第36話 実家へ


 突然与えられた、第一研究室のワープルームを使える権利。

 それは、正確な位置に降りる事が出来るワープだった。


 一度だけとは言え、私は信じられない思いだった。


「……。ほんとに使えるんですか?」


 硬直してしまった私に、ガレナさんは微笑んだ。


「うむ。君は以前言っていただろう。地球の故郷に行ってみたいと。

これなら、誰にも見つからずに行って来れるのではないかね」


 ガレナさんには、既に私の前世の話をしていた。

 彼女は信頼できる仲間だと思ったからだ。

 でも、こんな事をしてもらえるとは思っていなかった。


「その、私の個人的な事に使っていいんですか?」

「問題はないさ。君が毎回地球へのワープで大変な思いしていると陳情したら、お情けで許可が出たのだ。

一度きりですまないがな。その権利は、普段苦労している君が好きに使えばいい」

「ガレナさん……。ありがとうございます」


 私が深く頭を下げると、彼女は笑って言った。


「気にする事はない。君は私たちに新しい世界を見せてくれたのだ。

今の私は、以前よりもやりがいのある日々を送れている。私はむしろ、君に感謝しているよ」


 ガレナさんは、私の仕事をとてもよくサポートしてくれている。

 振り返ってみても、こちらが礼を言うべき事ばかりだ。


 ああ、私は仲間に恵まれたんだ。

 泣きそうになるのをこらえ、私は何度も礼を言った。



 そして、翌日。

 私とガレナさんは、魔術研究所の第一研究室にいた。

 今回借りた星間ワープは、いかにも最新鋭の魔術機器と言った感じだった。

 操作デバイスには、しっかりと地球の詳細な地図がインプットされている。


「目的地は日本国、奈良県の北西部……、このあたりだな」


 デバイスでマップを細かく確認しながら、ガレナさんが目標位置を打ち込んでいく。


 私は今回、輸送機も何も持って行かない。

 仕事ではなく、今回だけは完全にお忍びのプライベートな地球訪問となる。


 目立つ桃色の髪は後ろでまとめ、服の中に入れておいた。

 帽子を深く被ると、普通の西洋人と言っても通るだろう。

 うちの地元は海外からの観光客も多いから、外国人顔くらいなら目立つことはない。

 これで、まず一目で私だとバレる事はない。


「では、君の健闘を祈るよ」

「はい。行ってまいります」


 ガレナさんと挨拶し、私はワープルームに入った。

 すると、周囲が光に包まれて行く。

 次の瞬間、私の姿はマルデアから消えていた。




 降り立ったのは、のどかな公園だった。

 木々に囲まれた草地。

 周囲では、鹿たちが群れて歩いているのが見える。


 ああ、帰って来たんだ。

 私は二十年以上ぶりに、故郷の地を踏みしめていた。

 青臭い匂いも、田舎っぽい感じも、古めかしい建物も。

 昔とほとんど変わっていない。


「大仏さんおっきかったー!」

「凄かったねえ」


 東大寺を見てきたのだろう。

 観光客の家族が、楽しそうに手を繋いで歩いていく。

 私の存在は気づかれていないようだ。


「……。うちに帰ろう」


 私は懐かしい道を、自宅に向かって歩き出す。


 事前に、前世の友人であるゲンと連絡を取っていた。

 私の両親は今日も元気に、あの店を営業しているらしい。

 もう年だろうに、まだやってるんだ。


『奈良に着いたよ』

『ほんとかよ……』


 ゲンにメールすると、まだ半信半疑のようだった。

 私の事を両親に伝えてもらおうと思ったけど、それは拒否されてしまった。


 まあ死人が生きているという話だしね。

 確証もなしに信じる事ができないのは当然だ。

 やはり、直接会って話すしかないのだ。 


 ゲンにも、私がマルデアの大使である事はまだ教えていない。

 荒唐無稽すぎて、余計信じなくなると思うし。


 母と父に会ったら、どうしよう。

 会っても、信じてもらえないかもしれない。

 それなら、生きている姿を確認するだけでもいい。

 元気な顔を見れたら、それでいいと思っていた。



 日本家屋の並ぶ住宅街を歩くと、色んな思い出が蘇る。

 近所を鬼ごっこして回った事。

 ドロドロになってしかられた事。

 母さんと、父さんと、ゲンと……。みんなに囲まれて育ったこの町が、確かに私の中で蘇っていた。


 そして、私はある店の前に差し掛かった。

 古めかしい和菓子屋だった。

 ここが、私の実家だ。


 その入口付近に、四十くらいの中年男性が立っていた。

 ずいぶんと年老いて、おじさんになっている。

 でも、私にはすぐわかった。

 あれがゲンだ。


 どうやら、私の連絡を受けて様子を見に来たらしい。

 店の前でキョロキョロと周囲を見回している。

 "俺"らしい人間が来るのを待っているのだろう。

 私は近づいて、声をかけてみる事にした。


「あの……。ゲン、だよね」


 すると男性はこちらに振り向き、目を見開いた。


「ま、まさか、連絡してきたのはお前なんか……」


 まあ、ピンクな髪をした少女が来るとは思わなかったのだろう。

 ゲンはめちゃくちゃ驚いていた。


「うん。色々迷惑かけてごめん。私、こんな感じになっちゃった。久しぶりだね、ゲン」


 私ははにかみながら、昔のようにノッポな彼を見上げる。

 すると、彼は頭に手を当てて苦い顔をしながら言った。


「……。まだ信じられんな。ていうか、余計混乱するわ。

大人になったユウジが来るんかと思ってたのに、なんでリナ・マルデリタが来るねん……」


 頭が痛くなったのか、しゃがみ込んでしまうゲン。

 まあ、そうなるよね。

 ただ生まれ変わっただけならまだしも、宇宙人になってるんだから。

 説明するにもややこしい話だ。


「まあ、話せば長くなるんだよ。でも、ほんとにオッサンになっちゃったね、ゲン」


 学生だった親友が職場のおじさんみたいになってて、私はつい笑ってしまう。


「当たり前や。最後に会ったの95年やぞ。何年経ったと思ってるねん。普通に仕事も板についとるわ」

「そっか。うん、ゲンも立派になったんだね。そうだ、貸したままのロッツマンXどうなったの?」

「まだ実家の押し入れにあるやろうな。ほんまに返してほしいんか?」

「あはは、別にもういいや。それで、母さんと父さんはいる?」


 私が本題に入ると、ゲンは店の入り口に目を向ける。


「……、ああ。中でいつも通り店やってるけどな。

言っとくけど、俺はおばちゃんには何も説明してないぞ。

死んだ人間が生き返ったなんて、親御さんに証拠もなしに言えるわけないからな」

「うん、わかってる。母さんには、自分で話すよ」


 ここから先は、俺と両親だけの問題だ。ゲンに頼るべきではない。


 親友との話を終えた私は、実家の前に立つ。

 そして、意を決して店の戸を開けた。


「あら、いらっしゃい」


 中には、六十代くらいの女性が一人いた。

 顔にはシワが入り、私が生きていた頃よりは、ずいぶん年を重ねているようだ。

 でも、母さんは母さんだった。

 お客さんにかける声の感じも、変わっていない。

 その声を聞いただけで、懐かしさが溢れてくる。

 私は泣きたくなるのをぐっと堪えながら、店内を見やる。


 幸い、他にお客さんは来ていないようだった。

 店の中は、古びた棚も、私が傷つけた柱も、何も変わっていなかった。

 私の、俺の家だ……。

 二十六年ぶりに、帰ってきたんだ。


 と、カウンターの向こうに立った母が私の姿に気づいたようだ。


「ん? あんた、すごい奇麗なピンクの髪やねえ。宇宙人のリナちゃんに似てるわ」


 どう言って答えようか。私は迷った。

 でもいきなり息子だと言っても、そうそう信じてはもらえないだろう。

 まずは、今の私として自己紹介をしないと。


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