第10話
彼女の名前は、
優れた身体のラインと美しい顔を持ち、一定以上近付いた男性の情欲を否応なしに喚起させてしまう。それは彼女にとって呪いで、彼女に家族と呼べる人間はいない。学校にも通えず、ずっとひとりで生きている。
自分の身体と顔に絶望して、何度も何度も生きることをあきらめようとしていた。そして、その度に、店に行って。漫画を読んで日々の生きる心を、なんとか、なんとか繋いでいた。
自分の身体と顔を使わなくていいという理由で、インターネットでの配信を行って収入を得ている。すでに人生4回分程度の手持ちがあり、自分との仲を取り持たせるために、店主に人生1回分程度の金を渡した。
「人生1回分か。おそろしいな」
『スーツケースの中身が札束じゃなくて有価証券だったのに気付いたときは、鳥肌が凄かったよ』
「それだけもらっていりゃあ、まあ、しかたないか」
『だろ。わかってくれ』
「俺がその倍払うと言っても、どうせ聞かないんだろうな」
『ああ。どの情報を与えて誰の側につくかは、俺の匙加減だ。そして、俺は今回彼女側につく』
「彼女は」
訊こうとしたことが残酷なことだと気付いて、やめた。
『お前が抱いてやれよ。最初で最後の男になってやれ』
訊けなかった問いに対して上手く答えてくれる店主の優しさが、ありがたかった。
『お前なら、彼女の呪いを、幸せな暖かさで包んでやれる。お前だけだ』
励ましではない。事実を言われている。
『そして、できれば、お前には長生きしてほしいと思ってるんだ。俺は。まあ、俺が言えた話じゃないんだが。漫画を読みに来てくれる友だちが減るのは、かなしい』
「やめろよ。湿っぽい空気になる」
自分が死ぬことで、誰にも悲しんでほしくなかった。
「そうか」
死ぬことで。そう。自分が死んだら。彼女は悲しむ。だから、会えない。ふれられない。
「自分のためか。そうか。ぜんぶ自分が」
死にたいだけで。それだけで。
『おい。どうした』
力の抜けた笑いが、くぐもって出てくる。
「いや、すまん。なんで彼女を抱けないのか。いま分かった。理解した」
単純だった。とても単純で、絶対に相容れない事実。
「わかった。彼女に会おう。連絡してくれ」
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