6. 別れの朝
翌朝、思っていたよりもアルバートさんの迎えは早く、ライナックは少し不機嫌だった。
「いくら急ぎの案件だからって、こんな早朝に来ることねぇだろ」
「それは謝りますよ」
「お待たせしましたアルバートさん。いつでも出発できます」
「わかりました」
ライナックとアルバートさんが二人で並ぶ所を見てもそれぞれの雰囲気が違いすぎて、兄弟には見えない。
ライナックの短髪で、着ている服も平民寄りなものに比べて、アルバートさんは同じ短い髪でもしっかりと手入れがされてる上にセットされた髪型。服は言うまでもなく品のある、いかにも貴族らしいものであった。顔立ちもあまり似ていず、ライナック曰く自分が父親似でアルバートさんは母親似なんだとか。まぁどちらも整った顔立ちではあるが、貴族の女性にモテるのはアルバートさんの方だろうなと思う。
身長はライナックの方が高い所を見ると、兄なんだなと感じる。
ちなみに私は、これから公爵家に行くのでアルバートさんが用意してくれた貴族の令嬢に見える、最低限のワンピースへと着替えた。髪はメイドらしく後ろでまとめている。最低限の化粧を済ませ、少ない荷物をトランクに詰め込み、玄関へと立つ。
「どうしようもない縁から来た面倒事だが、シュイナ……お前なら上手くできる筈だ」
「一介の侍女に何を期待してるんだか」
ライナックの言いたいことは受け取るが、何分アルバートさんの手前なので軽くあしらう。
私がエルフィールドの姫であることを知る人間はライナック一人のみだ。アルバートさんですら知らない。
「何かあったら直ぐ逃げろよ」
「そこは何も起きないことを祈っておいて」
「それは不可能に近いだろ」
「……否定できない」
いつもと変わらないような会話を交わしながらも、互いに別れを惜しむ気持ちは感じられた。
「……シュイナ、後ろ向け」
「わかった」
背中でも叩いて気合いをいれてくれるのだろうか。それとも肩に手を置いて力を分けてくれるのか……と呑気に考えているうちに、首に少し重みが感じ始めた。
「え……これ」
「お守りだよ。ま、対した値段のものじゃねぇけどな」
そう言ってくれたのは、首にかける形のお守りだった。ネックレスやペンダントというよりは、そう表現した方が直感的に正しいと思った。
茶色の紐に通されたのは小振りなもの。深い青の色をした細長い石は、見た目は簡素で宝石などではないが、ライナックの想いが詰まっているように思えた。
見たことのない石は、きっとどこか異国の石だからだろう。ライナックは、旅をした時に変わったものばかり集めていた。
「ライナックがこういうものくれると思わなかった。ありがとう」
「願掛けしといたからな。無事に生きて帰れるよう」
「……何か効果ありそう」
「当たり前だろ。…………なくちゃ困る」
別れを惜しむ眼差しを向けられる。
頭に手を置き微笑む姿はどこか寂しそうで。
「辛かったらどんな手を使ってでも帰ってこい。俺が許す」
「その言葉だけで十分だよ。ありがとう、ライナック」
「あぁ……元気でな、シュイナ」
最後に抱擁を交わし、馬車へと乗り込む。
アルバートさんは終始無言で、私達の別れを見守っていた。
ライナックが小さくなり……見えなくなるまで
手を振り続けた。
「…………いつも兄をありがとうございます」
落ち着いた所で、口を開くアルバートさん。
「二人の仲を引き裂くような形になってしまい、申し訳なく思いますが───」
「引き裂いてなどいませんよ」
アルバートさんの言葉を即座に否定する。
「むしろ良い機会だと思ってます」
「良い機会?」
首をかしげるアルバートさんに、ライナックの結婚について丸投げ……任せたいという話をする。
「ははっ、なるほど!」
「最後のチャンスだと思うんです」
「そうだね。シュイナ、君の言う通りだ」
楽しそうに笑った後「任されたよ」と言い、ライナックの結婚はどうにかすると約束してくれた。
「だけどシュイナ、謝らせてほしい。今回は僕の人脈が招いた災いだからね。何度も断ったんだが、あの頭でっかちが譲らなくてね」
その頭でっかちとは、もしかして学友であるリフェイン公爵子息のことだろうか。
「自分の妹が大切なのはわかるけど、巻き込まないでほしいものだよね、本当に。立場的に断れないのわかってて、最終手段で父親を出してきやがったからね」
言葉の端々にライナック感があるアルバートさん。どうやら今回の件は、相当不本意なものらしい。
「シュイナ。巻き込んで本当にすまない」
「大丈夫ですよ」
「……シュイナ、巻き込んだ身で言うのもあれだが本当に気をつけてくれ。君が今から行くのは、例えるとしたらある種の戦場だ。そこは絶滅された魔法や様々な権力が渦巻く。楽観しているわけでないのはわかるけど、僕を恨む時がきっと来ると思う。兄さんが言った通り、何かがあったら直ぐに逃げて構わない。大事なのは我が身だよ」
「……心配してくれるのはとても嬉しいのですが、仮にもこれから仕えに行くのですからその方を守るくらいはしないとでは」
「それは別にシュイナがする必要はないからね……。もし、リフェイン家で不当な扱いを受けたら直ぐに言って。僕からあいつにいくらでも抗議するから。あぁ、遠慮はいらないからね」
笑っているのに笑っていないとはこういうことなんだなと理解できる笑みを浮かべる。
「わかりました」
苦笑いで対応するしかない状況のまま、馬車はリフェイン家へとむかった。
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