第22話 認めたくない事実

 今日、あった事を思い出す。

 竜胆愛奈との事。

 彼女にチョメチョメを触られた時の事。

 ……彼女の様子。

 劇的な変化。

 まるで催眠。

 むしろ催淫。

 強制されているようでもあり、自由意思のようでもあった。

 

 シャーッ。

 シャワーから流れる水音を聞きながら、一人物思いに耽る。

 シャンプーで頭を洗った後だ。

 それで一通り泡を流した後、身体をごしごし泡立てたボディソープの泡で洗う。

 それもまたシャワーで流す。

 一通り身体を清めた後、湯船に身体を沈める。

 温いお湯。

 身体の疲れが抜けていくのを感じる。

 

 しかし、今日起きた事への疑問は抜け切らない。

 むしろ増すばかり。

 何故あんな事が起きてしまったのか。

 普通ではない。

 いや、今までそう言う機会は何度もあった。

 ただ、それらの事をずっとただの偶然だと思っていた。

 原作の修正力。

 強制力とも言うべきか。

 そんなもの存在しないと思っていた。

 もしくはその存在について懐疑的であった。

 だから、今日起きた事は俺にとってとても信じがたい事だった。

 幽霊の正体見たりだが、実際見たのは枯れ尾花じゃなくてガチの幽霊だった、みたいな。

 マジで笑えない。


 だって、そうじゃないと考えられない。

 彼女、竜胆愛奈が、言い方は悪いがビッチだったとしても、急にあんな風な態度を取ったりはしないだろう。

 だってあの時、彼女はとても動転していた。

 いきなりあんな風に俺の事を誘うような表情で身体を近づけ、まるでキスしようとしたかのように顔を寄せてくるような事はしないだろう。

 

 恐ろしい話だ。

 俺の推測が正しければ。

 俺の持つ股間。


 それは人の思考を捻じ曲げ、強制的に行為へと至らせようとする力が宿っている可能性がある。


 なんじゃそりゃ、馬鹿じゃねーのと思うかもしれないけれど。

 しかし、そうとしか思えないから凄く困る。


 竿役おじさんとしてはラッキー?

 いや、絶対違う。

 だってこれ、催眠術とまるで同じじゃないか。

 意思を捻じ曲げ、自分の都合の良いようにする。

 それってつまりはただの自慰行為となんら変わらない。

 独りよがり。

 自分勝手。

 そんなの一時的な快楽は得られるだろうけど、後で空しさがやって来るだけだ。

 

 だから、俺は今、決めた。

 最終的に行為へと至るまで、自身の股間は封印すると。

 まあ、やる事は今までと同じだ。

 強引に行為を迫るのはしないって事を誓っただけ。

 それをしたら結構な成功率があるという事が分かった今でも、改めてそう思う。

 

「ふう」


 俺は浴槽から立ち上がり、あらかじめ持ってきていたタオルで身体を拭う。

 湯冷めして風邪を引く訳にはいかないのでさっさと風呂場から出て身体を乾かすためにがららと洗面所と風呂場を繋ぐ扉を開け――


「あ」

「え」


 そこには、桜子ちゃんがいた。

 え、何故に?

 歯を磨きにでも来ていたのか?


 いや、理由はどうでも良い。

 問題は、状況が想定外だったので前を全然隠す余裕がなかったという事。

 

「あ、ぁ。あ……」


 桜子ちゃんの視線が下にズレる。

 どこを見ているのかは明白だった。

 俺は慌ててタオルで前を隠すが、しかしどうやら遅かったようだ。


 桜子ちゃんの目が、とろんとする。

 頬が上気しているのはきっと羞恥だけではないだろう。

 だらりと身体の力が抜け、熱い吐息を漏らす。

 そして彼女は一歩、倒れるようにこちらへと踏み出してきて。


「……ッ!」


 俺は彼女が何かをするよりも早く、風呂場へと逃げこんだ。


「ご、ごめん桜子ちゃん!」


 そう扉越しに叫ぶと、彼女がはっと我に返るのが分かった。


「え、あ……ぇ」


 扉越しに見える影が揺れる。

 

「た、武、さん……」


 そして、俺が二の句を告げるよりも早く影は揺れながら洗面台の出口へと向かっていった。

 どうやら、立ち去ったらしい。

 やばいな、どうしよう。

 きっと桜子ちゃん、ショックを受けてる。

 だけど、俺から何を言うべきか。

 とりあえず、落ち着いたタイミングを見計らって謝りに行くか。


 そう思い、俺は風呂から出て身体と髪を乾かし、それから数分後。

 

 足音を忍ばせ、桜子ちゃんの部屋へと近づく。

 起きているだろうか。

 扉越しに耳をすませてみる。

 すると。


「……あ、ゃっ……」


 ん。

 んん????


「……や、ぁん……♡」

「……」


 離脱する事にした。

 聞かなかった事にしよう。

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