第30話 復讐②
前回と違う所と言えば、ばぁちゃんは実態化しているのではなく、いつも通りふわふわと僕の背後に守護霊としてついて来ている事だ。
校舎に入り廊下に一歩踏み出すと、濡れた音がして僕はぎょっとして視線を落とす。
床には、薄い膜が張られたように血液が廊下を覆っていた。壁を見ると、
まるで、優里さんの心を表しているようで痛ましい。
僕は一階から順に優里さんの姿を探した。
この学校のクラスはどうやら三組ほどしか無く、この階にはトイレと職員室、そして保健室があるくらいだ。濡れた床を歩いて一組目、二組目と順番に窓を覗きながら歩いていくと、三組目に差し掛かった途端に女性の笑い声が聞こえた。
音を立てないように、こっそりと暗い教室を覗き込むと、そこには項垂れた元気の無い優里さんと、机にうつ伏せになっている、体格の良い血塗れの女性が真っ暗な中で対面して座っていた。
『だから、もっと私みたいにSNSで受けるようなの描かないと駄目よ。加奈やアンタみたいな、優等生が描く古臭い絵は今時受けないのに……頭が固いのよ、加奈も先生も。そう思わない?』
『加奈ちゃんは上手だよ。
『優里は優しいよね。みんな加奈が怖いんだよ。でも、そうやって媚びてた方がいいのに……あの子に呪われたくナカッタラ。
デモ、ワタシがアンタに呪われたんだよね。なんでよ、ゆり……ワタシなんて加奈の下っ端じゃン……。仕方ないデショ、アンタの事嫌いジャナイけど、いじめなきゃ、今度はワタシがイジメられるんだから我慢してヨ。ワタシが苛めれタラ、アンタイヤデショ?』
『そんなの、知らない! 聞きたくない!』
優里さんは両手で耳を塞ぐように叫んだ。
骨が折れているのか、おそらく亡くなった時と同じ年齢の、大人になった結菜さんがダランと垂れた腕をゴキゴキと鳴らせながら必死に机に置くと、うつ伏せになっていた捻れた首をグググ、と優里さんに向ける。
その、グロテスさに彼女が悲鳴を上げた瞬間、僕が優里さんの名前を叫ぶ声も同時にかき消され、一瞬驚いたようにこちらを見て、怯えた優里さんが、跡形も無くその場から姿を消した。
結菜さんの首が、僕達の存在に気づいたかのように、ゴリッとこちらに向けると激しい憎悪の光を放っている。
『ユリィ! 邪魔すんなァァァ!』
悪霊と化した結菜さんなのか、それとも彼女の罪の意識が具現化された霊的なものなのか、はたまた、これも呪詛の一部なのか分からないが、人間離れしたそれが巨体を揺らせながら、四つん這いで僕たちに向かって襲いかかってきた。
僕は、ゴキブリを思わせるような異形さと素早さに、思わず情けない悲鳴をあげてしまった。
「うぁあ!!」
『――――悪霊退散、
ばぁちゃんは素早く胸元から札を取り出すと、普段使ってる
結菜さんの悪霊と思われる化け物は、ぐにゃりと曲がり悲鳴を上げる間もなく、浄霊されてしまった。
人を害する悪質な霊に対しては、対話する間もなく、存在自体浄化する、浄霊を強制的にしてしまうのが過激派のばぁちゃんだ。僕はできるだけ、霊の話を聞いて、相談者から霊を外す徐霊をしたいんだけど……。
『何をボーッとしてるの、健。見かけに騙されちゃ駄目だって、ばぁちゃん前から言ってるでしょうが! 呪詛に取り込まれた悪霊なんてもう魔物と同じさ。本体よりも弱っちいけどね……仕方ないけど、これもあの子達の業さ』
「う、うん……。僕も
ばぁちゃんのように、あんな早業ができるか謎だが、この呪詛で死んだ人はここに取り込まれるようだ。
僕が思うに悪霊となった彼女たちは、呪詛を強める為に優里さんの精神を刺激しているのかも知れない。
僕と琉花さんがこの空間に閉じ込められたらどうなるのだろう、ぞっとする。
しかし、随分と残酷な呪詛の方法で相手を呪っている事になるが、杉本さんがそれを理解しているのかが疑問に思えた。僕なら、虐めた相手の霊を取り込ませるなんてとても出来ないが。
「となると、曽根さんや坂裏さんもここにいるって事だね」
『そうなるよ、今度はあんたも油断せんように』
「あっ、ちょっと。ばぁちゃん、待って」
そのまま、教室の中に入らずに先に進もうとしたばぁちゃんを呼び止めると、僕は優里さんが消えた教室に入った。
悪霊を浄化しても、まだ禍々しい感覚が残っていて気味が悪く感じられるのは、血液が流れ出ている、小さな穴から視線の様なものを感じるからだろうか。
僕は暗闇の先にぼんやりと何かが光っているような気がして、二人が座っていた机まで近付くと、そこに置かれていた写真を手に取った。
写っていたのは、私服姿の優里さんと加奈さんが、楽しそうにアイスクリームを食べている写真だった。
この写真からは、どちらも楽しそうに見える。これはいじめが始まる前の高校一年生の時のものだろうか。写真を手にしたまま、固まっている僕を、不審に思ったばぁちゃんが後ろから覗き込んでくる。
『どうしたんだい、健』
「いや……こんなに二人が、仲が良かった時期もあったんだなと思って」
僕がそう呟いた瞬間、手の中から写真は消え去り不気味に感じられた教室もただの廃墟の教室に変わっている。足元を濡らしていた血液の水溜りも、いつの間にか無くなってしまっていて、僕は混乱するようにキョロキョロと辺りを見渡した。
特別、この場所で浄化をするような呪術をした訳ではないが、もしかすると優里さんの心の破片を見れた事が、浄化の切っ掛けになったのだろうか。
『健、行くよ。いつまでも梨子ちゃんが引き止めておけないからねぇ』
本能的に僕が起こされてしまったら、この場所にもう二度と来れないような気がする。ともかく早く呪詛の最深部までいって、優里さんを救わなければならない。
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