第3話「スカイ・ハイ②」

「リク、いる?」


 リクがやる気のない目を向けると、そこには明るい声を響かせた主、スハラがいた。彼女自身もまた、旧寿原邸が人の形をとったものだ。

 後ろに束ねた金色の長い髪を風に揺らし、臙脂(えんじ)の袴姿でさっそうと風を切るその姿は、とても凛としていて、さらには彼女の活発さや明朗さも相まって、街の中でもとても目立っていた。

 そして、リクとは、同じ「付喪神」として仲が良く、たまに理由もなく訪れることがあるくらいに交流はあった。


「そんな生気の抜けた顔してどうしたの」


 確かに、今のリクには覇気はない。う~んと唸るリクに、スハラが心配して悩みなら聞くよと言うと、リクはその重い口を開いた。


「…どうやったら、筋肉ってつくと思う?」


 はっ?というスハラの素っ頓狂な声に、リクは改めてため息をつく。


「なんかこう、強そうな感じってあるでしょ。あんなふうになってみたいなぁって」


 リクの言葉に、スハラはある出来事を思い出す。


「…もしかして、去年のプロレス観たやつを言ってるの?」


 スハラが言うと、リクの目がぱっと輝く。そして、そういえばあの時もリクの目は輝いていたっけと思い出す。

 滅多に見られない興行だからと、リクをプロレス観戦に誘ったのはスハラだった。当初は行くことを渋っていたリクだったが、スハラのほかにミズハやスイ、テンなどほかの人たちも行くことから、あまり乗り気はしないけど行くことにしたのだ。

 結果、一番ハマったのはリクだった。

 あれ以来、リクは人知れず、悩んでいたというのか。


「いや、リク、自分の存在考えなよ」


 ていうか、リクがプロレスラーのようになったら、リクファンの奥様方がきっと泣く。

 スハラの冷たいツッコミに、リクは怒るどころか悲しい目をして、そうだよねぇとため息交じりに返す。


「僕だってわかってはいるんだよ。ムキムキな神父なんて、この教会の雰囲気にちょっと合わないよね」


 だけどなってみたいんだよなぁーとリクは力なくうな垂れる。


「僕だって教会じゃなくて、銀行とか鰊御殿とか旧北海製罐倉庫の『ヒト』だったら、きっともう少しごつい感じになれたんだろうなって思うんだけどさぁ……北海製罐第3倉庫の『スパイラルシュート』なんて、なんかわかんないけどすごくかっこいいじゃん」


 スハラは、真面目な悩みも、(本人はいたって本気な)こういう悩みも一応真剣に聞いてくれる数少ない人だ。

 だから、リクはこれまで考えてたことを、ここぞとばかりに口にする。こんなことは、スハラにしか言えない。


「スハラはどう思う?もし、自分が自分じゃなかったらって」


 自分がほかの誰かだったら。ほかの誰かになれるとしたら。


「そんなこと考えたことないなぁ。私は私だよ。リクだって、リクなんだよ」


 スハラはきっぱりと言うが、きっと今リクが求めているのはそういうことではない。今度はスハラがう~んと唸る番だった。どうすればリクの悩みは解決するのか。

 束の間考え込んだスハラは、思いついたことを口にする。


「そんなに言うなら、セイカ…旧北海製罐倉庫に会ってみる?」

「え、会えるの?」


 リクの声音が嬉しそうなものに変わる。

 さっきリクが憧れのように挙げた中にいた旧北海製罐倉庫は、リクやスハラと同じ付喪神で、スハラの友達でもある。ただ、リクが思ってるような『ヒト』ではないが、スハラはあえてそのことを伏せておく。


「リクの悩みが解決するかもよ」


 スハラは日程決めて教えるねと、リクが頷くのを確認してから、手に持っていた紙袋を手渡した。

 中には、おすそ分けのミカンが入っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る