
無理して今回行く必要はない。
また、今度いけばいいと思っていた。
大学生になったらもう少しバイトもできるし、時間もできるだろう。
余裕ができてからでいい。
これから機会はいくらでもある。
……そう思っていた当時の自分は、馬鹿だった。
タイムマシンがあるなら、その時の自分を必死に説得するだろう。
同じ時は二度と戻って来ないし、同じライブ、イベントは二度と行われない。
推しは推せるときに推せ、とはよく言ったものだ。
君がいれば、世界は明るくなるし、
君の声を聞けば、明日も元気に生きられる。
君の活躍が自分のことのように嬉しくて、
君の歌声がもっと多くの人に届いてほしいと願った。
でも、君はいなくなった。
あまりに突然に、脈絡もなく、ぱったりと消えた。
世界は、君という光を失った。
……そんな世界で俺は、どう生きればいい?
× × ×
電車に揺られながら、イヤホンから流れる唯奈さまの歌声を聞く。ツアーのセトリを聞く度にライブでの興奮を思い出し、そしてCD音源の物足りなさを感じ、次のライブを切望する。
でもあの日以来、聞く度に胸がチクリとする。
「はぁ……」
秋葉原のリリイベであずみちゃんに綺麗に可愛くしてもらった俺は、唯奈さまに褒められ、とてもいい思いをした。
本当に嬉しかったんだ。
素直に今の姿を褒められただけでなく、ジャージ姿だった大宮でも認知されていて、自分が女であると唯奈さまは見抜いていた。『可愛い』と言われることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
けどあの日以来、あずみちゃんから連絡が来なくなった。
何か、彼女の気分を害したのだろうか。
唯奈さまには一番良い姿を見せなきゃ失礼、と言った彼女の言葉に従い、師匠になるとまで言い出し、ガサツな俺をかわい……らしい私にした。その姿を見て唯奈さまも喜んでくれ、あずみちゃんの目論見通りにうまく事は運んだ。
なのにリリイベ後の彼女は苛々とし、その後も用事があるといってすぐに解散となった。
どうしてか、わからない。
リリイベ後の自分のテンションが高すぎたのだろうか。興奮しすぎてウザかったのかもしれない。
ただ、それぐらいで彼女が何日も気分を害すとは思わない。
あずみちゃんだって、唯奈さまのことになるとハイテンションな厄介なオタクで、俺と中身は似たようなものだ。また始まった、やれやれと苦笑いし、やがて受け入れてくれるはずだ。
……なら、何なんだろう。
本気でわけがわからず、かといってあずみちゃんに直接聞くのも無神経で、どうにもできず困っている。
電車から降り、改札を通過する。
「そう、困っているんだよな……」
歩きながら、ぽつりとつぶやく。
ライブがないと、俺たちは会えない
イベントでもないと、彼女を誘えない。
友達じゃないし、当然恋人じゃない。
『同志』
志は同じだ。
でも、機会がなければ交差することはない。限定的な関係だ。特に何もない時は気にしなくてもいいし、連絡をする必要もない。
同じライブの話を何度もしても、毎週のラジオの話をしても、アニメ放送ごとに話をしてもいずれ飽きてしまうだろう。
たまに会うから成立するオタク関係、同志なのだ。
それでいい。
イベントが終われば、連絡が途絶えても問題ない関係でいいのだ。
SNS上の関係と同じであっさり、でも確かな繋がりを感じられたらいい。近すぎたら迷惑だし、身動きが取りづらくなる。適切な距離というものがある。
お互いの日常があって、お互いのプライベートがある。
それでいい。
それでよかった。
なのに、その関係じゃ納得いかない自分がいる。
「……はぁ」
駅から少し歩き、イベント会場にたどり着く。
唯奈さまとは別現場の、今日はラジオの公録だ。
ライブとは違うが、ワクワクしていた。毎週欠かさず聞いているラジオで、イベントの度に参加している、古参と名乗ってもいいぐらいのヘビーリスナーだ。
『まことにさくらん! まもなく開幕するぞー』
『早く席についてくださいね~』
イベント前のアナウンスが流れ、拍手が起きる。登壇する二人の声なので、リスナーたちのテンションは勝手にあがる。
ふと横を見ると、右隣の席は空いていた。
他の席は埋まっているのに、そこだけ空いていた。
今日はあずみちゃんも、灰騎士さんもいない。
「…………」
一人。
俺は一人だった。
× × ×
楽しいイベントだった。たくさん笑ったし、時間もあっという間に思うほどに熱中していた。
でも、どこか“物足りない”と思ってしまう自分がいる。
前までは一人が当たり前だった。終わった後SNSに感想をのせるだけで良かった。
でも、今は隣に誰かいて欲しい。
同じところで笑って、違う所で反応して、同じ感想を持って、違う意見を言って、共感して、発見して、特別な日をさらに特別にした。
この気持ちは寂しい、とは違う。
「…………」
誰か、じゃない。
わかっているだろう。
彼女に、笑っていて欲しい。
イベントが終わりを迎えても、その席に人がやってくることはなかった。
× × ×
そう気づいても行動に起こせず、数週間が経った。
そして、唯奈さまの武道館ライブのチケット販売の、ファンクラブ優先が開始された。
それでも、あずみちゃんからは連絡がなかった。
「……待っているのは限界だ」
ファンクラブ優先購入の締切は来週までだ。
言わずに2枚買っておくことなんてしない。あずみちゃんが来ないつもりなら、その席は空白で、無駄になってしまう。唯奈さまのため、ファンのためにも空いた席をつくってはならない。
欲しい人が来るべきで、見たい人が座るべきだ。
だから、俺は彼女に問う。
俺が悪かったのか、彼女に何かがあるのか。
事情も、理由も全くわからない。
でも、そんなことはどうでもいい。
大事なのは一つだけだ。
「武道館で歌う唯奈さまを、見たいだろ?」
唯奈さまを全力で応援する気があるか。
待っているのは、もう終わりだ。
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