刀鬼 ~けんがおに~
譚ノ一
剣とは己であり、己とは剣
その心を剣に重ねて
****
閃光のような煌めきと鮮烈な紅。
それだけが自分を満たした。満たされたのも僅か。また渇いていく。足りない。
もっと、もっと鮮烈な紅が見たい。
嗤いながら、興味を失ったその場所を離れた。
****
椿、山茶花、牡丹。
白に緑に紅。
「寒いなぁ……寒い。でも、うん……雪見はいいね」
長く艶やかな黒髪を一つに纏め、血のように鮮やかな紅の半襟と帯。蝶と花柄が織り込まれた闇のような黒の着物がトレードマーク。
紫月は掘りこたつに足を突っ込み、背中には着物と同じ色合い、模様の半纏を着て幸せそうにうっとりと呟いた。
「寒いどころか暑いですよ。この部屋は常夏です。じゃなくてですね、
彼女に話しかけたのは、紫月の右隣に座る青年だった。年の頃はおそらく二十代。短い黒髪に黒縁眼鏡。特に特徴らしい特徴はない。どこにでもいそうな顔立ちである。
「洋服は未だに馴染みがないけれど、ヒートテックはいいね。冬になるとこれは手放せない」
「まぁ安く薄く温かいが売りですからね。じゃなくてですね」
青年―――
だが彼女は昴の言葉に被せ、雪見酒が欲しいと言い出した。対する昴は、呆れながら紫月は酒を飲みすぎだと注意する。
言いたいことはそれじゃない。
ついに昴は、手に持っていた新聞を紫月の前に叩きつけた。
「あぁ。昨日のだね。ちょっと前から騒がれている、無差別連続殺人事件」
またもや無差別殺人事件発生、止められぬ凶行、などと見出しが躍っている。
現在、この四ノ條では連続殺人事件が起きていた。
被害者に共通点はなく、犯人は特定できていない。
「で。これがどうかしたのかい?」
「しらばっくれないでくださいよ」
もう、犯人は分かっているんでしょう? と昴は紫月に問う。
だが紫月は机に置いた枕に突っ伏したまま呆れた顔をしていた。
「キミはボクを探偵か超能力者か何かと勘違いしてはいないかい? 手がかりもないのに、新聞やニュースだけで初めから犯人が分かっていれば、警察なんかいらないよ」
それに、と紫月は言葉を続ける。
こういう事件は警察に任せておけばいいと。領分ではないのだから。
「犯人は“鬼”じゃないんですか?」
「さて。“鬼”かもしれないし、“人”かもしれない。とりあえず……」
そんなことよりも雪見酒を持ってくるようにと。
とりあえず、で酒を頼む者がどこにいる。
いや、目の前にいるけれども。
「はーやーくー。あっ熱燗ね。沸騰はさせないでくれたまえ。せっかくの美味しいお酒の風味が飛んでは不味くなるから」
「本当にマイペースですね! あぁもう分かりました! で、熱燗したら調べてくれるんですよね?」
紫月は上半身を起こすと首を捻って、それとこれとは話が別だと言う。
「じゃあ駄目です」
「ケチ。何故だい。さっきも言っただろう? “鬼”かもしれないし、“人”かもしれないと」
「このままじゃあ雪だるま式に被害者が増えるじゃないですか」
「これも言ったけれど、何事にも領分というのがあるんだよ。殺人現場を警察ではないボク達一般人が勝手に立ち入ってはいけない」
それは、と昴は言葉に詰まる。
「でも……それは俺のような“人”の場合で、“人”のルールでしょう?」
「ボクは確かに“人”じゃない。だからといって“人”のルールに従わなくていいというわけじゃあない。今はもう、なんだかんだと好き勝手やろうと思えばできた時代ではないんだ。何。この事件の犯人が本当に“鬼”なら、なるようになるさ」
とにかく今、こんな不毛なやり取りをしたくない。
だから早く雪見酒を持ってこいと紫月は昴に言いつける。
仕方がない。
昴は溜息をついて酒を用意した。
「わぁいっ! ん……ちょっと熱いなぁ。早いと思ったら電子レンジを使ったね。今度からはお湯を使ってじっくり温めてくれたまえ」
「人にやらせておいて文句を言わないでくださいよ」
やれ熱いだの、風味が飛んでいて不味いだの、電子レンジを使うなんて美味しい酒に対する冒涜だのと文句を言いながら、紫月は酒を飲む。
酒が飲めない昴からすれば、何が美味しいのか分からない。
「それじゃあ、俺、そろそろ帰りますから」
調べといてくださいね、と念を押して昴は紫月の家を出て振り返る。
青々とした垣根が続き、門は古いが長年この地に家があるということを思わせる。純和風の屋敷だ。
近代建築の立ち並ぶ家々の中で、彼女の家だけが浮いているように見える。
「本当に、調べてくれるんですかね……」
呟いて、昴は家路についたのであった。
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