遊びたい!(1)

 土曜日、主要駅の改札付近は人でごった返している。大きな時計の下のベンチは満席で、仕方なく近くの柱に寄りかかり、スマートフォンで時間を確認した。待ち合わせ時間の十五分前。少し早く来すぎてしまっただろうか?

 日菜子みたいにスマートフォンを使って前髪を整える。どうせ見た目なんて意味ないけど、慣れない遊びのせいか緊張している。カナデ、楽しんでくれるかな?

 考えてきた今日のプランを復習する。日菜子と若葉の協力もあり、プラン内容は完璧だった。わたしが道に迷うことさえなければの話だけれど。きっとカナデも楽しんでくれる、と信じたい。

 昨日、いつもの昼休みは上滑りをするような会話しかしていないわたしだが、思い切って日菜子と若葉に「二人は友達と遊びに行く時、どこに行く?」と聞いてみた。

「何!?まさか松波奏とデート!?」

 若葉が大袈裟に驚くけど、ちゃんと提案してくれた。

「私は柊氏とよく遊ぶけど、ゲーセンで音ゲーしたり、アニメショップ行ったりかな〜」

「音ゲー?」

「あ、あの有名なやつだと太鼓叩くヤツとか。他にも色々種類があるんだけどね〜ハマると結構楽しいよ」

 なるほど……と相槌を打ちながら、わたしは手元に用意していた小さなメモ帳に記録をしていく。「ゲーセン 音ゲー 太鼓、アニメショップ」……と。

 続けて、日菜子は友達と遊ぶ時じゃないけど……と前置きをした上で自身のプランを語ってくれた。

「駅ビルで一緒にぶらぶら雑貨を見たりとか、どこかカフェで甘いものを食べたりとかすることが多いかな?こないだは新作のフラペチーノを一緒に飲んだけど、美味しかったからおすすめだよ」

 メモ帳に「駅ビル、甘いもの フラペチーノ」と書き込む。ふむ、なんだか高校生っぽくなってきたぞ。

「あ、あとゲームセンターで、私は音ゲーはやらないんだけど、プリクラ撮ったりとか。ほら、コレとか」

 そう言って日菜子はスマートフォンを取り出し、背面を見せる。そこには日菜子と蒼が写ったプリクラが一枚貼られていた。大変仲睦まじい写真で、見ているこちらが照れてしまう。だけど、プリクラをスマートフォンに貼る行為はなんだか高校生感があって魅力的だ。ゲーセン、と書いた横に、プリクラと付け足す。

「ま、そんなに難しく考えなくても、美奈氏と遊びに行けばきっとどこでも楽しいよ」

 若葉は笑いながら、励ますようにわたしの背中を叩いた。あっけらかんとしたその笑い方は、まるで悩み過ぎだと言うかのようにわたしの気持ちを少しばかり軽くしてくれた。

「そうだね、結局、どこに行くかはそんなに重要じゃなかったりするよね。大切なのは、その人と一緒に時間を過ごしたっていうことなんだと思う」

 日菜子も微笑みながら、なんだか深い言葉を口にする。二人とも人生経験が豊富だなあなんて思いながら、わたしは手元のメモ帳を見つめる。このプランだと、主要駅に行けば大抵のことはこなせそうだった。

 そういうこともあって、今日は午後イチの時間に主要駅での待ち合わせを指定した。昨日のうちに、それぞれの店の場所は大体把握済み。スマートフォンがある時代に生まれて良かったとつくづく思う。地図アプリが無かったら、たどり着ける自信が全くない。

 カナデは待ち合わせの五分前にやってきた。いつも背中に背負っている黒い楽器ケースが無いせいか、いつもより足取りが軽く見える。人混みの中、片手を振りながらラフな格好で決めている。わたしも片手を上げて、カナデに近づく。

「ミナ、待った?」

「ううん、さっき来たとこ」

 デートっぽい会話に、カナデが笑って手を握る。温かさがじんわり伝わってきた。突然のことに驚いて言葉を無くしていると、余程変な顔をしていたのかカナデが吹き出した。

「ごめんごめん。今日は珍しくミナが誘ってくれたからさ。どこにエスコートしてくれるの?」

 ぱっと手を離して戯けたように笑う。片手に熱の余韻を感じながら、少しだけ名残惜しさを感じていた。

「ところで、ミナの私服って初めて見るね。かわいい、似合ってるよ」

「も……もう!からかってるでしょ!?」

 先ほどからのカナデの様子を見るに、明らかにわたしをからかっている。一時間ほど悩んで決めたワンピースを褒められるのは、悪い気はしないけれど。さらっとそう言うことを言ってくるから、心臓に悪いと思う。一体どこでそんな口説き文句を覚えてくるのだろう。もしかして、誰にでも言ってるの?

 わたしはニヤニヤとしているカナデから視線を外し、まずは駅直結のショッピングビルに向かって歩き出す。まあとりあえず、カナデが元気そうで良かった。出だしはまずまず順調と言えるだろう。

 カナデが横に並んで、「ありがとね、誘ってくれて」と小さく笑う。照れた横顔に、心臓がぎゅっと締まる。なんだ、その珍しい顔。わたしが知っているカナデは、大抵自信に満ち溢れたようなキラキラしている姿だから、そんな気弱そうな姿を見せられるとどきりとしてしまう。心情を悟られないように、わたしは先導をきって駅ビルのエスカレーターに足を載せた。

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