第7話 リトル・レディ(2)レディの操縦法
澄ました顔の順子を、少し困ったような顔の家政婦が見る。箸使いのひどさと好き嫌いで、北浜と家政婦は毎食困っていたのだ。
それを見ていて、つい、湊は口を出した。
「レディなら、まさか好き嫌いをしてトマトを残すなんて子供っぽいまね、まさかしないよな」
順子はグッと箸を握りしめ、涼真は慌てふためいた。
しかし順子は、傲然と顎をそらして言った。
「まさか。こ、これは、とっておいただけよ!最後に食べようと思って!」
向かい側で、家政婦が唖然としている。
「そうだろうな。そうだと思った。
では、レディ。立派なレディは、箸遣いにも気を配らないといけませんよね」
順子はぐぬぬと唸り声を上げ、つりそうな指使いで箸を持って、どうにかトマトを口に運んだ。
家政婦は、口を押さえ、目を見開いている。
「どう?」
「ああ、はい、よくできました。偉い偉い」
「キイー!腹が立つわね!何か!」
「怒りながら食べると消化に悪いですよ、レディ」
「うるさい!」
「トマト完食のご褒美にプリンです」
「こ、子ども扱い、は」
「じゃあ、俺がもらおうっと」
「いらないなんて言ってないでしょ!?」
順子はプリンをひったくり、足をブラブラと嬉しそうに振りながらプリンを食べる。
その様子を家政婦と北浜は、最初は目を丸くして、やがてはにこにこと見ていた。
順子は高飛車というかわがままという面がある。しかしそれもレディという言葉を逆手に取れば、わがままも好き嫌いも宿題もコントロールできるので、面倒が無くて便利だとすら湊は思っていた。
「湊、警護対象をおちょくるなよなぁ」
家の周囲の定時警備に出ると、涼真がため息混じりにそう言う。
「気にするな」
「しろ」
周囲がクリーンな事を確認し、中に入る。
その時電話がなり始め、北浜はスマホに出た。
仕事の電話かと思ったが、表情が険しくなる。
「お義父さん。
ええ、元気ですよ。順子も、問題ありません」
仲のいい親子という雰囲気ではない。
「親権だって私が持っています。私が育てます。私の娘ですから」
硬い声で短く言い合いをして電話を切り、溜め息をついた。
「北浜さん。今のは、お父様ですか」
代表して、雅美が柔らかく訊いた。
「お恥ずかしいところを。
はい。妻が亡くなってから、義父が順子を引き取りたいと言うんです」
北浜は言いながら、スマホの待ち受け画面を見た。北浜と順子と亡くなった妻との写真だ。
「元々義父は僕達の結婚に反対で。妻が亡くなったので、順子を養女にしたいと言い出しているんです。それで、婿を取って会社を継がせると。
ああ。義父は、井川ホテルグループの社長です」
誰もが知るような有名ホテルチェーンだ。去年、跡継ぎの息子が急死している。心筋梗塞となっているが、一部では、危ないクスリの使用が囁かれていた。
順子は表情を硬くして、
「私は、絶対にパパから離れないから!パパ、ちゃんとおじいちゃんに言ってよ」
と言い、北浜が
「勿論だよ」
と言うと、安心したように、宿題をすると言って二階の部屋へ上がっていた。
チビと悠花がついて行く。
「親権が北浜さんにあるのは向こうもわかっているんでしょう?」
涼真が確認すると、北浜は
「ええ。だから、私を殺すんじゃないかと思うほどですよ」
と、苦笑した。
悠花は順子の部屋に入って、それが目に付いた。親子3人で撮られた写真が学習机の上に飾られていた。
それを見ている事に気付いた順子は、悠花に自慢気に言った。
「ママ、素敵でしょう。きれいで、優しくて、憧れなの。わたしもママみたいなレディを目指すの」
悠花は笑って、順子の頭を撫でた。
「そうね。順子ちゃんなら、きっとなれるわ」
「ありがとう」
順子はヘヘッと笑った。
北浜が仕事の為に部屋へ行くと、湊、涼真、雅美は小声で話し合った。
「不審者って、井川さんかな」
「でも、自分がいくら孫が可愛くても、親権を奪うのは無理なのはわかるでしょうし、北浜さんをどうにかしてまでなんて……」
「まあ、跡継ぎで困ってるのかも知れないにしてもなあ」
揃って首を捻る。
「まあ、何でもあり得ると思っておこう」
油断は禁物。そう肝に銘じた。
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