2. 子爵令嬢としての日常

 養子となってからは、炊事洗濯を中心に家事を叩き込んだ。


 虚無感を拭うために自身の役割を見つけたかったのだ。


 魔法を一切使わずに、自分で何かをすることは未知の世界で慣れるのに時間がかかった上に、初めは失敗ばかりだった。火事になりかけたり、服や食べ物を駄目にしてしまう日々。迷惑しかかけてない私を、ライナックは一度も怒ることなく見守ってくれた。さすがにこれは怒られるだろうという失敗はむしろ笑い飛ばされた。何度も挑戦させ続けてくれたおかげで、今では人並みに家事をこなせるようになった。


 商会で働き出したのは3年前、19歳になってからの出来事。同年代のご令嬢方が結婚適齢期になり恋愛事に奔走する中、私は仕事を始めた。養子とはいえ、本家の人間ではない為に結婚に関しては急ぐ必要が全くなかった。家同士の繋がり等に使われることもないため、ライナックは自由に恋愛して構わないと告げた。


 そうは言われたものの、新しい生活に慣れることを優先していた為に未だに恋愛事は何もない。

 








 仕事を終えて家へ帰り、夕飯の支度を済ませたところでライナックも帰ってきた。


「お、今日はハンバーグか」


「うん。仕事お疲れ様」


「シュイナもな」


 今年で35歳となるが、そうとは思えない若々しい外見だ。男らしくもはっきりとした顔立ちは周囲の女性から好かれる見た目だが、浮いた話は一つも聞かない。本人は仕事が恋人なんて言い続けてるが、気を遣われているのか心配になって結婚について聞いたことがある。興味ないの一言で終わったが。


「そういや明日、本家から呼び出しくらってんだった」


「子爵から?」


「あぁ。時期が時期だから、商会に関する話じゃねぇと思うんだがな。ま、事前情報は何もないからとにかく行くだけだな」


「気をつけてね。遠くはないけど近くもない距離だし」


「おう」


 ライナックと弟であるアルバートの仲は良好と言える。ライナックに比べてかなりまともな人であることは確かだ。養子になってからは年に数回会うが、会う度に迷惑をかけてすまないと謝られる。責任感の強い常識人という印象。


「そういやシュイナ。この前珍しく来た茶会の誘いはどうしたんだよ」


「断った。と言うか、あれはただの自慢の手紙だし招待はされてないから」


「何だそれ」


「周囲の令嬢で働いてるのは私だけでしょ。変わり者が目障りなだけよ」


「まぁ、22歳頃は結婚適齢期真っ只中だからな。婚約者がいない令嬢は焦る時期か」


「そう、普通はね。結婚相手探しが上手くいかない令嬢の遠回しな八つ当たりよ、あれは」


 自分が開催する見合いパーティーや参加するパーティーに関しての手紙が何度か来るが、そのほとんどが上から目線の小馬鹿にしたものだった。


 ライナックが貴族と滅多に関わらないことから、私も周囲の子爵令嬢達とはあまり関わらない。


 だが、存在は認知している。養子であることを目につけて攻撃してくるが、私が社交界や小規模でもパーティーに一切出ないため、手紙でしか文句を言えないのである。何も言わないのをいいことに、いつしか一部の令嬢達から謎の捌け口にされている。読んでも何とも思わないから無視しているのだが、それに気づく様子はない。


「貴族は相変わらずだな」


「そう言うライナックも立場は貴族でしょ。アトリスタ家から籍を抜けてないのだから」


「そうだが、俺は商人だ。一緒にはしてくれるなよ」


 ライナックは家督を譲り商会を立ち上げる際、籍を抜けようとしたがアルバートに止められた。アトリスタ家の商会としてやっていくのだから、わざわざ抜ける必要はないと説得されたらしい。


「ところでシュイナ。茶会はともかく、見合いパーティーみたいなのには行かないのか」


「前にも行った通り、興味がまるでない。結婚するとしても私は急いでないからまだいい。アトリスタ家や商会の為になる結婚なら話は別だけど」


「それは無いな。低位貴族とはいえ、貴族同士の繋がりは長年変わらねぇものがあるし、アルバートが上手くやってる。家絡みの結婚はあいつの子供に任せるし、商会はアトリスタ家の影響を受けるからシュイナが気にすることじゃねぇよ」


 という理由で恋愛事は自由にしていいと幾度となく聞かされた。


「だからと言って何もしないっていうのもな。今が結婚適齢期真っ只中なのはシュイナも変わらねぇんだから、相手を見つける場所には足を運ぶくらいした方がいいだろ。大勢の場が苦手なら商会の人間に見合い相手を取り付けてもらうのも手だぞ」


「そうね。私からお願いしておくわ。そろそろライナックも身を固めたいそうって」


「おい、止めろ止めろ!言ってんだろ、結婚する気はないって」


「自分だけそれが適用されるのもおかしな話でしょ」


「いや、まぁ」


 罰が悪そうに頭をかく。


 心配してくれるのはありがたいが、結婚するのはまだまだ先でいいと自然と感じるのだから仕方ない。


「わかったよ。今日の所はここまでにしよう」


「当分話題に出さなくていいよ」


 笑顔で伝えると、気まずそうに苦笑いを浮かべた。食後のお茶を飲みながら別の話題に移る。仕事に関する他愛のない話をしながら夜の時間を過ごした。

 

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