譚ノ三

※注意※

 今回の話は後々、非常に胸糞悪い救いようがない話となります。

 予めご了承下さい。




 今日も怖いモノが襲ってくる

 口を、顔を歪めながら

 時々涙を零しながら

 それでも嗤っている




****




 家に帰りたくないと言っていた少女と別れて一日が経った。

 早朝からいない煉の代わりに、紫月が余り物の牛肉ゴロゴロカレーを挟んだカレーサンドを作ってくれた。

 いつもなら朝は寝ていて起きてこないのがほとんどなのに珍しい。

 が、今は彼女のいつもとは少し違う行動を気にしていられない。

 今日も少女は公園にいるのだろうか……と志郎はサンドイッチを頬張りながらぼんやりと考える。

 もしも少女も親に虐待をされているのなら、どうにかできないだろうか。

 本当なら周辺の住民が気付いて然るべき場所へと電話をしてくれているのならもっと良いのだけれど。

 親がいないのも辛い。

 だがそれ以上に、血が繋がっているはずの親に捨てられたり、叩かれたり殴られたり、罵詈雑言を浴びせられるのはもっと辛い。


「今日はあの子と会った公園にお散歩に行こうか」


 不意に声をかけられて、志郎は顔を上げた。


「……ほんま、姐さんって暇人やな。違ったわ。暇“鬼喰”やった」

「じゃあお留守番してる? 家出“人”くん」


 そう言われて行かないとは言えない。

 自分が気にしていることを、彼女はいつの間にか言葉にしてしまう。

 長く生きているから “人”の機微に敏いのか。

 そもそも彼女は“人”だったのだろうか。

 晴明からも“鬼喰”がどのように生まれているのかは分からないと言われてしまった。いつか、そういうことも知ることが出来るのだろう。

 今はとにかく、安心が出来ればと思い紫月に一緒に行く旨を伝えた。

 きっと少女の家に帰りたくないという心理はただの少しだけ早い、親への反抗心かもしれない。もしもそうだったのなら何も心配はいらない。


「さ、用意をしたら行こうか。今日のお昼ご飯も用意して、ね」


 お昼ご飯のお弁当を紫月は手早く作り始める。

 出汁で炊いたご飯をおにぎりに。

 海苔などで可愛らしい顔を作る。

 ウィンナーや卵焼き、野菜を女の子が喜びそうな形にアレンジ。

 あっという間に可愛らしいお弁当が出来る。

 慣れている様子から、やはり紫月はただの面倒くさがりで何でもできるのだと志郎は感心する。

 普段からちゃんとしていればいいのにと思うが、軽く流されてしまうだろうから黙っている。

 話は弁当に戻し、自分が持つにはあまりにも可愛すぎる弁当だ。

 と自分の分は自分で作ろうと思っていたがそれもあっという間に彼女によって作られていた。

 弁当箱の高さの半分くらい白ご飯を詰め、その上に海苔でシロと書かれていた。


「なんでやねん!」

「あはっ。遊び心だよっ」


 遊び心には見えない。

 ただの白ご飯オンリーに海苔だけ。

 あまりにも酷い。

 やはり自分でと思っていたが紫月はご飯の上にさらにご飯を重ねて別の弁当箱におかずを詰め、普通のお弁当に仕上げた。

 が、シロという文字はご飯に埋まったままである。


「冗談じゃないか。はい、シロの分」

「絶対本気やったやろ。俺が見ずにツッコミいれんかったらあのままにしてたやろ。開けてびっくりのドッキリやらかすつもりやったやろ!?」


 紫月は舌をペロッと出して


「バレちゃった」


 などと冗談っぽくのたまっている。

 外見は若いが、こう見えて何千年も生きている“人ならざるモノ”だ。

 騙されてはいけない。

 あっという間に弁当を三つ作り、紫月と志郎は出かけた。

 休日である今日、公園には親子連れがたくさんいて、子供の元気な声が響いている。

 そんな中、ベンチの隅に座って園内を羨ましそうに見つめていたのが昨日会った少女だった。

 ―――どうして、私のお母さんは……。

 何となく、そんな声が聞こえて志郎は振り返ったが誰もいない。

 空耳だったのだろう。


「やぁ。今日は一緒に遊ぼうか。えっと、名前、聞いてなかったよね?」

「! 千代だよ。お姉ちゃんに、お兄ちゃん!」


 一転、嬉しそうな表情の少女。

 無邪気に紫月と話をしている。

 弁当があるという話にもとても嬉しそうにしていた。


「ボクはお弁当を見ているから、シロ。千代ちゃんと遊んできたまえ」

「って俺かいな!?」


 と言えば紫月は


「年齢が近い方がいいだろう?」


 と言い張る。

 確かにそうではあるが。


「あー。まぁ、せやな。ほんなら、行こうか」


 きっと周りからは、年の離れた兄妹が遊んでいるように映っているだろう。

 お昼ご飯に関しては……紫月はどう映るだろうか。

 母親にしては見た目が若い。

 だからと言って姉にしては年上に見えなくもない。

 そう思っていた志郎であったが、紫月は近所でも有名なのか、公園に遊びに来ていた主婦達とも仲良く話をしていたのを遠目で志郎は見ていた。

 何だ、意外と“鬼喰”というのは溶け込んでいるのか。

 着物は目立つが。

 一方、紫月は周囲と話をしていた。


「あの子、近所では虐待されているんじゃないかって噂なのよ」

「そうなのかい? 昨日も夕方に一人でいたものだから気になってね」


 曰く、父親と思わしき人物はここ一年程見ていない。

 曰く、その前はやたら喧嘩をする声が聞こえていた。

 曰く、千代の住む家の前を通ると気分が悪くなる人が出た。

 など……様々な話が出る。

 中には児童相談所に相談を持ち掛けた主婦もいるが、その後どのようになっているのかさっぱり分からないとのことだ。


「それは心配だね。ボクにも出来る限りのことはやってみるよ」


 そんな話をしながら、休日の公園内はゆったりと時間が過ぎていったのであった。

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