第4話後編「ねじれたモノ⑥」

 事件が動いたのは、3日後のことだった。


「尊!スハラ!大変!!ミズハが!!!」


 見たことのない勢いで便利屋事務所に飛び込んできたスイは、砂ぼこりで茶色くなっていた。

 そのただならぬ様子に、スハラがすぐに反応する。


「どうしたの?テンは一緒じゃないの?」


 そう言いながら、もうすでにブーツを履き終えたスハラは、玄関を出ようとしていた。

 俺は慌ててあとへ続く。急いだせいで、かかとをつぶしたまま履いた靴は歩きにくい。


「テンはミズハのとこにいる。我だけ来た」


 走りながら話すスイは、声が少し震えていた。

 着いたところは、水天宮のミズハ自身である社。

 その真ん中で、ミズハが寝かされていた。その顔は少し青白い。


「ミズハ…!テン、何があったの?」


 スハラは焦った様子を隠すことなく、だけど抑えた声でテンに聞く。

 しかしテンは、おろおろと泣くだけで、話せる様子ではない。

 スイは、そんなテンに寄り添うと、言葉を選んで話し出す。


「ミズハと我らで、見回りに行ったんだ。行った先では何もなかったんだけど、ここへ帰ってくる途中、そこの階段で飛び出してきた人とぶつかって…」


 そこの階段とは、この水天宮へ続く、外人坂から上がってくる急な階段だろう。

 スイの泣きそうに消えていく言葉をスハラが引き継ぐ。


「階段から落ちたの?」


 テンがこらえ切れず、うわーんと泣き出してしまう。

 俺は、テンが落ち着けばと頭をなでてやるが、泣き止む様子は一切ない。

 付喪神は、本体である“もの”が壊されない限り、死ぬことはない。

 言ってしまえば食事も必要なく、眠らなくても特に問題はない。ただ、それらは必要ないというだけで、人と同じように食事をしたり、眠ったりすることもできる。


 だから、人といる時間が長い付喪神ほど、人と同じような生活を営んでいたりする。

 また、けがをしても、本体が傷つくことさえなければ、時間が経てば問題なく治る。

 よって、今回も、本体の水天宮は損傷を受けていないため、ミズハも死ぬようなことはない。

 それは、頭ではわかっている。

 だけど、実際に気を失っているミズハを前に、そう簡単には割り切れない。


「…ミズハ、大丈夫なのか」


 俺は、大丈夫だとわかっていても、心配せずにはいられない。


「本殿に何かされたわけじゃないから大丈夫だと思う」


 スハラが、砂ぼこりのついたミズハの頬を拭う。

 俺は、まだ泣き続けているテンにつられて泣きそうになっているスイに問いかける。

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