第4話 夢の罠

 私には夢がある。

 

 だけどこのご時世、夢を叶える為にはそれ相応のお金が必要で。


 馬鹿な私は、だからそんな風にお金を稼ごうと思ったんだけど。


 だけどなんだか、変な事になってしまったぞ?



  ◆



「ここの喫茶のコーヒーは豆から挽いていてね、それに結構良い奴を使っているからとても美味しいんだ」

「へ、へえ?」


 彼女は明らかに愛想笑いと分かる表情をしている。

 うん、まあ。

 どうせ「おっさんのコーヒー語りなんて聞きたかねーよ」とか思っているのだろう。

 気持ちは分かる、俺も同じ立場ならそう思うだろうし。

 彼女はあくまで、お金が欲しいだけなのだから。


 彼女――日乃本朋絵。

 ゲームでは一番最初にプレイヤーが見る事となるエロシーンのキャラクター。

 その時点ではただの『少女A』としか出てこないが、後々彼女がそのような名前だという事が判明する。

 

 彼女はまあ、手っ取り早くお金を稼ぎたくて俺と接触し、その結果天道武の都合の良いオンナとなり、桜子ちゃんを中心とするヒロイン達の情報を収集してくる便利キャラとなる。

 無論、俺もそうするつもりだ。

 だってそうしないとヒロインをコンプリート出来ないからね。


「それで、お小遣いの事だけど」


 ここは喫茶店なので、あえてそのように言う事にする。

 そして朋絵ちゃんは俺のその言葉を聞くなりぱっと表情を明るくする。

 どうやら彼女は相当面倒事が嫌いなようだった。

 そういう欲に忠実なの、嫌いじゃない。

 ただ、今回はそうはいかない。

 これから始まるのは、ちょっとした尋問タイムだ。


「それで君は、何をするつもりなんだい?」

「……私の話、聞いてなかった? 財布忘れちゃったから、その分をちょっと貰いたいなーって」

「それでそんなには必要ないだろ。君のような年頃の子が、そんなに持ち歩いている筈がない」

「……なに、説教?」


 朋絵ちゃんはあからさまに不機嫌そうな表情をする。

 まあ、お金を貰えると思って付いてきたのに、説教を始められたとなっちゃあそんな反応になるのも分かる。

 そもそも大人からの小言ほど嫌なモノはない。


 だけど、今はこちらから大きく踏み込ませて貰う。


「絵描きになる夢を叶えるため、だろ?」

「……!?」


 ガタッ、と彼女は椅子事距離を取り、驚き警戒を露にする。


「……どうして」

「実に簡単な事だよ――君の左手、利き手だろうね。その中指にペンだこが出来ている。更には右手の脇が若干黒色に染まっていた。それらは絵を描いている人間の特徴だ」


 なんか探偵みたいな事を言っているが、実際は原作知識である。

 

「それで、私がイラストレーターになりたいって思ったの?」

「まあ、漫画家とかそういう線もあったけど、流石にそこまでは分からないから、ここは多少ぼかして絵描きって言い方をさせて貰った」

「あー……」

「それから、お金が必要な理由も言って上げようか? 恐らくは、デジタル作画をしたいんだろ?」

「……正解」


 お手上げと言わんばかりに肩を竦めて見せる朋絵ちゃん。


「私、将来はイラストレーターになりたいって思ってるの。それで、機材を買いたいんだけどどれもすっごく高くて」

「分かるよ。専門機器は基本的にどれも高い」

「……笑わないの?」

「何故?」

「イラストレーターなんて、食っていけるかも分からない、才能も必要でなれるのは一握りの人間だけって、そんな風に思わない?」

「思わないさ」


 俺は大まじめに言う。


『馬鹿だな』

『兄はあんなにも優秀なのに』

『そんなのなれる筈もないだろ』

『現実を見ろ』


 ああ、そうだ。

 きっと『天童武』も不承不承そう言うだろう。


「人の夢を、笑ったりはしない」

「……おじさん、良い人だね」

「良い人ではないさ。良い人ならばこんなところにわざわざ連れてこないでその場で説教をしている」

「はは、それもそうだ」


 はー、と大きく息を吐く朋絵ちゃん。

 彼女は疲れたように言う。


「お父さんもお母さんも、おじさんみたいに物分かりが良い人だったら良いのに」

「上手くいっていないのかい? もしくは、夢を諦めろとか言われたのか?」

「それが普通だよ。心配されているのは分かっている。だけど、私としては夢を応援して欲しいとも思っちゃうの」

「まあ、それもそうだな」

「だから、お願いしても機材のお金は出してくれなくて、だから自分で何とかしようと思って。だけどアルバイトはしちゃいけないって。そうこうしている内にネットを見れば同年代の子はどんどん上達しているってのが分かって」

「だから、なんだな」


 何を、とは言わない。

 きっと彼女にとっても苦渋の選択だったのは確かだ。

 それであの慣れたような感じを出していたのは凄いとしか言いようがない。

 とはいえ、詰めが甘くもある。


「だけど、例え俺が素直にお金を渡していたところで、多分機材は買えなかったと思うぞ?」

「え?」

「だってお金の出所は絶対聞かれるだろ」

「あ」

「考えなかったのか、そう言う事は?」

「……全然」

「後はまあ、間違ってもこういう事はしないように」


 まるで立派な正しい大人みたいな事を口にする。


「俺もそこまで良い人間とは思わないけれど。こうして未成年の君を喫茶まで連れてきているからな。だけど、俺以上に悪い奴は山ほどいる」

「……説教?」

「夢を叶えたいってのは分かる。だけど、行動の言い訳に夢を使うのは、良くないって事を言いたいな」

「それは、うん。そうだね」


 そう言う彼女はどこか諦めたような表情をしていた。

 

「うん、分かったよ。私も薄々分かってた。自棄になってこんな事に手を出したけど、こういうのはホントは悪い事だ」

「自覚は、あったんだな」

「夢を現実への逃避の理由にしてた。それは多分、一番の夢への裏切りだった」

「それじゃあ」

「うん。私、夢は夢のままにしておく事にするよ。そうすれば――」

「まだ、そんな風に思う段階ではないと思うな」


 そう言い、俺はカップに入ったコーヒーを一息に飲み干し、にやりと笑う。

 ああ、そうだとも。

 俺は決して良い人間ではない。

 

「なあ、君。時間があるなら、俺の家に来ないか?」


 こうして、彼女を家にまで連れ込もうとしているのだから。

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