第八十話 出発はクリスマス


 私の名前は、リナ・マルデリタ。

 地球とマルデア星。

 二つの星を行き来して、色んな仕事をしている。


 マルデア首都のオフィス街にある小さなビルが、私の根城だ。

 ガレナさんと二人で立ち上げたゲーム販売会社には、既に二十人近い社員がいる。


 私は二階のデスクで、今後のスケジュールを確認していた。

 魔術カレンダーは、今年の最後の月を示している。

 冬真っ盛りという感じで、外は雪が降っていた。


 初めて地球にワープしたあの日から、約一年の月日が流れた。

 私も一つ年を重ねて、十六歳になった。


 これまでに行った場所は、沢山ある。

 日本、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストリア。

 イタリア、エジプト、タイ、インドネシア、ドイツ。


 いろんな国を訪問した。

 それに、色んなゲームをマルデアに運んできた。


 オフィスで発売したゲームを並べてみると、なかなかの見栄えだ。


「私たち、結構がんばったわよね」

「ああ……」


 サニアさんとガレナさんが、発売したソフトたちを眺めて感慨深げに呟いている。


「売上も凄いっスよ。新作のオールスターは完売状態っス」


 経理のメソラさんは、デバイスを眺めながら商売の結果に満足げだ。

 私はみんなを眺めながら言った。


「みんな、よく頑張ってくれたと思います。

でも……。まだまだ、こんなもんじゃありませんよね。地球のゲームは」


 マルデアにおけるビデオゲームの歴史は、まだ始まったばかりだ。

 これから、ゲームはどんどん文化的な豊かさを得て盛り上がっていく。

 あのワクワクを、この星に伝えなきゃいけない。


「ええ、まだこんなの序の口よ!」

「まだまだ、首都圏以外は手を付けてない地域ばかりです。国外なんて一歩も出てませんしね」

「ああ、いずれこの星の全土にゲームを伝えるんだ」


 みんなで手を合わせ、私たちは次に向かって歩き出す。


 もちろん、私の仕事はゲームだけじゃない。

 地球に魔石を運んで、色んな国を巡って、みんなが笑顔になれるようにする。

 それが目標だ。



 一人で地球へ向かうのは、もう慣れた。

 降りる場所がちょっとズレるくらい、愛嬌だよね、……多分。


 今回も新しいゲームを受け取るために日本に向かうんだけど、その前に。

 次はどの国に行こうか、楽しみに世界の地図を眺める。

 そうして毎回国を選ぶんだけど……。


 この間、ある国の政府から連絡が来たんだよね。

 内容は、『リナ・マルデリタ絵画展を開きたい』という要請だった。

 私はあんまり芸術の方面には明るくないんだけど。

 色んな画家が私をテーマにして描いた絵を集めた展覧会をやりたいんだって。

 しかも、フランスのパリで。


 どう思いますかね……。

 芸術の街で私ばっかり描いた絵の展覧会って。

 依頼文の内容はこうだ。


『今、フランスの画家たちの間でリナ・マルデリタを現代の英雄として描くブームが起きている。

今に生きる画家たちがあなたをどう捉え、どう描くのか。

現代芸術として展示し、市民にもその目で見てもらいたい』


 そんなフランス政府からの依頼というか、私の名前を使う許可の申請だった。

 なんていうか、ちょっと恐縮するよね。


 でも私は別にこういうのを嫌がるとか、止めたいとか思うわけじゃない。

 画家たちにとっては芸術であり表現なんだろう。

 だから、『どうぞ好きにやってください』と返事した。


 ただ、やっぱり気になるんだよね。どんな風に展示されるんだろう。

 それを考えると、ちょっと見ておきたい気がした。


 というわけで今回は、フランスはパリを目指す旅だ。

 まあ、絵画展を見るのはついでとして。

 花の都と呼ばれるパリを見物しようと思っている。

 世界の主要都市と呼ばれる場所だからね。

 色んなものが見れそうで、楽しみだ。



 そうと決まれば、出発準備だ。

 今月はスウィッツが四万台売れ、ソフトも新作を中心によく売れた。

 その資金で今回は、四万個の魔石と四百個の縮小ボックスを購入。

 変換部品と共に輸送機のカプセルに入れて、地球行きの支度を済ませた。

 フランス語も、日常会話くらいは出来るようにしておいた。



 出発の日。

 私はいつものように魔術研究所へと向かった。

 ワープルームには、白衣を着た社長が待ってくれている。


「フランスのパリか。私もゲームで何度か見た事のある町だな」


 今回の目標地点は、ゲームでしか地球を知らないガレナさんでも知っている超有名都市だ。

 とはいえ、そこにピンポイントで行けるとは思ってないけどね。


「では、行ってまいります」

「ああ。健闘を祈る」


 いつもの挨拶と共に、私の体を光が包み込んで行った。




 次の瞬間。


 私は木の傍に立っていた。


 朝の冷えた空気が肌を撫でる。

 見渡す限りの白い雪景色の中。

 古き良きヨーロッパの街並みが広がっていた。

 さて、ここはどこの町だろう……。

 人を探して歩き出そうとした、その時。


「ねえ、もみの木の前に誰か現れたよ!」

「サンタさん!?」


 後ろから甲高い声がした。

 どうやら、子どもたちに見つかってしまったらしい。

 出足からちょっと面倒な事になったね。


 今日はなんと、十二月二十五日。

 みんながウキウキするクリスマスの朝だ。

 サンタさんに間違えられるのも仕方のないタイミングだろう。

 どうしようかと頭をひねっていると、先頭の少年が私の顔を覗き込んで言った。


「ねえ、もしかしてリナじゃないの?」

「そうだよ。いきなり出てくるなんて魔法しか出来ないもん」

「リナがマルデアからワープしてきたんだ!」


 くう……、変装してるのにバレてしまった。

 子どもたちがはしゃぎ出すので、私はあわてて人差し指を口に当てた。


「しーっ、あんまり騒がないで。プレゼントあげるから」


 一応、私もこのシーズンのための準備はしてきた。

 サンタになるの、ちょっと夢だったんだよね。


 私は輸送機からプレゼントの袋を出し、子供たちに渡していく。

 多めに用意しといてよかったよ。


「わあ、ありがとう!」

「何が入ってるんだろ!」


 彼らは嬉しそうにプレゼントを掲げ、目を輝かせる。


「マルデアの魔法服だよ。大事に使ってね」

「やった! 魔法グッズだ!」

「なんだか生地があったかいわ!」


 少年少女たちは早速中を開けて大喜びだ。

 まあ、今日という日は子どもたちを喜ばせるためにあると言ってもいい。

 ちょっとくらい気前よく振舞っても誰も文句は言うまい。


 魔法と言ってもちょっと保温に強いとか、その程度のものだけどね。

 三十ベルくらいで売ってた冬物セールだとは言うまい。


「じゃあ、私の事は秘密にしといてね。そういえば、ここなんて町か知ってる?」

「マルセイユだよ!」


 少年が元気な声で教えてくれる。

 マルセイユは、フランスの南部にある有名な港町だ。

 パリへは少し長いけど、移動は簡単だろう。


「ありがと。じゃあね」


 私は彼らと別れ、丘の上に出た。

 傍には聖堂が見える。


 さて、駅はどこだろう。

 私は見晴らし台から町を見下ろす。

 適度な自然に覆われた古い町並み。遠くには海が広がっている。

 いい景色だ。

 私は魔術マフラーにくるまりながら、マルセイユの景色に見とれていた。


 ここからまた、新しい旅が始まる。



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