第17話 仄暗い秘密③

 亜矢子さんはネイルアートが施された爪を自分の唇に当てるように考えていた。と言うより、僕の質問にどう答えようかと迷っているようにも思える。


『ん~~、まぁ、女子校だったからね~~、援交とかぁ、盛りまくって教育実習と彼女感だしてる奴もいたかなぁ。まぁ、後はイジメ? みたいなのもあったよ』


 朝比奈女子高等学校は、田舎の方にあるがどの学校も同じような問題を抱えているようだ。それ以外は特別変わった事の無い、普通の女子高生だったんだろうか。

 亜矢子さんは四人の写真を見ながら言った。


『美術部ってさ、もう一人先輩がいたんだよねぇ。けっこう可愛くて優秀な子で、コンクールでも入賞してたらしいーよ。

 えっと名前は……佐伯優里さえきゆりだったかな? でも、美術部の顧問こもんと、こいつ二十代半ばだったんだけど、この子に手を出したとか、付き合ってるとか噂が立っちゃって、それを苦にしたのか屋上から飛び降りたんだよねぇ』

『え、亜矢子ちゃん、飛び降りた女の子がいるの? 生徒と付き合うなんて最低だね』


 梨子は目を丸くして言う。

 二十代の異性に女子高生が恋心を抱く事はあるかも知れないが、在学中に先生が未成年と付き合ったり、ましてや手を出したなんて事になれば、懲戒免職ちょうかいめんしょくどころか、警察に厄介になりそうな案件だ。

 世間でも、良くある教職員の不祥事ふょうじに思えるが、ネットの情報ではそんなニュースは無かったし、掲示板に書き込まれているような事は無かったのであくまで噂なのかも知れない。


「この写真に載っていないって言う事は……その方が亡くなった後なんですか?」

『まぁ、そうだね。でもその人は亡くなったと言うか……重症で助かったみたいだけど、それから学校辞めて引っ越しちゃったんだよ。噂だから本当なのかわかんないけど~~、植物人間になったとか後遺症が残ってしまって……と言う話は聞いたよ』


 自殺が失敗し、死にきれなくて体に後遺症が残ってしまうなんて想像しただけでも、僕はいたたまれない気持ちになってしまった。

 検索で、朝比奈女子高等学校の噂にヒットしなかったのは未遂みすいに終わったせいだろうか。


顧問こもんはさ、一年くらい朝比奈にいたんだけど、やっぱり田舎だし噂は広がるじゃん?

 保護者とか、生徒とかの目が耐えられなかったのか教員辞めちゃったんだよね。それからどうなったか知らないけど』

『そういや、そいつ菊池さんとこの本家で運転手してるって親父から聞いたな』 


 明くんがスキンヘッドを撫でながら、記憶をたどり寄せるように目を泳がせて言った。

 本家、と言うことは菊池さんの家はその辺りでも結構な資産家なんだろうか。


「菊池加奈さんは、その辺りでも力のある人なんですか? 問題があったかも知れないような人を雇うなんてリスクがありそうだけど」

『まぁ……あの菊池家に歯向かう人なんていねーだろな。なんたって、あの家さ……』


 明くんが口ごもると、亜矢子さんが弟の脇腹に肘鉄を食らわせた。姉に殴られた彼は抗議の声を上げると、痛そうに擦りながら言った。


『あんまり詳しくは言えねぇけど、菊池家は昔からのあの辺りの地主でさ。先祖代々農家やって今は資産家だよ。朝比奈女子高等学校にも寄付してたりな……それだけじゃなくて、あの家は憑きもの筋だから』


 ぼかすように、明くんがそう言うと隣のばぁちゃんがピクリと眉を上げる。僕は霊感は強いけど、自分が見て経験した範囲はんいにのみ強く、オカルトの知識は正直乏しいので『憑きもの筋』と言われてもピンと来なかった。


『憑きもの筋か。管狐くだぎつねか犬神か、トウビョウか、牛蒡種ごぼうだねか……あの辺りなら、オサキ狐、ネブッチョウの類かも知れんね』


 まったく意味のわからない単語ばかりだ。ちんぷんかんぷんな表情をしている僕に、ばぁちゃんは、これくらい勉強しとけと言わんばかりに圧をかけながら言う。


『幽霊やら魔物とは違う、式神に近いけど動物霊のようなもんだ。代々家系に憑いて、子孫に受け継がれていく。

 なかには生霊を飛ばす者もいるけどね。

 裕福になって主人を守るだけならいいけどねぇ、良くも悪くも上手にコントロールせんと扱いに困るようなもんさ』


 裕福な農家を僻んで、差別する為に言われることもあったようだがどうやら簡単に言えば動物霊の使役や、守護神みたいたものが家系に憑いていると言う事だろう。

 菊池家は、その憑きもの筋だという。


『地域によって憑く動物の種類は違うのさ。

 ネブッチョウと言うのは、蛇のようなものだ。オサキ狐は名の通り狐だね。きちんと祀れば富を与えるが、祀らねば主人が食い殺される。さらに家人の感情に反応して、嫌いなやつがいれば飛んで害をなすので、忌み嫌われるのさ。

ばぁちゃんも、飛ばされた相手を助けた事はあるよ』


 明くんが口籠ったのも何となく察することが出来た。菊池家は地主として資産家でもあり、憑きもの筋なのだ。

 現代に入っても、その地域の人々には先祖代々の言い伝えや風習の名残りがあり菊池家の事を、地域の有力者としても、霊的にも恐れているのかも知れない。千堂くんの檀家と言う話からすると、お寺とも関係は深そうだ。

 まぁ、田舎の方なら法事や葬式で世話になる事が多いだろうし親しくてもおかしくない。

 霊的な関係はここで繋がりが出来たが、じんわりと胸に広がる嫌な予感を感じながら僕は話を続ける。

 

「そうか……民間信仰みたいなものだよね。千堂くん、菊池加奈さんと連絡を取りたいんだけど大丈夫かな?」

『俺ならいけるぞ、昔からの付き合いだからな……会って話そうぜ。梨子と一緒に来いよ、てか俺もちょっと色々と聞きてぇし』

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