第3ステージ スキは勘違い!?

第3ステージ スキは勘違い!?①

 女の子にペンライトを返してもらうのを忘れ、一度はすれ違ったものの、また再会することができた。

 そんな出来事も懐かしいと思うほどに、バイトばかりしていたら夏休みもすっかり後半戦に突入していた。




 黒のキャップを被り直し、携帯電話を取り出す。

 待ち合わせ時間にはまだ30分ほどあった。「早く来すぎだろ。どんだけ期待していたんだよ」と自分に心の中でツッコミを入れる。

 今日はのあずみちゃんと、唯奈さまのライブに行く日だ。新横浜駅前で待ち合わせをして、一緒にライブ会場へ向かう予定だ。

 ツアーのアンコール公演。

 このツアーの最後、おかわりのライブなので、否が応でも高まる。

 待ちに待った日だ。だが、ツアーが終わってしまうという喪失感もある。始まってほしい気持ちと、終わってほしくない気持ちが混濁する。

 ただ今日はそれだけの感情ではない。

 ワクワクしていて、でもどこか緊張していて、ずっと落ち着かない。


「……ハレさん?」

「うわっ!」


 目の前に、考えていた女の子が現れた。考え事をしていると周りが見えなくなる。


「ご、ごめん。驚いた」

「ふふ、面白いハレさんですね」


 目の前にいるのは同志のあずみちゃんだが、表参道の時とは当然格好が違う。

 ツアーの白Tシャツを着て、マフラータオルに、リストバンド装備。膝まである、青色の長めのスカートが夏の青空みたいで、素敵だ。


「可愛い格好だね」

「え!? ハレさんも同じじゃないですか!」

「え、俺も可愛い?」

「違います! 同じ格好ということです!」


 そういう意味か。スカートではないが、ライブTに首に巻くタオルは同じだ。スカートではなく、パンツスタイル。

 でも少し拗ねてみることにした。


「何だ、俺は可愛くないのか」

「可愛いって言われて嬉しいんですか!?」

「うーん……微妙」

「何で少し悩んじゃうんですか!?」


 「失礼な!」と言いたいが、それは自分の容姿を見てから言えってことだ。


「とぃぅか、むしろカッコぃぃといぅか……」

「え!? よく聞こえない!」

「行きましょう! 早くライブ会場に行きましょう!」


 急に早足で進みだした彼女に、追いつくのが大変だった。



 × × ×


 扉の向こうは、夢見た空間だった。


「わ~」

「すごいな!」

「大きい会場ですね!」

「ああ、俺もここの会場は初めてだが、これはデカいな」


 幕張以上に大きな場所だ。一回転しても全貌を把握できた気がしない。

 この箱を唯奈さまが埋めて、ファンの皆で盛り上げる。想像するだけで、ワクワクする場所だ。

 開場して30分経っているからか、すでに席に座っている人も多い。

 俺たちもチケット片手に自分たちの席を探しながら、会話を続ける。


「ハレさんは唯奈さま以外にもライブ行ったりするんですか?」

「ああ、フレナイが好きでね。そこのライブはだいたい行っている」

「あー、唯奈さまもユニットで所属しているアプリゲームですね」

「そうそう、唯奈さまを生で見たのもフレナイでね」

「そうだったんですねー。フレナイのライブにも一度行ってみたいな~と思っていたんですよ」

「じゃあ今度行く? 頻度はそんなに多くないけど」

「いいですね! ぜひご一緒させてください」


 「一人参戦は気楽だ!」と粋がっていたのが懐かしい。この夏を経て、どんどん約束が増えていく。気軽に彼女を誘えるようになった変化が好ましい。


「あ、そこ段差あるから気を付けて」

「え、はい。ありがとうございまっ」


 そう言った矢先。

 あずみちゃんが段差で躓き、よろけた。

 瞬時に体は動いた。


「うわ」

「うへ」


 転倒を防ぐために、咄嗟に彼女を抱きかかえる形になってしまった。

 何とか倒れずに、その場で足を踏ん張り、持ちこたえる。

 

「だ、大丈夫?」


 真っ赤な顔をした彼女が、急いで俺から離れる。


「ご、ごめんなさい! ヒャ、ヒャレさんこそ大丈夫ですか?」

「誰だよ、ヒャレさんって! 俺はバイトで鍛えているから大丈夫だよ」

「いったいどんなバイトしているんですか!?」


 危なっかしい子だ。おしとやかな見た目とは裏腹に、気づくとすぐにトラブルに巻き込まれる。まっすぐで、衝動的で、行動力のあるトラブルメーカー。見ていないと危ない。

 何だか、保護欲が湧いてしまう。

 彼女へ向け、すっと手を差し出した。


「ハレさん?」

「ほら、また転ぶといけないから」


 逡巡しながらも、彼女は俺の手を握った。


「……はい」


 これなら迷子にならないし、急に転ぶこともないだろう。


「……あれ?」

「どうかした?」


 彼女が首を小さく傾げる。


「いえ、なんというか……ハレさんの手、柔らかいなって思って」


 誉め言葉として受けとっておこう。



 × × × 


 大きな会場なので、席に辿り着くにも一苦労だった。だが、その苦労もこの絶景の前ではちっぽけなことだ。


「まさか、こんな前の席とはね!」

「私もこんな目の前とは思いませんでした」


 前から5列目の席。真ん中から少し左だが、今までで1番見やすい場所だ。さすがファンクラブ専用のチケットだ。


「神席すぎる」

「誘ってくれてありがとうございます」

「お礼は唯奈さまへ捧げてくれ」

「そうですね! 万全の状態で唯奈さまに全力です」

「何かが起きないために、ちゃんとペンライトを確認しないとね」

「もう、ハレさん! 今日は大丈夫ですよ!」


 そう言って、彼女がバッグからペンライトを取り出し、点灯させる。

 

「うん、バッチリだね。予備のペンライト、電池も持っている?」

「え、予備はないですが」

「まぁ俺が持っているから大丈夫かな。飲み物は?」

「500mlペットボトルを1本」

「1本じゃ心細いよ、2本はないと。しかもお茶じゃん。夏は塩分。1本はスポーツドリンクにしないと」

「そ、そうですね」

「あとで自販機に行って、買ってこようか。塩分は、塩飴持っているから、はい。ライブ中、しんどいかもと感じる前に舐めるんだ」


 彼女が、ふふふと笑う。


「何だよ、何か可笑しい?」

「いいえ、本当にハレさんは用意周到だなって面白くなっちゃって」

「そりゃそうだよ。頑張る舞台の上の彼女のために、俺たちも全力を尽くさないと!」

「ハレさんのそういう所素敵です」

「……そうかな。急に褒めないでよ、恥ずかしい」

「恥ずかしくないです! そんな気遣いのできるあなただから、私は出会えたんです」


 嬉しそうに笑う彼女に、まだライブが始まっていないというのに自分の顔が熱くなるのを感じた。

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