遠い宇宙の君へ

水妃

第1話 メッセージ


<メッセージ>


——私は、今、X億光年先の惑星にいる。


君たちの地球は昔の我々を見ているようだ。


行き過ぎた競争社会のままでは、人類がこの先も生き残ることは難しいだろう。


我々の惑星の歴史が、君たちの未来のヒントになればこれほど嬉しいことは無い。


どのような選択をするかそれは君たちにかかっている。


それでは、さっそく始めるとしましょう。


君たちの未来の為に——



<歴史>


その惑星セルカークの民は、当然生きる為に狩りを行い生きていた。

最初は三人~五人くらいの家族で暮らしていたが、やがて、集落、村、町を作り、そして、それは国へと発展していった。


国と国は領土を広げる為、やがて戦争となり、何度も何度も血をめぐる戦いをしてきた。沢山の命は失われ、悲劇は何度も繰り返された。


時は経ち、星では経済活動が発展していった。

資本家は効率を求め、全ての仕事をテクノロジーによってオートメーション化することにより、労働者は次々と仕事を失った。

郵送をしていた民はドローン技術に仕事を奪われ、警備をしていた民はAI搭載の警備ロボに仕事を奪われた。

会計士も、料理人も皆、職を失った。

全てはテクノロジーによるオートメーションとなった。


ある国では仕事を失った民に保障をしたが、まだ働けている民からは不平不満が生まれた為、生きていくのに必要な額を働けている者含めて全国民に給付した。

ある国では、保障はしなかった。

結果、職を失った沢山の民は暴動を起こし治安は悪化、最後は国に対して反乱を起こし、内戦状態の末に、そういった国々は亡びた。

そのような混乱や悲劇はあらゆる国々で何千年もの間、続いた。


その中で最後に唯一残った国の名はオール。


オールでは大企業である、オッドテクノロジー社が国以上に権力を所持していた。

国王も以前のように神格化はされておらず、お飾りとまでは言わないが唯一の力と言えば王に通貨発行権があることだけだった。


オールでは、過去にあったあらゆる国のテクノロジーを統合し、交通機関、運搬、警察機能、食料生産、手術などの医療技術、レストラン、全てがテクノロジーによって自動化されていた。


オッドテクノロジー社の一族、そしてその幹部職員以外の民は、職を失った状態ではあったが、国からの一定給付により、オッドテクノロジー社のサービスを利用する事で何とか生活をすることは出来ていた。

その給付はあくまで生活最低限であり、貯蓄をするなどは難しい額だった。これにより、王は民の生活をコントロールしている状況だった。


<始まり>


「キース、あの件、どうなった。明日までに仕上げる予定だろう?」

いつもの如く激しい口調のオッドだった。

オッドは小さな頃から英才教育を受け、早くに亡くなった父の跡を継いでオッドテクノロジー社の社長として君臨している。

青色髪でオールバック、そして鋭い眼光が特長だ。

このオッドテクノロジー社の服装は地球でいうスーツに似ているがジャケットがつま先近くまで長いデザインだ。

ロングコートのイメージに近い。

社長のオッドは黒を好んで着ている。

他の幹部は白を基調とし、所々万華鏡を覗いた時に見えるような模様がデザインとして刻まれている。


「兄さん、大丈夫さ、僕は何だかんだいっていつも遅れたことがないだろう? もう少し僕を信じたらどう?」


キースは不満そうな声で答えた。


「あぁー、悪い悪い! そうだったな。しかし、時間は無いからな。なるべく早く頼む」


「うん、わかってるよ!」


彼はオッドの弟のキース。

前髪がアシメで左側が少しはねているのが特長だ。

兄であるオッドの二十歳年下。

オッドテクノロジー社のオートメーション化をさらに強化したのはキースだ。

小さな頃から、彼は何故かAIの技術を学んでもいないのに、あらゆる製品を感覚で作ることが出来た。

兄のオッドは、オッドテクノロジー社のサービスを活用して、多くの人々の幸せを実現したいと考えている。

全てオートメーション化となった今、その中で生きる楽しさ、新しい生き方の提示をしていくことが自分の生きる使命と考えている。

その想いにキースも強く共感し、今まで共にビジネスを発展させてきた。

人々に対していつも優しいオッドは、キースのヒーローだった。


ただ、その時、キースはまだ兄の本当の目的を知らずにいた。


<エンターテイメント>


オッドテクノロジー社の外観は楕円形のドームとなっている。

デザインは全てクリスタルカラーとシルバーで統一されている。

また、従業員は最高幹部以外、AIロボとなっており、執行役員の一部でさえ最新のAIロボだ。


この国のAIロボは基本的な見た目は雪見だいふくのような白くて丸い体に可愛い目が二つついている仕様だが、

用途によってその姿からあらゆる形に変化する事が出来る。


例えば、新サービスを作っている技術開発局の入り口には警備特化型に姿を変えたAIロボが何体も常に監視している。

このロボはとても筋肉質で身長は二メートルを超え、且つ、地球の警察のようにしっかり制服を着ている。

立ち入り禁止区域にこんながたいの良いロボがいたら誰も近づきたいとは思わないだろう……。

そんな厳重管理されている部屋にキースとオッドは新サービス開発の為、ずっと寝泊まりし仕事をしていた。


「兄さん、例のプログラム出来たよ」


「キース、さすがだな。期限前の仕上がりだ。それではさっそく起動し、意識を転送してみよう」


静かな起動音と共に新プログラムが立ち上がる。

頭に繋がれた一つのコードから、システム本体に意識が転送されていく。

それはまるで、インターネット接続と変わらない状態だ。

このプログラムの名はオッドテクノロジー社の新サービスである、


『エデンプログラム』


人々の意識をデータ化し、肉体以外に乗り物やアバターに意識を転送することが出来る。今まで出来なかった自分自身が飛行船になり銀河を超えた宇宙旅行も可能になるし、ゲームの中のアバターに意識を転送することでその中で自分自身がゲームキャラクターとして遊ぶことも出来る。

人々に仕事、労働が無い今、全力で遊ぶことが人々の『仕事』だ。

そう、まさに、これはエデン。理想郷だ。


「キース、次に私の意識をゲーム内のアバターに転送してくれ」


「了解」


キースは操作用のクリスタルレッドのレバーを動かし、一度システム本体に転送された意識をさらにゲーム内のアバターに転送していく。


「兄さんどうだい?」


「うん、大丈夫だ。アバターが自分自身と何ら変わりない感覚だ。次に敵のキャラクターを出現させてみて欲しい」


オッドの指示とほぼ同時にキースは早々と操作をする。


「了解、ドランゴンいくね」


「おい、最初から……」


苦笑いをするオッドを置き去りにしたまま、目の前に漆黒のドランゴンが現れ、物凄い勢いで炎を吐き出す。それを上手く躱すオッド。ドラゴンは続けてオッドを踏みつけようと攻撃を仕掛けてくる。

間一髪避けた次の瞬間、ドラゴンが地面目掛けて放った炎を身体全体に浴びてしまった。


「兄さん、大丈夫!?」


オッドからの応答が無い。


「兄さん……!?」


続けざまに呼びかけるが応答が無い状態が続く。

心配になったキースは、とっさに修正プログラムの起動を試みたその時、


「ハハハハ! 冗談だよ。生きているよ。

さすがキースのプログラムだ。

熱いという感覚は強くあるが本当に死なない。

今までのゲームとはまるで違う。自分自身がこのゲームの中でリアルに楽しむことが出来る」


冗談交じりの発声と共に聞こえたのは、心から歓喜した言葉だった。


「もう! 心配したよ。何か不具合があったのかと思ったじゃないか……。

でも、そう言ってもらえて嬉しいよ、兄さん。作った甲斐があった。

それでは意識を肉体に戻すよ」


頼む、というようにオッドは頷いた。

キースは再度レバーを動かし、転送されていた意識を身体へと戻した。


「兄さん、明日にはこのレバーも必要無くなるよ、この操作自体も全てAIにやらせるようにするからさ」


「お得意のオートメーション化だな。楽しみにしているよ。あと、例のSNSサービスのアップロードも頼む」


「あれは既にアップロード済みだよ。意識とSNSを繋いで、記事や自分の記憶にある映像なども、ふと思うだけでネット上に投稿出来るよ」


少し得意気な様子のキースの言葉に、オッドも感心した様子だった。


「仕事が早いな。サービスのリリースは来月だ。プロモーションに関しては、ベインに任せるよ」


「わかりました。さっそく取り掛かります」


ベインは感情が無いとも思えるような表情で返事をした。


<ベイン>


オッドの右腕であるオッドテクノロジー社のナンバー二であるベインは、容姿がキツネのような鋭い目をしている。

小さい頃から秀才で学生時代はいつも成績が一位であった。

また、頭脳だけでは無く運動神経も良く格闘技の大会で賞を獲得した経験を持つ。

オッドテクノロジー社に入社してからは、その頭脳を活かし、主に財務やプロモーションを担当している。


民に新しい生き方を提示するには、

『こんな楽しい生き方がある』『仕事が無くても人生は素晴らしい』といったようなプロモーションが重要だ。

今まではほぼ全員に仕事があったが、

現在仕事をしている民はオッドテクノロジー社の最高幹部のみだ。

国民の生き方の再定義をするには強いメッセージが必要だ。

彼は、オッドテクノロジー社のプロパガンダ担当と言ったほうがより明確だろう。


「ミスターササキ、エデンプログラムの広告は順調か?」


ベインは予定通りプロモーション計画が進んでいるかを直属の部下に確認した。


「ベイン様、ご安心下さい。TVコマーシャル、ネット広告など全てのチャネルで計画は進んでおります」


「そうか。それなら安心だ。全国民に行き渡るよう徹底するように」


ベインは、失敗は許されない、ということをササキに念押しすると彼の肩を叩きその場から姿を消した。


<サービス開始>


「さぁ、国民の皆さん! いよいよ我が社の新サービス、エデンプログラムが本日よりスタートします! そんなに慌てず並んでお待ちください!」


白のロングジャケット、

中は水着という何とも不思議な姿の女性型AIロボが両手を大きく振り、

Fカップの大きな胸を揺らしながら、甲高い声で誘導している。内臓スピーカーがある為、広範囲に声が届いていた。


この日、巨大なドームに約七十億人の国民がエデンプログラムを体験する為に訪れていた。ベインのプロモーションで、ほぼ全国民の七十億人の来場だ。


『あなたの意識を転送し、憧れのゲームのキャラクターになろう!』

『意識を転送し、自分が宇宙船となり宇宙旅行を楽しもう!』

『今まで感じたことのない夢の体験、エデンへ!』


約一か月、毎日のように繰り返される宣伝は時間が有り余っている民の興味をそそった。

会場に入った民は複数のAIロボの案内にて個別のカプセルベットに寝かされる。

一人ずつおでこにコードを当てて、システム本体に意識が転送されていく。

キースが改良を加えたことにより、コードをおでこに触れさせただけで、意識が転送される仕様となっている。

エデンプログラムはこの約七十億人が様々なゲームを選択し、遊ぶ。


例えば、憧れのゲームキャラクターや自身がデザインしたアバターに意識を転送し宝探しのゲームを行う者、自分自身の意識を宇宙船に転送し自分の身体のように宇宙船を操り、宇宙旅行を行う者、意識をSNSに転送して自分の思い出を動画や写真、文字で掲示板に残す者、それぞれだ。仕事が無い状況ではいかに暇な時間を遊びに使うかが大切だ。


<ゲーム>


「お父さん、このドラゴン強すぎるよ!早く攻撃してよ!」


「分かった、今行く! でりゃー!」


「お父さん強い! カッコイイ!!!!」


親子が戦いに夢中になっている側では、

「なぁ、あそこにあるパール盗んじゃおうぜ。あの家族、戦いに夢中だ。奪うなら今がチャンスだ」


「そうだな、あのパールがあると、このゲームで最強の剣『ラグナ・カリバー』と交換してくれるという噂だからな」


ゲームの中には簡単なルールがあるのみで、例えば最後のボスであるフェニックスに打ち勝つことで宝をゲットしクリアする事ができるといった設定くらいだ。不死鳥の為、最強の剣を手に入れることでしか倒すことが出来ない。


宇宙旅行では旅行安全区域を念の為に設けている。

ゲーム内では様々な心理が出てくる。

人々の思惑、犯罪心理、悪賢さ、優しい心。

全てがこのエデンプログラムの中で表現される。

SNSでもそうだ。自分の意識を転送し、想い出を記載する中で誰かを批判する記事を投稿する者もいる。

また宇宙旅行に出かけた者も安全区域を超えて宇宙旅行をする者もいる。


例えばこんな具合に。


「自分の身体が宇宙船になっている! 好きなように宇宙空間を動き回ることが出来る! 自分の意志でこんなことが出来るなんて!」


「テツ! そこまで行っては行けないルールだよ! 早く戻っておいでよ」


「大丈夫だよ! 少しくらい! もう少し銀河の果てまで飛んでいこうぜ!」


「もう! どうなっても知らないんだから!」


自分を制御することはとても難しいことなのだ。


<データ分析>


「ノウェル、プログラム内の思考データはどうだ」


「オッド様、順調に集計出来ていますヨォ」


およそ一万台近くのディスプレイを確認しながらノウェルは答えた。

まるで狸のような容姿のノウェルは、オッドテクノロジー社のナンバー三。

データ分析担当だ。理系トップクラスの大学を首席で卒業している。

データ分析に関して、彼女の右に出る者はいない。


「エデンプログラムにてデータ転送した意識のスコア化をしっかり行うように」


「はい。分かりました。必ず正確に実行しますヨォ。キースが作成したプログラムと私が作成した集計プログラムがあれば間違いはございません」


いつものように顎の下にある二つのイボを掻きながらノウェルは答えた。


「そうか、正確に頼むな」


「承知致しました」


<日常の中で>


エデンプログラムがスタートしてから、国民はこのプログラムに喜びを見出していた。


「兄さん、成功だね! 国民が喜んでいるね!」


「そうだな。新しい生き方を伝えることが出来ていると思うよ」


「これからもさらにサービスを進化させてもっともっと国民に喜んでもらえるようにしたいね!」


キースはこれ以上無いと思えるような笑顔で言った。

キースはオッドと共に、アイディアを出しそれを実現していくといったこのサイクルが昔から好きだった。


頭でイメージして二人で話し合ってそれを実際に形にしていく。

そして、多くの人々が喜んでくれる。キースとオッドのコンビはまさに誰にも負けない最強コンビだった。


二人が話しているといつも見ているニュース番組が聞こえてきた。


「四十三歳男性、二十五歳女性が昨夜から行方不明。心当たりがある方はAI警察までお願い致します」


「兄さん、何だか物騒なニュースだね。何が起きているんだろうか」


「我が社のAI警察がしっかり治安維持を行っているから問題ないだろう。しっかり捜索して見つけ出すことが出来るさ。心配することはないよ」


「そうだね。AI警察に解決出来ない事件は無いからね」


「その通り。さぁ、我々は仕事に戻ろう。どんどんエデンプログラムをブラッシュアップさせ、さらに楽しいプログラムにしなければな」


「了解!」


キースは親指を立てグッドポーズを取りながら言った。

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