天ノ弱

白野 音

居たい

「ねえ、別れよっか。このままズルズルと引きずっていたいけどそれじゃダメだなと思って」


 正直居ても居なくてもどっちでもよかった。だからいいよ。と、言おうとしたが、喉からその言葉は出なかった。


 長い時間をかけてようやくいいよ、の一言を発せた。彼女の顔は見れなかった。それは車内が暗かったからとか、そういうわけじゃない。ただ、見たくなかっただけだ。


「こっち見ないの」


「いや……」


「見て」


 無理やり顔を向けさせられ目と目が合う。目元が月明かりで潤んで見えた。なんで泣くんだよ。別れるってそっちから言ったくせに、なんで泣いてるんだよ。


「あんたそういうとこだよ」


「はいはい、わかってるよ」


 少しの沈黙が流れる。頭の中がいっぱいいっぱいでしかなかった。目と目がふとあうと気まずくて、また、過去を思い出して目頭が熱くなる。


「はあ。なんか今までと違って嫌いになって別れる訳じゃないから変な感じ」


「前の二人は仲悪くなって別れたんだっけ」


「うん。そういえば、今まで色んなことあったね。覚えてる。あんたと朝一緒にコンビニ行ってから学校いったり、東京出掛けたり」


「ああ、覚えてるよ」


「旅行とか元カレがそうだったからしてほしいって言ったことしてくれなかったんね」


「それなんの話」


「調べてほしいとか言ったじゃん」


「そういえば言われたな。最後の方はしてたと思うけど」


「してなかったよ。次の彼女と旅行行くときはちゃんと調べてあげるんだよ」


「はいはい」


「次の彼女はちゃんと一緒に居て、幸せにしてあげるんだよ」


「わかってるよ……」


「あんたなんで泣いてるん」


「なんでってなんだよ、分かってるだろ……」


「あんたのそういうなにも言わないところ嫌い」




 過去のことを無理やり思い浮かべさせられた私は既にキャパオーバーだった。別れたくなかった。彼女が何回も自殺をしようとして何回も止めた。色んな場所に旅行に行ったりした。次はここいこうねって美味しい場所を一緒にネットで探したりした。結婚して一緒に都会に住もうねって話したりもした。その色々を思い出していたかった。



「あー、俺が専門店行くとき送ってってもらうって約束したんだけどな」


「そんなこともあったんね。連れてってって言えば連れてってあげるよ」


「そりゃどうも」


「じゃあ、もういい?」


「ああ、いいよ」



 良くなんてなかった、一切。本当はもっと一緒に居たい気持ちだった。でも良くないことだと分かっていた。それはお互い成長しないから。でも俺はそういって強がっていただけなのかもしれない。本心に嘘をついていたということだけは分かる。そうしないと更に辛いから、そうしないと更に別れたくなくなるから。


 一年付き合って最初の3ヶ月なんかは喧嘩がなく仲良くやっていた。彼女の自殺未遂は何回もあって、その度に泣かされはしたが。その後は多少なりとも喧嘩が多くなり、離れることが多かった。その時は俺が言った。


 「なあ、別れよう」と。


 でも結局別れずお互い微妙な付き合いが続いた。でもそれは遠距離での話。会うとそんなことなくいちゃついていたし、幸せだった。そんな状況下、コロナが流行った。出掛けにはいかず、会うことも少なくなった。でもそれはそれで幸せだった。彼女も前までは一人が嫌だったけど、一人の時間もいいなと思えるようになってきたと言っていた。会うとすれば月1で彼女の家に行き、一緒にいるくらい。


 距離はあったが幸せではあった。ただそれは付き合い当初には考えられないくらいではある。ズルズルとした付き合いだった。




 あると連絡取っちゃうからと、目の前でラインを消される。


「私、幸せになるから」


「そうかい」


「幸せになるんだよ」


「はいはい」



 幸せになれる気なんてしなかった。別れてからは所詮そんなものではあるんだろうが、幸せになれるビジョンが一切見えなかった。割りきれればいいが、そんな簡単ではないのはもう分かっていた。一緒に幸せになりたい人に幸せを願われるのはなんとも言えない、例えるとしたら生き地獄のような感じがして喉が焼ける。頭の中がメリーゴーランドのようにぐるぐると回り、目眩が起こる。



「なにかあったらインスタでDM送って」


「はいよ」


「あれ、そういえばあんた私のインスタ持ってたっけ」


「持ってると思う。じゃあ行くから」


「ねえ」


「なに」


「好きだったよ」


「俺は今もだよ」


「じゃあね」


「ああ」



 車から降りて彼女に手を振る。もう彼女ではないのだけれど。


 そして私は振り返らなかった。辛いからこそ、振り返らなかった。そして夜はひとしきり声を圧し殺して泣いた。この誰にも渡す宛のない愛を、俺は一体どうすればいいんだよ。そう思うと虚無でしかなかった。




 別れたその後、インスタで少し話したりした。付き合ってた当時と同じく、下らないことでなんだけど。


 それから少しして『告白されたんだけど、どうしよう』と、DMが送られてきた。別れてから二週間か三週間か、それは覚えてないけども。


 好きにすればいいが、そう送っておいた。付き合っていいん? そう送られてきたが俺にはもう関係ない。好きなら付き合うべきなんじゃないん、そう返すと数日後、幸せになりますとだけ返ってきた。その言葉にいいねだけしておいた。その後、その子のストーリーには幸せそうな画像が何枚も載っていた。



 そして時間が過ぎていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る