第26話 密告②

 林田さんの姿が、明くんにどう視えているのか分からない。霊感があっても同じように霊が視えている訳ではなく、人によっては全く別のものとして認識している場合があるからだ。

 僕はもうスイッチを切らずに、林田さんを霊視したまま彼の側まで来た、


「助けてくれとは……一体どうなされました?」


 住職は、取り乱す林田さんの背中を落ち着かせるように触れた。僕の見立てだと住職は明くんよりも霊感は弱い。いわゆる、霊感は無いが学校を出て、ある程度僧侶としての修行した普通の人で霊に関しても内心半信半疑に感じている人のように思える。

 林田さんは、本家から全速力で走ってきたのかぜいぜいと息を切らしていた。


「あの家は終わりなんだよ。お蛇様達が散り散りに逃げていっているんだってさ! ようやく、俺はあの家から開放されるんだ、ひとまず匿ってくれ」

「林田さん、落ち着いて下さい。住み込みの運転手を辞めるんですか?」


 父親に続き、明くんが林田さんに問い掛けると頭を何度も上下に振って頷く。学校を辞める事になって職を失った彼は、どうしてあの憑きもの筋の家に縛られていたのだろうか。


「そうだ。俺は……学校でおかしな噂が広がって変な目で見らるようになったから、遠回しに退職を勧められてたんだよ。だけど俺は、あれを見ちまったんだ。佐伯が飛び降りたあの日に加奈とあいつらが、屋上から降りてくる所をな」


 加奈さんにとって見られたくないものを彼が目撃したのだろうか。それをネタにゆすりでもして、運転手の職についたのかと僕は思った。


「加奈さん……いや菊池家をゆすったんですか?」

「あんた、人聞きが悪いぞ。俺は加奈達がやらかしたことを校長に話したが揉み消されてな。それで、警察に行こうとしたが、口封じに金と職の面倒を見てもらう事になった。それに……菊池家にはお蛇様の為に跡取りが必要でね。へっへっへ、その為には男が必要なわけだ」

「つまり、その……、職と生活の面倒を見る変わりに、学校で見た事は黙っていろと言われたんですね。林田さんは婚約者になったんですか?」


 結局、菊池家に丸め込まれて社長のお抱え運手になった。この地の有力者である憑きもの筋の家に入れば、周りから文句は言われないと考えたのか、それとも欲に目が眩んだのかは分からない。現代でも、婿養子をあの家に迎える事は難しいのだろうか。加奈さんが卒業して、林田さんと結婚したとしても、十歳くらいの年齢差がある。


「ヘッ……! 加奈のやつは菊池家を継ぐ子供だけが欲しいんだとさ。結婚したいくらい俺に惚れてるのかと思ってたんだけどよ。まぁ美人だし、若い女相手に良い思いは出来たな。だけど、あいつが教師になってからも、中々子供が出来なくて。

 俺も肩身が狭くなってきて……東京に逃げようと思ったんだけど、あの家を捨てようとすると死にかけたり、怪我をするんだよね」


 結果的に自分の教え子と関係を持った林田さんだが、加奈さんとの間には子宝が恵まれなかったようだ。言い方は悪いが、彼は種馬のような存在として菊池家に飼われている。

 逃げ出そうとすると、ネブッチョウ……お蛇様に足止めを食らってしまうのだと言う。


「お蛇様があの家から離れるんだったら俺も逃げられる。何だったら、あの時の事を証言してやっても良い。加奈はずっと佐伯の事を虐めていたからな。きっと、俺と佐伯が仲良くしていた事に妬いたんだろう。それに佐伯は、あの美術部の中で一番才能があった生徒だよ」


 林田さんはともかく、朝が来るまで寺に匿ってくれと頼み込んできた。半信半疑の住職も頼られたからには断れない。

 本堂でも良いなら、と住職は言うと急いて携帯で家に連絡を入れているようだった。喜ぶ林田さんの穴からは相変わらず黒いミミズのような蛇がうねうねとうごめき、異様な雰囲気だ。

 心配になって、声を掛けようとした僕の横を駆け抜け、林田さんは闇の中に溶けていく。


「雨宮、どうした?」

「あの人は……もう駄目だと思う。ネブッチョウを別の家に持ち込むか、憑きものに内側から破られらか、祟られて死ぬかだ。女性から女性にあの大きな祀られた『お蛇』様は受け継がれても、あの本家に入って、あの土地で生活してしまったらもう遅いんだ」

「まぁ、あんだけ憑いてたらもう剥がせねぇわな」


 霊視の仕方は違えど、明くんも同じようなものが視えているようで僕たちは思わず押し黙った。

 どこに逃げても同じだ。

 憑きもの筋を裏切って、秘密を話してしまった彼を、あの黒いミミズ達はじっと動きを止めるようにして聞いていた事を僕も明くんも視ている。

 これも因果応報なのだろうか。

 虐めを揉み消そうとした菊池家に、元顧問の林田さんは取り込まれてしまい結果的に、彼も隠蔽いんぺいに加担する事になるのだから。

 加奈さんと婚姻関係に無くとも、自分はもうすでに、内縁の夫として菊池家の人間である事を彼は理解していなかった。


 ――――そして林田さんは、寺には訪れずその日を境に行方不明になってしまった。


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