譚ノ四
燃えろ、燃えろ―――
燃え盛る炎の美しさよ
もっと、もっと―――
全てを焼き尽くす炎よ
※
「ようやく、掴まえた……! 本当に、紫月サンふらっふらすんなよ!」
「あーあ。掴まっちゃった」
まったくと言って、残念そうな表情ではない。
がっくりと疲れ果てた表情で暁は紫月を引っ張り、彼女の家の一室に上がり込むなり倒れた。
「何だ。“鬼”ごっこはもう終わりなのか」
「大河ぁ……聞いてくれよ「嫌だ」即答!? 聞いてくれねーのかよ!」
「聞く価値はない」
あっさりばっさりと言葉を切り捨てられた。
どいつもこいつも、と暁は溜息をつく。
「んで。話は戻るけどよ。紫月サン。何か掴んでるんなら、情報共有してくれや」
「ねーねー。今日レッシーって“人”は?」
「聞いてくれよ! つか、あいつは非番だよ! 偶然、紫月サンが俺の前に現れるからどうしたのかと思ったじゃねーか!」
実は、ただの酔っ払いだった。
ふらふらと良い気分らしい紫月を、仕事中の暁が仲間に一言声をかけて家まで送り届けたのだ。
煉からの願いである。
ふらふらしている所を見つけたら、家に連行しろ、と。
「俺は消防士なんだけどよー。警察じゃないだけどよー」
「一応、同情はしておいてやる」
同情しているようには、微塵も見えない。
「頼むからよ。情報共有してくれや。今はまだ、空き家の被害だけだ。でもよ……このまま放火犯が捕まらないと……“人”が死ぬのも時間の問題だ。“人”の犠牲者は出したくねーんだよ」
暁は手を握り締める。
繰り返し若返っては警察関係の仕事をしている“人ならざるモノ”が存在しているかのように、暁もまた幾度となく若返っては火消し関係の仕事をしている。
「おかしな話だよねぇ」
不意に、紫月は床に寝転んだまま口を開く。
「君は四方を守る龍神一族である大河と同じく、四方を守る朱雀一族の息子」
「それが何だよ。紫月サン。そりゃ、親父からいい加減、引き継げと言われてるけどよ。俺はまだ……“人”の世で働きたいんだ。火消しの仕事は楽しいぜ。何てったって、眷属である炎の中にいられるんだからよ」
大河は静かに茶を飲む。
一体何がおかしなものか、と暁は紫月の物言いにイライラを押し殺す。
それを言えば、大河の方がよっぽど異質である。
水は眷属でありながら水にまつわる仕事をしていないのだから。
「何が、言いたいんだよ。紫月サン?」
「さて何だったかな。あはっ。忘れちゃった」
すでに何千年と生きている、“鬼喰”一族の中でも彼女は古株の方だ。
耄碌していてもおかしくはないが……と失礼なことを考えつつ、暁、そして大河も溜息をついた。
「いつになったら、情報を提供してくれんだ?」
「大した情報なんて持ち合わせていないよ。こう……引っかかることはあるんだけどね。まるで煙に巻かれているようで判然としないんだよ」
だから、渡せる情報はない、と紫月は暁に答える。
ただの時間の無駄遣い。
そして骨折り損のくたびれ儲け。
「しゃーねー。帰るわ。また火事が起きたら出動になるしな」
「何故、また起きると?」
大河に質問された暁は肩を落とす。
「まだ捕まってねーから、また起こる可能性を考えるのは当然だろ。それに模倣犯だっているかもしれないからな」
「うんうん。暁の言う通りだよ。大河。ボクだってまだ“人”か“鬼”どうかも判然としていないんだから」
「そーいう訳で、紫月サン。情報あれば、寄こしてくれよな? あ、もちろん綺羅々サン抜きで。あの人、本っ当怖ろしいからよ。京ノ都タワーのてっぺんから釘バッドで撃ち落とされるのは、マジ勘弁」
だが紫月に、約束しかねる、と言われるともはや絶望的だ。
「義理姉様、言ってたよ。とっととどうにかしろ。朱雀一族がいながら何やっているんだと。そろそろどうにかしないと、一族郎党焼き鳥にされちゃうかもね」
「恐ろしいこと言わねーでくれよ! あの人なら、ガチでやりそうだぜ」
仕方がない、と暁は紫月の家を辞去した。
冬の空。
今宵も乾燥している。
「あーあ。一体、何が口火を切っちまったんだろうな……」
すっかり暗くなった夜空に、暁はポツリと言葉を零したのであった。
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