第14話 呪詛の網②

 僕は去っていく人影達に声をかけようとしたが、耳鳴りと頭痛からくる嘔吐おうとに必死にたえながら、体を起こした。

 ようやく視界がクリアになって、僕はあたりを見渡す。


「ここは……校舎かな。朝比奈女子高等学校とか?」

『健、上を見てごらん。こりゃかなりタチの悪いもんだよ』


 珍しくばぁちゃんの声に怒りのようなものを感じた。

 僕は座ったまま、天を仰ぐとそこにはまるでゲームやアニメなんかで見かけるような、仮想空間サイバースペースが広がっていた。

 青白いネットワークのデータが網の目のような幾何学的きかがくてきなデザインが四方八方に伸び、まるで生きているように波打っている。


「どういう事なの? この動画は誰かの念写なのかと思ったんだけど」

『断片的な念写だと思うけどね、問題はそこじゃあ無いのよ。よう見てみなさい、ばぁちゃんは機械の事はさっぱりだけど、ほら』


 僕はふらつく体を奮い立たせて立ち上がるとばぁちゃんが指差した方向を見た。

 羅列られつされた緑色のデジタルコードの中にまるで呪文のような漢字が書き込まれている。

 通常ではありえない事だ。


「なんだよ、あれ……。あれって何かの呪文なの、ばぁちゃん」

『あれは恐らく呪詛じゅそるいだね。この動画には何の目的かは知らないけど、変な細工がされているって訳さ』


 この動画になんらかの呪詛が施されているというのだろうか。この動画を見た者を必ず呪ってやるという、何者かの強い意志のようなものを感じて、僕は背筋が寒くなった。

 無差別に人を呪うことを、こんなに時間と手間暇をかけてやる人間がこの世に存在するのかと思うとぞっとする。


「とりあえず、動画を順に追ってみるよ。何か手がかりがあるかも知れない」 


 前回の恐怖の洋館のお陰なのか、だいぶ常識外れの霊体験に冷静に対処できるようになっていると思う。相変わらず気分が悪いのは、呪詛の影響なんだろうか。

 なんと無くばぁちゃんも覇気が無いように思えるし、この呪詛の禍々しさにあてられているのかも知れない。


『霊視は早めに終えなさい。呪詛の毒にやられてしまうからねぇ』


 僕は意を決して、校舎に踏み込む。

 まるでブラックホールのようにグニャグニャと空間が歪んで、足を取られそうになった。

 居心地の悪い場所だ。


 ――――アハハ!

 ――――何やってるの?

 ――――先に行っちゃうよ!


 数人の女の子達の声が聞こえて、歪んだ空間の壁を、僕にお構い無く四方八方に突き抜けていく。僕は目眩めまいを覚えながら、彼女たちを呼び止めるべく声をかけた。

 彼女達が生きていれば、ただの思い出の中の人物として僕に対してなんの反応もないが死んでいれば、何らかのコミュニケーションは取れる。


『ちょっと、待って!』


 驚くべき事に、呼び止めた僕の声は可愛らしい女の子の声になっていた。

 そして、僕の意思に反してブレザー姿の女子高生達を追いかけ始めた。

 僕はまたしても誰かの追体験をしているようで、気味の悪い歪んだ廊下と笑い声、黒い液体が滲み出る不気味な校舎の中を息を切らしながら走っていた。

 例えば、開いた毛穴から黒いヘドロのような膿が押し出される、グロテスクな空間と言えば伝わるだろうか。


 ――――こっちだってば□○#%!


 肩越しに振り返った女の子の口元が歪んで名前を呼ばれたような気がしたが、何故か名前の部分だけが電波が切れたように聞き取れない。

 僕は、徐々に呼吸が苦しくなって走る速度が落とすと、息を切らしながら吸い込まれるように側にあったトイレへと入っていく。

 恐らく女子トイレだろうと思われるその場所は、まるで廃墟のように汚く、チカチカと電球が点滅していた。

 洗面台に合わせて横長の大きな鏡がつけられている。

 ギィ、ギィ、と古い換気扇の不快な音が鼓膜にこびり付いて気が狂いそうになる。

 鏡の中にブレザー姿の女の子が立っていて、僕は呼吸を乱しながら、よろめき、彼女の前まで体をあちこちぶつけながら進むと、すがるように洗面台に手を付いた。

 顔が分からないほど激しく上下左右に顔を動かしていた女の子の動きが、段々と緩やかになってくる。


 鏡の中の彼女をよく見ようと、顔を近付けると耳元で呻くような呼吸音が響いて直ぐ後ろに何者かの生臭い気配を感じ汗が額を伝った。

 いつもならばこの状況に危機を感じて今すぐ、龍神真言りゅうじんしんごん祝詞のりとを唱えるところだが、僕は鏡の中の少女に釘付けになっていた。

 どれだけおぞましく、恐ろしい表情なのだろうという、本能的な好奇心。

 それが僕の動きを止めた。

 彼女の頭は動きはやがてスローモーションになっていき俯く。そして僕か瞬きをした瞬間、彼女が顔を上げていた。



『ねぇ。おねがい。もうやめて』


 

 予想に反して鏡の中の女子生徒の表情は哀しみに満ちたものだった。

 その瞬間、背後に感じていた憎悪に満ちた気配と吐息が消えたかと思うと、僕の意識は動画から乱暴に弾かれた。

 僕は現実の世界に戻ると車酔いのような感覚を覚えて、トイレに走り嘔吐してしまった。


「――――ぅっ……。強制的に霊視を止められたみたいだ……」

『っ、はぁ……! さっさと祝詞あげんからよ。全くもうこの子は』


 ばぁちゃんに叱られたが、僕は水で口の中をすすぎながら鏡の中の女子高生の事を考えていた。

 見覚えのないあの子は一体何者なのだろう。『闇からの囁き』は彼女の念が籠もった動画で、恨みを抱いて死んだ霊なのだろうか?


『ねぇ。おねがい。もうやめて』


 探ることを止めろ、という警告か。

 それとも、僕の背後にいた者に対して言い放った言葉なのだろうか。

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