第20話 本家へ③

 僕は、明くんの家に車を駐車させて貰うと彼を先頭に僕と梨子、そして背後から杉本さんと琉花さんがついてきた。

 明くんが先頭にいるお陰か、農作業中の住人とすれ違うとにこやかに頭を下げて挨拶してくれる。

 黄金に輝く田んぼの畦道あぜみちを通り抜けると緩やかな坂道になり、鮮やかな彼岸花が点在して咲いていた。このあたりの土地は全部、地主の菊池家が所有していると言う。

 この地域は彼岸花が有名で、心霊捜査の目的で無ければ観光気分で写真を撮っていただろう。

 鳥の声も穏やかな秋の田舎の風景も、さきほどの怪異を忘れてしまいそうになるくらいにのどかだけど、現実と非現実の落差が激しくてゾッとしてしまう。


「もう! まだ着かないの? 琉花、もう歩きたくない。キモい虫も一杯いるし、坂きついよ」

「琉花ちゃん、田舎はどこもこんなものだよ。もう直ぐ着くと思うから我慢しなさい」


 芸能人は車の移動が多いせいか、それとも田舎道に慣れない都会の子だからなのか、歩き疲れて頬を膨らませる琉花さんを見ると九死きゅうしに一生を得たようには思えないほど元気で切り替えが早い。

 杉本さんがマネージャーらしく、不満を漏らす彼女をなだめる。


「悪ぃ、いつもバイクに乗ってこの道を通るからさぁ。ごめんね琉花ちゃん。ほら、もう見えてきたよ」

「わぁ……! 名士の旧家って感じたね。やっぱり島の古い家とは違うね、健くん」


 梨子と僕は同郷どうきょうだから、その感覚は共有する事ができる。やはり同じ田舎でも、島とは雰囲気が違っているので彼女も僕と同じように新鮮に感じているのだろう。

 この辺りに親戚が住んでいると言っても、彼女はここで育ったわけではない。

 ぱっと見たところ、リフォームはされているようだけど百年以上の歴史がありそうな旧家のようだ。広い敷地の奥には離れと大きな蔵が見える。

 けれど、そんな事より僕にはこの家が放つ独特な重苦しい雰囲気に久しぶりに嫌な予感がする。


「そうだね、歴史ある家って感じだな……」


 僕たちの気配を感じたように、玄関の扉が開き中から紺色の作務衣さむえを着た腰の曲がった老人が出てきた。 

 年齢は80歳くらいだろうか、シャキッとしていて、緩やかな坂を上がる僕達を出迎えるように微笑んで見つめていた。


「でんまぁ、大勢でようきだなぁ。ご住職や浄寛じょうかん様にはお世話になってるでぇ、おはいりなせぇ。加奈も今日は家にいるべ」

「菊池さん、今日はお世話になります、失礼致します」


 浄寛というのが明くんの法名なのだろうか。両手をお爺さんの前で重ねて、僧侶らしく頭を下げた。

 と言っても、まだ寺は継いでいないので、修行の身のようだけど普段の様子とはガラリと違って真面目な好青年のように見える。僕達は大所帯おおじょたいで押し掛けた事に、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、頭を下げ家に上がりこんだ。

 足を踏み入れたとたん、家の隅々に何か黒く長いミミズのようなものが蠢いているのが目の端に視えた。霊視をするつもりは無かったけど、この家を警戒するあまりに自然とスイッチを入れてしまっていたようだ。

 だけど、それを直視しようとすると僕の視界から外れるように隙間に隠れてしまう。

 僕は霊視を止め、スイッチをオフにした。


大祖母おおばぁちゃんと、加奈は居間におるべ。雅夫はまだ帰ってきねぇなあ」

「ええ、大丈夫です。私の友人が少し加奈さんにお聞きしたい事があるそうなので」


 雅夫さんと言うのは加奈さんの父親で、今は会社を立ち上げこの不況にも利益を出しているらしい。運転手の元美術部顧問に会えると思ったが残念だ。

 加奈さんの年齢からして、祖父母は現役で畑仕事をしていような世代だろうから、この人は大祖父と言う事になるたろう。

 ゆっくりとした足取りで僕達を案内すると、居間らしき場所の前で止まり、人の気配を察したかのようにタイミングよく引き戸が開かれた。

 中から出てきたのは、知的でモデルのようなスタイルの良い垢抜けた美人で、髪をアップにした眼鏡の女性が出てきた。いかにも教員らしいパンツスーツ姿だ。あのSNSでは確認出来なかったが、泣きボクロが魅力的な人だった。

 しかし『闇からの囁き』のメールが彼女のもとに来て、動画を見てしまったのだとしたら曽根さんや坂裏さんのように情緒不安定になっているように思うけど、菊池さんはいたって普通に思える。


大祖父おおじいちゃん、ありがとう。明さん、お久しぶりです。更生されて立派なお坊さんになられて親孝行されましたね、ふふ。そちらの方々は雨宮さんと、あら、貴方は……アイドルの真砂琉花さんですか?」

「五年ぶりになりますね、加奈さん。お変わりない様子で安心しました。はい、彼が雨宮で僕のこちらは従兄妹の梨子です。そして……アイドルの真砂琉花さんと、マネージャーの杉本さんです」


 戸口で僕達は軽く挨拶をすると、彼女に招き入れられた。だが僕はその部屋に入った瞬間ぎょっとして体が硬直するのを感じた。

 居間だと思っていたその場所は中央に祭壇のようなものがあり、着物姿の大祖母さんが祭壇に手を合わせていたが、ゆっくりと振り返った。

 

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