第18話 秘匿された新依頼
ナカノのダンジョンモールに行った翌日、いつも通りにみはるを学校へと送り届けダンジョン侵入の列に並ぼうとした時、よく買い取りを担当して貰っている受付嬢の豊島 絵里香さんから声をかけられた。
少しお時間いただけますか、と連れてこられたのは支部の裏にあるスタッフ以外立ち入り禁止の廊下を進んだ先の応接室のような場所だった。
ここは職員が会議を開いたり、探索者が複数のパーティーで依頼をこなす場合に事前の話し合いの場として使われる部屋の一つだと豊島さんから教えてもらった。
「わざわざ時間を取らせてごめんなさいね、今お茶を入れます」
小慣れた動きでお茶の準備を始めようとする豊島さんを引き留めて本題に入るように促す。
「声を掛けたのはある依頼を勧める為なんです」
「依頼、ですか...?」
「はい。一部の探索者さんに密かにお願いしているものです。それは...」
「ちょっと待ってください」
「モンスターの――はい?どうかされましたか?」
「お話をお聞きした後でも断ることは可能ですか?」
話を途中で遮られて不服そうな顔をされたが、大事なことなのでしっかりと聞いておく。
「あぁ、勿論です。ですが、かなり好条件の依頼ですのでまずはしっかり聞いていただけますか?」
「分かりました」
「コホン、では改めて依頼内容はモンスターの生態調査への協力、ですね。依頼主から支給された道具を用いて生態を調査してください。
機器の扱いについては依頼を受諾していただけた際にのみ説明します。主な調査モンスターについてですが、これは探索者さん各自のランクによって変わってきます。
大神君はランク査定をまだ一度も行ってないので対象モンスターは1~3層までです。何か質問はありますか?」
「では、依頼主については?」
「黙秘させていただきます。ただ、私共の方では把握しておりますし、決して悪いお方ではないとだけ言っておきます」
「依頼主が分からないって...かなり珍しい、というか怪しいですね」
「そうですね、こういった依頼はほとんどありません。今回は特殊な例だと思っていただけると助かります」
「他にはどれぐらいの探索者がこの依頼を受けてますか?」
「えっと、確か...」
豊島さんは手元のタブレットを操作して確認してから答えた。
「パーティー単位でお話しますと、大神君で5組目ですね」
「かなり少ないんですね。生態調査ってもっと大々的にやるものだと思ったんですけど」
「あはは、こちらにも少し事情がありまして...かなり慎重に探索者さんは選ばせてもらっています」
豊島さんは少し困ったように笑ってそう答えた。
「選定理由は何ですか?」
「やっぱり気になります?」
「まぁ、怪しい依頼ですから」
「ですよねぇ...今回大神君が選ばれた理由は将来性があるからです」
「将来性...?」
「その依頼を提示した他の探索者の方を例に挙げると、スミダの民間探索者でトップを走っている方たちや破竹の勢いで探索を進める新進気鋭のパーティーなど、これからのダンジョン攻略において大きな影響力を持つかもしれない。
スミダダンジョンを中心に活躍している方たちの中からそんな方たちをスミダ支部の職員で選ばせていただきました」
「自分が?」
「大神君、以前
その前には後輩の心美ちゃんから
探索証を確認いたしましたところ他の探索者さんとの共闘などの記録もありませんし、正直なところ前代未聞なんですよ?」
「そう言われましても...というか探索証にそんな機能あったんですね」
「えぇまぁ、無いよりマシ程度の情報把握の手段なんですけどね。
そんなことより!大神君がやったことはまだランク未査定の、言ってしまえばド新人が上げていい成果じゃありません!ホントに無茶はしてないんですか?
いや、あの成果で無茶をしてない訳が無いんですけど...」
なんだかんだ言っても心配してくれているのだろうことはなんとなく分かった。とりあえず、このままでは話が終わりそうになかったので強引に話を進める。
「じゃあ...報酬はどうなんですか?」
報酬に関して尋ねると、よくぞ聞いてくれました!といわんばかりの表情で胸を張って教えてくれた。
「報酬はですね、なんと前金で10万!後は依頼の遂行度合いによっての出来高制です」
「前金...珍しいですね」
「珍しいなんてもんじゃないですよ!探索業は言ってしまえば運絡みな部分が多く存在するギャンブルみたいなものですから。必ずしも十分な成果を出せるわけではないですし、前金がある依頼なんてほとんどありません」
最早、絶滅危惧種といってもいいですね、と豊島さんは続けた。
「かなり怪しいですけど、協会が関与してるなら大事にはならないでしょう。ひとまず、受けてみようと思います」
「! ありがとうございます!それでは依頼主から貸し出された機材について説明しますので、少々お待ちください」
そう言うと、豊島さんは急いで部屋を出ていった。戻ってきた豊島さんが持ってきたのは大きめのリュックサックと幾つかの小ケース、あとは一つのスーツケースのようなものを持ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ご心配なく、見た目よりもかなり軽いので大丈夫ですよ」
よいしょ、と言いながら机に降ろした物について一つ一つ丁寧に説明してくれる。
「えーまずは、こちらの大きなリュックサックから説明しますね。こちらは正式名称を背面携帯式格納空間拡大収納といいます。えっとアイテムボックスって言って通じますか?」
「アイテムボックス...?」
「あっ、分からないなら大丈夫ですよ。こちらはですね、見た目の数倍~数十倍の物を中に収納することが出来るんです。なんとこれ...遺物なんです!」
説明された内容に驚きが隠せないが最後の一言でさらに驚かされた。
「正確には遺物を真似て作られた模造品なんですけど、それでも十分実用性があります」
「遺物の模造って、そんな事可能なんですか?というか、こんな凄い物を貸し出せる依頼主って...」
「企業秘密らしいですけどね。あと、言い忘れてましたが依頼主について詮索するのは禁止事項ですから注意してくださいね」
「流石に藪をつついて蛇を出すつもりは無いです」
「あはは...それじゃあ次の説明に移ります」
そう言って次に豊島さんが机に置いたのは数個の小ケースだった。大体成人男性の中指の先から手首くらいの大きさの小ケースだ。
ケースを開けると、中には針部分に蓋が付いた注射器から取っ手部分を取り除いたような形の容器が1箱に1つ収まっていた。
「これは?」
「こちらはモンスターの血液を採取するためのものです。出来る限り心臓か首筋に近い場所に刺すようにとの指示が出ています。えーと、マニュアルには生存時に使用するのが最良と書かれていますが、討伐直後でも許容範囲内、と書かれていますね」
「分かりました」
「実はこの血液採取が意外と難しいと他に依頼を斡旋した探索者の方から聞いています。出来高制なので注意した方がいいかもしれないですね」
「なるほど。ありがとうございます」
「いえいえ...それで次が最後なんですけど、このスーツケースは正式名称を大容量携帯式冷却装置といいます。長いので皆さんスーツケースと読んでいます。ちょっと開けてみますね。」
開けた瞬間にひんやりとした冷気が顔に当たり名前の通りに冷却装置であることを示している。
スーツケースの中身は仕切りで幾つかの四角形に区切られただけの簡素なもので、それぞれの区切られたスペースの中央にはプレートが一つ取り付けられている。
プレートに書いてある文字を読んでみると、「眼球」、「脳」、「腸」、「生殖器官」等々。随分と物騒な文字が刻まれている。
「えーと、言いにくいんですけど...見てもらっている通り解体後の臓器類を入れて保管するためのケースですね」
「結構細かいんですね。間違えそうです」
区切られたスペースは全部で20個近くあり、プレートに記載されている名前の中には聞いたことのない名前のものも幾つかあった。
「うーん、やっぱりそうですよね?他の探索者の方々もよくお間違えになられるんです。その度に依頼人からちょっとした小言を言われるんですが...まぁ、依頼人側もよくあることということで大目には見てくれているので大丈夫だと思います。
あっ、余りにも整理の仕方が酷い場合は報酬が減っちゃうこともあるらしいです」
「気を付けます」
「いっその事、モンスターの死骸をそのままダンジョンから持ってこれればいいんですけどね」
苦笑いを浮かべながら豊島さんはそう言った。
「死骸をそのまま...」
「そしたら依頼主の方が直接研究できるんですけどね。まぁ、無いものねだりですから気にしないでください」
「リュックサックには入らないんですか?」
「そういう探索者の方もいらっしゃいましたけど、結果から言うと不可能ですね。リュックサックの内部空間でも外部と同様の時間経過があるため死骸が傷んでしまうんです。
ダンジョンは広いですから移動の最中に傷んでしまい、その日は依頼をこなせなかったという方たちもいらっしゃいました」
「流石にそう都合よくはいきませんか...」
「あはは...まぁそういうことですね」
一通りの研究機材の説明が終わったため、依頼には明日から取り掛かることにして応接室から退室した。
「改めての確認になるんですけど、依頼は受けていただけるということでよろしいんですね?」
「はい、お願いします。期間が特に決まっていないということなので、ゆっくりやろうと思います」
「無理のないペースで頑張ってください。では、依頼対象のモンスターリストを渡しておきますね。前金は探索証に振り込んでおきますので後ほどご確認をお願いします」
「ありがとうございます」
「いえ、ではロビーに戻りましょうか。ここ、結構入り組んでて迷いやすいので案内しますね」
どうやらスミダのスタッフさんは新人の頃に一回は道に迷うのが通過儀礼らしい。
どれだけ入り組んでるんだ...?
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「さて、と...」
ロビーに案内してもらって時間を確認すると、深く潜るには少し心もとない時間だった。
受け取った依頼のリストに目を通してみると、調査対象のモンスターは飛び兎や牙鼠、ゴブリン、森雀など5層までに生息するモンスターがほとんどだった。
先程豊島さんが言っていたことが頭をよぎる。
「死骸をそのまま...」
...そういえば、少し前に凍結魔法の使い勝手を知るためにゴブリンを半分氷漬けにしたことがあった。
あの時は、遭難しそうになった時に偶然魔法を試したゴブリンの残骸があったから結果的に助かったけど...よく考えたらおかしくないか?
普通、モンスターの死骸は魔石を取らなかったら10~15分、魔石を取ったとしても40~60分で完全に分解される...でもあの時は、一時間以上森を彷徨ってたはずだ。
途中で何度か戦闘もあったしそれは間違いない。
「あの個体が特別な個体だった?」
そう口には出してみたけれどあまり納得できる答えではない。
外皮の色は灰色、
「待てよ...」
そういえばあの時残っていた残骸は全て霜に覆われた部分。つまり、凍結魔法が外側まで干渉していた部分だったな。
「凍結魔法で包まれているような状態だったわけだ」
...仮に凍結魔法の方にカラクリがあるんだとしたら他に依頼を受けている探索者たちよりも一歩リードできるかもしれない。
「要検証、か」
そう結論付けて、今回の探索は深く潜ることよりも浅層で改めて凍結魔法の検証をすることにした。
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