20:龍呼びの子
「……あんた、そいつを連れて少し離れていてくれ」
ふんふんと鼻を鳴らしてボクの髪の毛や首筋に額や鼻先を押しつけてくる
「危なくないか?」
根元近くから鋭利な刃物のようなもので切り倒されている木々や、岩などについた幾筋もの切れ込みを見ていたのだろう。ボクの提案にセレストは眉を顰める。
「
なかなか離れようとしないセレストとエーテルに、左手の甲で「しっし」と払うような仕草をして、ボクは少し離れた場所へ移動する。
「危なそうならすぐ助けるからな!」
「ロ、ロ!」
セレストの声に呼応するように、エーテルは楽器のようなよく響く声で短く鳴く。
そういえば、大体の
元からこういう気質のドラゴンなのか? まあ、それはそれでちゃんと戦えるのか不安なところだが……小型のドラゴン相手なら戦闘経験の少ない若いドラゴンでも危険なことはないだろう。
「ボクが合図するまで、何があってもこっちに来るなよ」
頷いた二人がきちんとじっとしているのを確かめて、ボクは目を閉じる。
マントの留め具を緩めて、息を深く吸った。それから、右手の爪を鋭く伸ばす。紫がかった黒いドラゴンの鱗に覆われた醜いボクの腕。
見た目は醜いがこの腕は便利なもので、力を入れれば爪がナイフみたいに伸びる。
手元がマントで隠れて、あいつらから見えないことをそっと確かめてから、ボクは自分の左手に爪を当てて、軽く引いた。
「――ク……っ」
痛みで声が漏れる。本当は思い切り声を出した方が効果的なのだけれど……お人好しなセレストが駆け寄って来ないとも限らない。
エーテルも……どうやらキチンと自分の主が下した指示には従っているようだ。
邪魔が入らないことを確認して、ゆっくりと息を吐きながら、手巾で傷口を押さえて血を拭う。
しばらく待っていると、ガサゴソと落ち葉や枝を踏むような音が近付いて来た。
今回も上手くいった。悍ましい腕とはまた別のボクの忌むべき体質。
ボクが痛がったり泣いたり、殴られたり刺されたりしたあとは、近くにいるドラゴンが近寄ってくる。
普通に過ごしていてもパランがいなければ、一つの場所に留まりすぎるとどこからかドラゴンが寄ってくるし、主以外には懐かないはずの
確か「龍呼びの子」と……親や、人買いはボクのことを忌々しそうな目で見なが言っていた。
こうして親からも捨てられ、人買いの手に余って殺されそうになったボクを、たまたまそこを通りがかった
まあ、昔のことは今はいい。
考え事をしている間に、
「セレス……」
振り返って名前を呼びきる前に、ボクの横を風が吹き抜ける。
ギ、ギという悲鳴のような
「その音で
「は?」
エーテルから飛び降りてきたセレストの一言目はそれだった。
それから、上等そうな外套の下をごそごそとして、何かを取りだした。
セレストがボクに見せてきたのは、光が当たると虹色に見える透明な材質で出来た笛だ。
「竜笛で自分が乗るドラゴンが呼べるのは知ってるだろ? それと同じで野生のドラゴンも自分たちで呼び合う個別の音があるらしいんだ」
そんなことは知らないし、ボクは正規の
「僕の耳とドラゴンの耳は違うから、真似をしてもうまくいかないことも多いんだけどな」
無邪気に話しながら、セレストは動かなくなった
「ロ、ロ、ロ」
前脚を交互に持ち上げてはしゃぎながら、エーテルは投げられた肉をうまく口でキャッチして丸呑みにした。
「エーテルが君に懐くのも、ドラゴンが好む声質をしてるからかな? なー、エーテル」
「……」
てっきり、幻滅されるか、気持ち悪がられると思っていた。
だから、なんて言うべきかわからなくて、ボクは近くに転がっている
「こういう音が聞こえるって言うと気持ちがられたり、嫌がられるから、同じように竜笛の音を聞けたり、使えたりするヤツと会えてうれしくってさ」
ボクが反応を返さなくても、こいつは敵意を向けてこない。
最初は理由がわからなかったが、こいつも、他のヤツらと違う力を持っていて気持ち悪がられたり、嫌われたことがあるからだとわかって、少しホッとした。
それと同時に、自分と同じ能力を持っていると誤解されたままでいるのは心苦しいと思ってしまった。
手札を明かさないまま、都合良く勘違いしていてくれ方が便利だというのは、長く
「……その、ボクが痛がったり泣いたりするとドラゴンが寄ってくることがあったから試してみただけなんだ。だから、あんたみたいに音が聞こえるわけじゃない」
こいつの人の良さに毒気を抜かれてしまったのか、ボクは気が付いたら口を滑らせていた。
「痛がったり?」
「あ」
油断をしていて反応が遅れた。マントを捲ってボクの腕を見たセレストが目を丸く見開く。
鱗に覆われた右腕を無視して、こいつはボクの手巾が巻かれた左腕を掴んで持ち上げた。
「あー! 血が滲んでるじゃんか。ちゃんと傷を洗えよ! ええと……化膿止めの薬草が」
「うるさい。とにかく、あんたに仕事を頼んだ女に報告をしてから、義腕の鳥乗りを探しに行くぞ」
血が滲んだ手巾を解いたセレストが、自分のポーチをがさがさ漁っている間にボクはエーテルの口に
「なんだよ。友達を心配するのは当たり前だろ」
鞍に
少し怒っているのは本気のようで、ボクを見る視線から僅かな熱を感じた。だが、それはなんだか心地よい痛みで、勝手に口角が持ち上がってしまう。
「村に着いたら傷口を治療する。それでいいだろう?」
「おう。約束だからなー。さ、いこう、エーテル」
へらりと力の抜けたように笑ったセレストが前を向いた。ボクの癖が強い銀色の毛とは正反対の、真っ直ぐな金色の髪がさらさらと音を立てながら揺れる。
ボクは、初めて出来た友達の背中に寄りかかりながら、グンと一気に近くなった空へ目を向けた。
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