第10話

 彼女の名前は、季捺きなつ功夏こうか。18才。

 優れた身体のラインと美しい顔を持ち、一定以上近付いた男性の情欲を否応なしに喚起させてしまう。それは彼女にとって呪いで、彼女に家族と呼べる人間はいない。学校にも通えず、ずっとひとりで生きている。

 自分の身体と顔に絶望して、何度も何度も生きることをあきらめようとしていた。そして、その度に、店に行って。漫画を読んで日々の生きる心を、なんとか、なんとか繋いでいた。

 自分の身体と顔を使わなくていいという理由で、インターネットでの配信を行って収入を得ている。すでに人生4回分程度の手持ちがあり、自分との仲を取り持たせるために、店主に人生1回分程度の金を渡した。


「人生1回分か。おそろしいな」


『スーツケースの中身が札束じゃなくて有価証券だったのに気付いたときは、鳥肌が凄かったよ』


「それだけもらっていりゃあ、まあ、しかたないか」


『だろ。わかってくれ』


「俺がその倍払うと言っても、どうせ聞かないんだろうな」


『ああ。どの情報を与えて誰の側につくかは、俺の匙加減だ。そして、俺は今回彼女側につく』


「彼女は」


 訊こうとしたことが残酷なことだと気付いて、やめた。


『お前が抱いてやれよ。最初で最後の男になってやれ』


 訊けなかった問いに対して上手く答えてくれる店主の優しさが、ありがたかった。


『お前なら、彼女の呪いを、幸せな暖かさで包んでやれる。お前だけだ』


 励ましではない。事実を言われている。


『そして、できれば、お前には長生きしてほしいと思ってるんだ。俺は。まあ、俺が言えた話じゃないんだが。漫画を読みに来てくれる友だちが減るのは、かなしい』


「やめろよ。湿っぽい空気になる」


 自分が死ぬことで、誰にも悲しんでほしくなかった。


「そうか」


 死ぬことで。そう。自分が死んだら。彼女は悲しむ。だから、会えない。ふれられない。


「自分のためか。そうか。ぜんぶ自分が」


 死にたいだけで。それだけで。


『おい。どうした』


 力の抜けた笑いが、くぐもって出てくる。


「いや、すまん。なんで彼女を抱けないのか。いま分かった。理解した」


 単純だった。とても単純で、絶対に相容れない事実。


「わかった。彼女に会おう。連絡してくれ」

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