第11話:ヒロインパーティからの追放

 迷いの森によるサキュバス事件を終えて、エスクードの街に戻った。

 クエストギルドで再び受付のお姉さんに会い、事件の顛末を話す。


「なるほど、サキュバスがいたと…よく無事に帰れましたね」

「そこら辺は、まぁ……一緒に居た人のおかげだったというか…」


 ちなみに男性陣が幼児退行してた事は彼らの名誉の為に伏せておいてある。

 というかサキュバスママに甘えてお世話されてたとか聞かされた方も複雑な気持ちになる事だろう、ならば沈黙は金という事で黙っておいた方がいい。

 エイブラハムさんにも正直に話す事が良い事とは限らないって言われたからね…。


「ところで、あのお連れの方はどこに…?」

「疲れたので休むと言ってどこかに行っちゃいました」


 正確にはサキュバスさんに相手されなかったせいで不貞寝しに宿に戻っただけである。

 磔にされてたのにタフだなぁ…。


「それでは、こちらが報酬となります」


 そう言って差し出された麻袋の中身を見ると、色とりどりの石英が詰まっていた。

 この世界の貨幣は富と秩序の神である【マアト・クベーラ】によって生み出されたものである。

 さらにこの神様は"貨幣の真贋を理解できる"という法則を世界に布いている為、偽造は意味をなさない。

 ちなみに貨幣の破壊行為には原罰という恐ろしいナニカが下るとされている為、そこには注意しなければならない。


「フィル様、他のお仕事はお受けになられますか?」


 受付のお姉さんが期待するかのような顔でこちらを見てくる。

 マジックユーザーが来ることが少ないのか、今の内に処理できる仕事を処理したいのだろう。


「すいません、先ず下宿先と装備の更新をしておきたいので…」


 あと手伝ってくれたゴブリンさんに約束した、僕の取り分から一割を渡さなければならない。

 僕がその場から離れようとすると、半泣きになりながらすがりつくように後ろから服の裾を掴まれた。


「げ…下宿先なら凄くいい場所知ってますから! だから、どうかあとひとつだけでも!」


 ここまで必死になられると流石に断りにくい。

 それに下宿先を紹介してもらえるのであれば、それはそれでありがたいという打算もある。


「分かりました。あとひとつだけなら…」

「ありがとうございます! それでですね、早速オススメしたいお仕事がありまして―――」


 僕が仕事を引き受けると答えると、先程とはうってかわって満面の笑みで紙の束を取り出してきた。

 そして観念して椅子に座ると、一枚の紙が差し出される。


「こちらのパーティなのですが、マジックユーザーの方が体調を崩しているので、臨時の方を募集されているようです」


 仕事の内容はモンスターの討伐と書いてあるのだが、僕みたいな未熟なマジックユーザーでもいいのだろうか。


「あの…僕はそんなに強くないんですけど、それでもいいんでしょうか?」

「またまた~! ヴィスカスの街で巨大スライムを倒したって聞いてますよ!」


 あぁ、噂が一人歩きしているのか王道的な勘違いがまかり通ってしまっている!


「いえ、あれは僕だけの手柄というわけじゃあないんです。一緒にいたエイブラハムさんの力もあったからなんとかなったわけですし…」

「つまり、ハンデがあった状態で勝ったと…?」


 違う、そうじゃない!

 確かにエイブラハムさんの普段を考えるとそう思われても仕方ないのかもしれないけど、とにかく違うんです!

 受付のお姉さんはそんな僕の葛藤を楽しんでいたかのようで、説明を続けてくれる。


「安心してください、山を消し飛ばすくらいの強さを求められているわけではありません。むしろ実力が不足していると感じているなら、ここでパーティとしての動きと役割を勉強させてもらえればいいと思えばいいんです」


 そうか、ゲームの時みたいに仲間を集めて冒険するという手もあるのか。

 そう考えればここで戦いと連携について知る事は大きなプラスになると思う。


「あっ、でも待ってください。ひとつだけ条件がありますね」


 そう言われて文末の最後をよーく見てみると、変わった条件が書かれていた。


「不必要な接触や会話を禁ずる…ですか」


 そして数日後、僕は合流地点であるエスクードを出てすぐの所で停まっている馬車に向かった。

 そこには剣と盾を背負った鎧を身に付けた大柄な男の人、弓と太い矢を背負った狩人のような大柄な男の人、そして……原作に出てきたヒロインの一人、メレトがいた。



 僕は馬車の御者をしながら、言われた通りの道に走らせていた。

 さっきからずーっと移動しているのだが、馬車と荷物が揺れる音しかしない、超気まずい。

 実は最初の時にも自己紹介しようとしたのだが…。


「初めまして、クエストギルドの紹介で来ました―――」

「いい。出発するぞ、馬車は動かせるんだったな?」


 会話はこれだけである、おかげで名前すら分からない。

 ちらりと後ろを見てみると、鎧をつけた男の人は目を閉じて休んでおり、狩人のような人は道具の手入れを行っている。

 ヒロインのメレトはずっと俯いている…何かあったのだろうか。

 メレトはゲームのヒロインの一人なのだが、多くのプレイヤーに愛されている。

 何故かといえば主人公の事を献身的な愛を注ぎ続け、どんな状況であろうとも恨み言ひとつこぼす事もなく、絶対に離れないという強い決意があるからであろう。

 もちろんエッチなシーンも豊富で、色々なとことでアハーンな事をやってたりする。

 そんな彼女がどうしてこんなにも落ち込んでいるのかが分からない。

 声をかけたい気持ちがあるものの、余計な私語は禁止されているので何も喋ることができない。


「あの、どこまで馬車を走らせれば…」

「止まれというまでだ」


 なんとか会話できないかと喋ってみるのだが、狩人さんがすぐに打ち切ってくるのでまったく機会がやってこない。

 ただ…話してどうなるのだろうという気持ちもなくはない。

 なにせ彼女が添い遂げようとするレックスは、もうこの世界のいないのだ。

 主人公のいない世界でヒロインはどうなるのだろうか……僕には何も分からなかった。


「止まれ」


 狩人さんの合図を聞いて小高い丘に馬車を止める。

 風になびく平原があるだけで、周囲にモンスターの影も形もなかった。


「運べ」


 鎧を身に付けた大柄の男の人に言われるがままに、馬車にあった樽を転がして運ぶ。

 運ばれた樽をメレトが開けてその中身を…血や臓物をぶちまけていった。

 腐臭が少ないのは新鮮だからなのだろうが、それでも少しばかりキツイ匂いが周囲に漂う。


「あの、これから何を―――」

「馬を守ってろ」


 これである。

 コミュニケーション不足どころか概念が失われている法則が適用されてるんじゃないかと思うくらいだ。

 結局ずっと無言のまま待つことになり、異臭にも慣れてきた頃に遠くから何かがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 二足走行で獲物を狩ると言われている毛皮トカゲ…ブリガンテの群れである


「二十か…三十ってところだな」


 そう言いながら鎧を着た大柄な男の人は迎え撃つように突っ込んでいった。

 確かにゲームなら素早さが高い分、先制を取られる相手なのだが、防御さえあればまったく怖くない相手なので理には叶っている。

 だがこれは現実だ、鎧があるといっても全身が守られているわけではない。


 そんな心配を払拭するかのように、接敵したその人は襲いかかるブリガンテをその右腕の剣で叩き伏せる。

 何十匹ものモンスターに取り囲まれても動じることはなく、四方八方から飛び掛ってくるブリガンテを盾で弾き、身体で吹き飛ばし、そしてムチのようにしならせた腕による剣撃で一匹ずつ処理していく。


 全てのブリガンテが鎧の人を囲むわけではなく、数匹はこちら目掛けて向かってくる。

 バシン!という音がしたかと思うと、鈍い音と共にブリガンテの一匹が地面を勢いよく転がっていった。

 狩人の男の人による大きな矢が命中したようだ。

 弓矢による攻撃といえば、曲射のようなものを想像していたのだが、まさかの威力に特化したストロングスタイルに唖然とする。


 それでもすべてを捌くのは間に合わず、数匹がこちらに近寄ってくる。

 メレトは腰につけた二本の短剣を抜き放ち、ブリガンテへと斬り込んで行く。

 ブリガンテも俊敏性は高いのだが、メレトは相手の攻撃動作に短剣を刺し込む速さには対応できなかったようだ。

 ただ、相手も狩られるだけではない、一匹がメレトに背中を向けて体当たりをする。

 背中を向けられていては急所を狙えない…メレトが回避するその隙を見計らって二匹がこちらにやってきた。


「あぶない!」


 彼女の叫び声を聞きながら、僕は冷静に魔法を行使する。

 先ずは右手の中指と親指を使って指を鳴らすと、仕込まれた金属板との摩擦によって火花が生まれ、それを火種として≪生成≫によって炎を大きくしていく。

 次に左手を地面に当てて≪生成≫と≪放出≫によって急造の土壁を生み出す。

 突如現れた壁に驚いたブリガンテは跳躍する…そう、走る速度は速いのだが旋回速度が遅いせいでこういった状況だと避けるよりも飛ぶ方を選ぶのだ。

 僕は一匹の着地点に≪生成≫と≪変質≫によって生み出した固い石土のトゲを置き、もう一匹には右手で温め続けた火炎を≪放出≫を喰らわせる。

 咄嗟の判断ではあったが、なんとか二匹とも駆除する事に成功したのであった。


 そうしてブリガンテの群れを討伐し終えて安堵していると、パシンという何かを叩く音が聞こえた。


「後ろに通したお前のミスだ」

「……ごめん」


 音のした方向を見ると、メレトが鎧を着た男の人に頬を叩かれていたように見えた。

 そして罪悪感を感じた僕は咄嗟に口を出す。


「あの! 僕は大丈夫だったんで!!」

「部外者は黙ってろ!」


 あ、はい…。

 あまりの迫力に負けてしまった。

 結局、そのあとは何も喋ることもなく、ばら撒いた臓物を僕が魔法で埋めて、他の人達はブリガンテを解体して馬車に積み込み、次の目的地に向かうことになった。



「……ここだな、埋められるか?」


 その目的地はブリガンテの巣穴であった。

 どうやら森に生息しているブリガンテを誘き出す事で巣穴の位置を特定し、さらに守りを失くすというものだったようだ。


「ちょっと難しそうですね。石を詰めて≪変質≫で入り口を塞げば大丈夫だと思います」


 僕は周囲の土を≪変質≫で固めて調べてみたのだが、硬度に少々不安があったので石を利用する事を提案した。

 僕の考えに賛同してくれたのか、三人は周囲の石を集めに行ってくれた。

 しばらくすると、鎧を着た男と狩人らしき男の人は大きな岩を持って来てくれた。

 メレトはどうしたのかと探してみると、森の奥から沢山の石を持って歩いていた。

 ただ、足元にまで注意がいってなかったようで、小枝に躓いて転んでしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄って手を差し伸べて助け起こす。

 石は散らばってしまったが、怪我らしい怪我がなかった。


「よかった、メレトに怪我なくて安心しました」

「ッ!? えへへ…ありがとう」


 そこでようやくメレトは笑顔になってくれた。

 ゲームで何度でも見た、花のように綺麗な満面の笑みである。


「おい! 誰が喋っていいと言った!!」


 鎧の人に怒鳴られて身がすくんでしまい、メレトの手を離してしまう。

 名残惜しかったけど、僕はこの子の結ばれるべき相手を……いや、アレがそうであるかは分からないけど、未来のひとつと潰してしまったのだ、あの手を引くべきではない。

 気を取り直して僕らは石を集めなおして巣穴に詰め、そして≪変質≫でしっかりと固めて街に戻った。

 帰りの馬車は最初と同じく馬車の揺られる音しかしなかったが、行きと違ってメレトに目を向けるとこちらに笑顔を返してくれた事だ。

 彼女につられて嬉しい気持ちになりながら、街の外にある厩に馬車を預けると、鎧を着た大柄の人がやってきた。

 何事なのかと身構えていると、報酬の入った麻袋を投げつけられた。


「お前はクビだ。二度と俺達の前に現れるなよ」


 そう言って、その人は早足に去ってしまった。

 まさか実家だけではなく、パーティからも追放されてしまうとは…このまま追放実績のコンプリートでも目指すべきであろうか。

 残念ではあるが、僕はレックスのような主人公ではない…

 願わくば彼女が再び運命と出会えますようにと、僕は彼女の輝ける旅路を願った。




「あなた、あたしに黙ってどこに言ってたのさ!」


 宿に戻ると、隣の部屋に住んでいるエイブラハムさんと鉢合わせてしまった。

 受付のお姉さんに言われたとおり、自分の部屋は物凄く安かった理由がこれである。

 ちなみにこれを話したら、受付のお姉さんが本当に申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。

 なんならお詫びとして自分の家を使って構わないと言われたが、そこは丁重に断っておいた。


「普通に仕事ですよ…実はメレトのパーティと一緒に仕事をしてたんです」


 しまった、ついうっかり本当の事を喋ってしまった!

 この人に嗅ぎつけられたが最後、きっとイベントが起きるまで付きまとうとかやりそうだ!


「ふ~ん、そうか」


 だが僕の予想とは裏腹に、落ち着いた雰囲気に戻ってしまった。

 いつもなら女性と僅かでも関わりがある事なら全力全壊の意気込みで突っ込むのだが、ここまで静かだと逆に不気味に感じてしまう。


「なんかおかしな事とかなかったか?」

「いえ…全然喋れなくて、普通に仕事だけして終わりましたけど」

「そうか…ならいい。一応、戸締まりはしっかりしとけよ」


 そしてエイブラハムさんは自分の部屋に戻ってしまう。

 いつもの調子と違うせいか、こっちもなにがなんだかという気分になってしまった。

 僕は適当に夕食を済ませて早めに寝ようとベッドに寝転がると、窓が叩かれる音がした。

 何だろうかと思って窓を開けようとして、動きを止める…。

 ここは二階だ、誰がこんな場所の窓を叩くというのだ?

 怖くなって窓から離れようとすると、いきなり人の顔が出てきた。


「うわあっ!」

「落ち着け、俺だ。今すぐ逃げるぞ」


 そこには今日一緒に仕事をした狩人さんがいた。

 流石に窓の外に放置するのは気まずかったので、窓を開けて尋ねる。


「あの…逃げるって、何からですか?」


 戸惑う僕よりも悪い顔色で、狩人さんが答える。


「追っ手だ…」


 こうして、僕の長い逃亡劇が始まろうとしていた。

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