第六十三話 俺の管轄区域にリナが来た…



 俺はロイ・フリーマン。アメリカの警察組織の人間だ。

 今はインドネシアで要人の警護などをしながら、この国の情勢や地理の把握に努めている。


 何のために? それは単純だ。

 去年から、マルデアという星の大使が毎月ワープで地球にやってくるようになった。

 そのワープの正確性が、非常にあやふやなのだ。

 毎回ランダムに落ちてくる彼女をどうサポートすべきか、米警察の本部では常に議論がなされている。


 俺がここで暮らしている理由は他でもない。

 マルデア大使がもしインドネシアに降りた時、安全の確保とサポートをするためだ。

 もちろん現地の警察も全力で動くだろうが、彼女に万が一があってはならない。

 そのため、米警察は俺のような人材を世界中に配置している。


 だが、彼女が本当に俺の管轄区域に来るのかというと、そんな確率は極めて低い。

 だから俺の仕事はやはり、基本的に要人のお守りなのだ。


 今はちょうど、政治家の街頭演説を警備している所だった。


「この国に工場を建設し、雇用を増やして経済を改善していく事をお約束します」


 アメリカの政治家が、インドネシアの市民にそう語りかけていた。

 まあ、俺にはどうでもいい話だ。


 工場が雇用を増やそうが、廃棄物で汚染を垂れ流そうが、俺の人生にはあまり関係がない。

 インドネシアでの任務期間は二年だ。


 早く任期を終わらせ、フロリダで待つ娘や妻に会いたい。

 それ以外の目標は特にない。

 子どもの頃ヒーローに憧れていた俺は、世帯じみた考えを持つ普通の男になっていた。


 演説が終わると、政治家たちは車で去っていった。

 俺は一息ついてポケットからスマートフォンを取り出す。

 ニュースを見ると、当然のようにピンク髪の少女がトップニュースに踊る。


『CAPKENのアーケードゲーム機がマルデア星へ進出。

現地で格闘ゲームを楽しむ異星の少年たち。マルデア親善大使が投稿』


 なんとも奇妙なニュースだ。

 本来ゲームの話題は、世界の政治経済のトップニュースになるようなものではない。

 特にこのアーケードの話題など、多分金額としては百万ドルも動いていないだろう。

 だが今は、これが地球にとって重大なニュースなのだ。


 マルデア星は、奇妙な事に地球のビデオゲームを欲している。

 それ以外にはあまり興味がないのか、取引がほとんど無いらしい。


 我々地球人は、それとひきかえに革命的な魔石や魔術品を輸入している。

 今やゲームはこの星の重要な輸出品なのだ。


 ニュース記事の写真には、アーケード機に群がる耳の長い学生たちの姿があった。

 そういえば、俺もガキの頃にスタ2を遊んでいた事がある。


 1990年代前半。アメリカでも当時、格闘ゲームが流行っていた。

 商業施設のゲームフロアで、大人や学生たちに混じって腕を競ったものだ。

 そんな過去を思い出すと、不思議と少し笑みが零れていた。


 ニュースを閉じると、壁紙には愛しいアンナの顔が映し出される。

 今年で五歳になる娘に直接会ったのは、もう半年ほど前の事だ。

 仕事なので仕方がない事だが、やはり寂しくはある。


 さて、何か食べて元気をつけなければ。

 目に入った店に入ろうとした、その時。


 緊急用のコールが鳴った。


「こちらフリーマン」


 通信を取ると、指令の声がした。


「本部から緊急命令だ。現在の任務を切り上げて最優先で動いてもらう」

「切り上げ? 何があったんですか」


 異様な雰囲気を感じて問いかけると、テーブルを叩く音がした。


「リナ・マルデリタがそちらに降りた。彼女のGPSがタシクマラヤを指している」

「な……。本当ですか」

「この通信でこんな嘘を言ったら、私は首だ。わかるな。

すぐに向かい、彼女を守れ。金はいくら使ってもいい」

「守るというのは、誰から?」

「全てだ」

「……。わかりました。位置をお願いします」


 俺の要請に、本部はすぐにGPSの位置データを送りつけてきた。

 どうやら本当に冗談ではないらしい。ならば、行くしかない。

 だが、走っていくには大分距離がある。

 俺が周囲を見渡すと、近くにバイクショップがあった。

 急いで店に入り、中にいた店員の青年に声をかける。


「すまない、このバイクを売ってくれ」

「はあ?」

「カードで全額払う。すぐに走れるようにしてくれ」


 クレジットカードを出してカウンターに置くと、奥から店長らしき男が出てきた。


「兄ちゃん、そう焦るな。購入には手続きってもんが……」

「一刻を争う事態だ。急いでもらいたい。どのバイクでもいい」


 警察手帳を突き付けると、男は「わかった」とすぐに奥からバイクを出し、キーを渡してくれた。

 俺はスポーツバイクのエンジンをふかし、道路に躍り出た。


 スマホでGPSが示す位置を確認しながら、マルデア大使がいる場所へと向かう。

 だが、ここで妙な事が起きた。彼女がいきなり速度を上げて移動し始めたのだ。


 何をどうしたのかは知らんが、バイクでは追えない速さだ、まずいな……。

 そう思った時、彼女はピタリと止まった。

 目的地についたのだろうか。

 俺はアクセルをふかし、その場所へ急いだ。



 風を身に受けて車道を走りながら、異星の少女の顔を思い浮かべる。

 彼女のニュースは、俺もずっと追いかけてきた。


 最も印象に残っているのは、やはりハリケーンの一件だ。

 大使であるはずの彼女が、災害が襲い来る現地に向かった。

 そして、魔石を使って魔法で災害を消し去った。


 これは世界的な大ニュースとなり、誰もがあの映像を目に焼き付けた。

 俺もその一人だった。

 まるで、映画に出てくるヒーローのよう。

 いや、そうじゃない。


「本物のヒーロー、か……」


 そんな人物の元に向かって、警護に当たるのだ。

 少し、身震いがした。



 行き着いた場所にあったのは、料理屋だった。

 食事をしているのだろうか。

 バイクを止め、店の入口へと足を踏み入れる。


 すると、中から少女が出てきた。

 ピンク色の髪。長くとがった耳。

 ニュースでもよく見た、可愛らしい丸い瞳。

 その特徴的な見た目を隠しもせず、誰も連れていない。


 世界を揺るがす重要人物が、そこらの店から一人で出てきたのだ。

 驚くべき事だが、事実なのだから仕方がない。


 肩で息をつきながら、声をかけてみる事にした。


「はぁ、はぁ。君は、リナ・マルデリタで間違いないのか?」


 すると、彼女はすんなりと頷いた。


「はい。あなたはどなたですか?」

「俺はロイ・フリーマン。アメリカ警察の人間だ」


 手帳を出して見せると、彼女は苦笑いして言った。


「アメリカさんが先でしたか。私の場所は、GPSで調べたんですか?」

「その通りだ。上の命令で君の身を守りに来た」


 どうやら、こういったやり取りにも慣れているらしい。


「そうですか。わざわざすみません。ロイさん、自分のお仕事があったんじゃないですか」


 彼女はyutubeやテレビの映像で見た人柄と変わらず、礼儀正しく頭を下げてきた。


「いや、構わない。君を守るのが最優先の仕事だ。何かして欲しい事があったら言ってほしい」

「そうですか。じゃあすみませんけど、チタルム川まで案内してもらえませんか」

「……。わかった」


 チタルムのあたりには何度も行った事がある。

 正直、二度と見たくない場所だ。

 悪臭を放つ汚れ切った川。

 そんな環境の中で暮らす人たちを見ると、やりきれない気分になるからだ。


 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 彼女が行きたいというなら、連れて行くしかない。

 俺はタクシーを呼び、二人で後部座席に乗り込んだ。


「チタルム川まで頼む」

「チタルムの、どのへんでしょうか」


 帽子を被った男の問いかけに、マルデリタ嬢は顔を上げてこう言った。


「川の中央あたりの、一番汚い所にお願いします」

「汚い所? 変なことを言うお客さんだね……、ん?

あんた、リナ・マルデリタ? 本物、じゃないよな?」


 恐る恐る振り返る運転手に、俺は警察手帳を出して行った。


「彼女は本物のマルデア大使だ。金はいくらでも出す。怪我をさせないよう丁重に運転してくれ」

「へっ? ほ、本物!? わ、わかりやした!」


 運転手はミラーで何度も彼女を確認しながら、車を出した。


 移動中。

 彼女はぼんやりと外を見たり、スマホをいじったりしていた。

 それだけを見ると、普通の愛らしい少女のようだ。


「しかし、驚いたな。話には聞いていたが、君は本当に一人で行動しているのか」

「え? はい、まあそうですね」


 当たり前の事のように頷くマルデリタ嬢は、嘘をついているようには見えない。

 俺は少し聞きづらい事を尋ねてみた。


「……その、マルデアから誰か応援はないのか」

「……ないですね」


 彼女は窓の外を見ながらそう言った。


 やはり、上から届いていた話は正しかったようだ。


 彼女はいつも一人で魔石を運んでくる。

 そして一人で政府や企業とやり取りをする

 マルデアから彼女以外の者が来た事は一度もない。


 交渉も、運搬も、自衛も。

 全て彼女が一人でやっているのだ。

 しかも、世界各地の安全じゃない地域にまで足を運んで。


 この子が一体どれだけの能力を持ち、何のために一人で地球と貿易しているのか。

 俺にはわからない。

 だが、今彼女は俺のすぐ傍にいる。

 ならば、見届けてみよう。彼女が何を成すのか。

 決意を固めた俺は、前を見据えた。



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