第4話 謎解き(上)
「事件は二ヶ月前、探偵事務所のホームページへ書かれた一件の書き込みから始まる。
詳しくは言えないが、『青い傘をさした女性に付きまとわれた』といった内容である」
青傘の女!?私よりも先に私と同じ境遇の人がいたって事!?
「勿論、悪戯の書き込みも多い。だがそれから1ヶ月間に計5名がほぼ同じ文面を送ってきた。これは偶然とは言い難いだろう」
「待って。確かに偶然では無いかもしれないけど、流行りの噂話の可能性もあったでしょ?」
今までこの悩みを話した人達は口々にデタラメだと信じてはくれなかった。
だけど探偵は私の相談に一度も疑いの目を向けず信じてくれた。
その事がずっと気がかりだった私は、わざと探偵に食ってかかってみる。
今しかこの疑問を晴らす事は出来ないと思ったからだ。
すると、探偵は面倒くさそうに手を振ってみせる。
「傘が登場する怪奇話は多々存在する。例えば赤傘青傘や、から傘小僧等。噂話には尾ひれが付き、目撃者は一度の遭遇を語る事が多い。
だが今回は内容に尾ひれは無く、目撃者の遭遇回数は一度、もしくは二度。
どれも短期間に集中しておこったようだが、そのスパンが次第に早くなっている傾向にあった。
つまりこれは――、怪奇現象ではなく人為的事件の可能性が考えうる。
事の重大性を感じ、捜査に乗り出そうとしていた矢先に、依頼が入ったんだ。
三度という最多の遭遇を果たした
人為的!?青傘の女はやっぱり幽霊じゃなかったって事!?
いや、ちょっと待って・・・私は鴨ねぎだったって事?!・・・。
聞かなければ良かったと、分かりやすく肩を落とす私を後目に探偵は淡々と話を続ける。
「捜査を通して分かるこの事件の共通点は4つ。
・一つ、事件発生は雨の降る暗い夜。
・二つ、被害者は一人の女性。
・三つ、場所は人気の無い場所。
・そして最後に、同じ傘をさした人を見る。
あとは簡単だ、この条件で女性に付き纏い悪さを企む人間を探し出せばいい」
探偵が指さす先には、取り押さえられているスーツの男。
そして、男の傍らには開かれたまま転がる青い傘が――
私の背筋は再び氷河のように凍りつく。
「違う!!全部言いがかりだ!俺はたまたま此処を通りかかっただけでこの女も今初めて見たんだ!!捕まえるって言うなら俺が付きまとったっていう証拠を出して貰おうか!?どうせ無いんだろ!?お前らまとめて訴えてやるからな!覚悟しろ!!」
この期に及んでも、怒りを爆発させ暴れる男は、品のない笑い声をあげて勝ち誇った態度を崩さない。
すると、探偵は徐に私に歩み寄る。
「証拠。言わなければ分からないのか?
先程自信で証言したではないか・・・
その汚らわしい犯行の
私の折り畳み傘の柄を荒々しく掴み取り上げると、探偵は私の肩を捕まえて180度、くるり私の身を反転させた。
途端、遠心で私の髪は空に揺れ広がる。
開いた花が蕾むように、短く切りそろえられた黒髪の一本一本は、すぐに元の定位置へともどり、美しいボブスタイルを形作った。
「ぬなぁがあああぁぁぁーーーーー!!!!
あぁぁああああ!がぁっ・・・ぐっぅぅぅ・・・」
髪を見た男は、何とも怪奇な叫び声をあげて苦しみ悶えると、憤怒で耳まで真っ赤な顔で目から涙をどっと流して泣き始めた。
私はその姿を見て心底恐ろしくなった。
そしておかしな事に、脱力し生気を失った男が乱雑に引き摺られ、赤いランプが光る車に押し込まれる様を見て、この人は本当に私と同じ人間なのだろうか・・・と疑いたぐっていた。
青傘の女よりもずっと――
「怪我はなかったかい嬢ちゃん?」
沢山の警察車両を見送って立っていた私の肩を叩いたのは50代くらいだろうか?髪が薄く恰幅のいい警察官であった。
「いえ、お陰様で大丈夫です。ありがとうございました」
私が丁寧にお辞儀をするので、面映ゆいのか男性は薄い頭をかいている。
「面倒なんですがね、後日詳しく事情を聞かせて貰わんとならんのですわ。なんで身分証明書か何か拝見させて貰えますかね?」
そう言って警察手帳を見せられたら断る事なんて出来ないじゃないか。
仕方なくバックから財布を取り出す。
とんだ災難だった・・・
まさか不審者に襲われそうになっていただなんて・・・
だけど考えようによったら運が良かったのかも。
沢山の出費も安全と引き換えだったなら安いものだし、警察の人達やあの探偵には感謝しないとね。
「あの・・・探偵の方が警察に通報してくれたんですか?」
「あぁ、そうだと聞いてますな」
あれ?それにしてはパトカーの音が聞こえなかった。
「あの人、ただの不審者ですよね?それにしては駆けつけた警察の方が多くありません?」
「え、いやぁ偶然近くで事故がありましてね、そこからも何人か来ていたんですよ。全く、暇を持て余してる奴ばかりで頭にくるったら――」
怪しい。というよりおかしい。
今日たまたま探偵が私を見張ってて、そこにタイミングよく犯人が来て、運良く警察が近くに居て早く駆けつけた――なんて。
何もかも運が良すぎるんだ。
それに青い傘をさした男を、6人もの人が女と見間違うだろうか。
現に私も綺麗な女の人をこの目で確かに見た。
しかも彼女は私の目の前に居たのだ、背後に立っていた男と、動転していたとはいえ見間違える筈がないじゃないか!?
考えれば考える程おかしい事ばかりだ!!
「あっ、ちょ嬢ちゃん!?」
私は警官に財布から引き抜いた自動車免許証を押し付けると、手に持つ傘を道へ放って真っ直ぐに、未だ道路脇を眺める探偵の背へ向かって走った。
私は見た、この目で確かに見たんだ!
青傘の女を!!
「ねぇ!!聞かせて、貴方の
すると探偵はゆるりと振り返って、真っ直ぐに私の目を見据え呟く。
「ちゃんと誰でも理解できるよう話したつもりだが。あれで不満なのか?」
私が当事者なのよ、この事件の事は誰よりも分かっていると思っていた。
なのに何?この寂しさは――
私だけ、仲間外れで――
「馬鹿にしないでよ!!!」
手の平がじんと痛む――
叩いてしまった、人の顔を叩くってこんなに痛いんだ・・・
映画やドラマみたいに全然心がスッキリしない、むしろ自分で傷口を抉った時みたい。
後悔と罪悪感で吐き出しそう――
ぐっしょりと垂れ下がった前髪を掻き上げると、寸分違わず此方を見つめる探偵が――
頬が薄赤く染まりゆくのが、また心をヒリと撫で掻く。
「やっと見てくれた。ねぇ、ずっと誰を見て話してたの?
――なんて。もういいわ忘れて頂戴」
踵を返し歩きだそうとすると、狼狽えた様のさっきの警官が私の傘を拾って駆けついたところである。
丁度いい、私を追いかけて来てくれたんだろう、彼と共にさっさとこの坂を下ってしまおう。
「すまん
荒げた息をころして警官が真っ先に声をかけたのは、私ではなく探偵の方へだった。
「はぁ・・・。――分かった。あぁ。――俺は知らないからな、
さざね――?
雨音の隙間からそっと聞こえたその言葉が、妙な違和感と共に耳に残り、私の足を止めさせる。
『ほら』と片手を雨に濡らしながら無愛想に差し出す探偵の手を見た瞬間、私は警官から傘を受け取ると、考えるより先に駆け出していた。
今ここでこの手を取らなかったら、私はこの先一生この瞬間を後悔する!
迷子の幼子のように、私はその手を力一杯に握った!
瞬間――、
何もなかった目の前に、青傘の女が現れる。
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