第30話 しごとしごと
その日はもう遅くなったので、地元のホテルに泊まらせてもらう事になった。
高級ホテルというわけではなかったが、やはりスイートルームにぶち込まれてしまった。
「ミス・マルデリタの安全は、我々が必ずお守りいたします!」
気合の入った地元警察のおじさんが敬礼し、部屋を出て行く。
私がいると、みんな仕事しなきゃいけなくなるから大変だね。
私はベッドに飛び込みながら、ホテルのテレビをつける。
ちょうど真面目そうなアメリカの討論番組が放送されていた。
「リナ・マルデリタさんが本日、ワシントン山に登られたそうです。
本人がSNSで写真を公開していました。この行動の意図についてはいかがですか」
司会者が当たり前のように私の話をしているのも、なんか慣れてきた気がする。
「地球との友好を示す行為じゃないでしょうか。観光地を回って、アメリカの事を知ろうとしてくれているのでしょう」
対面に腰かけた女性の答えに、司会者の男性が頷く。
「ええ、ですがそれだけではないようです。
彼女と一緒に下山してきた青年たちは、吹雪で遭難していたらしいのです。
命も危ない状況だった所を、彼女に魔法で助けられたという話でした。
実は最近、リナ・マルデリタさんに関する新たな噂があります。
彼女は地球に来るたびに誰かを助けている、と主張する人が大勢いるのです。
そこで番組が調査したところ、これまでに彼女に助けられたと発言した人たちの中で、信憑性の高い人物が四人いる事がわかりました」
画面がVTRに切り替わり、司会者が説明を続ける。
「最初はペンシルバニア州アルトゥーナ市の少年です。
彼はフットボールで足を故障し、若くして選手生命を絶たれました。
そこへ突然現れ、魔法のような力で足を治して行った少女がいたのです。
後になって、それが宇宙の親善大使だったとわかったそうです。
それから、日本の東京で役者志望の少女が彼女に治療されました。
この模様は撮影されており、貴重な魔法による治療映像が出回っています。
三つ目は、オタワでリナさんと遭遇したカナダ警察のカーター警部。
彼は数年前にマフィアとの戦闘で失った腕を復活させてもらったそうです。
そして今日が四つ目。雪山で遭難した青年たちを助けました。
みな、マルデリタさんへの感謝を口にしています」
「つまり、意図的に地球で困った人を探してワープしてくるという事でしょうか」
「そうかもしれません。だとしたら彼女はまるでヒーローです」
司会者と女性は、調査したデータについて真剣に話し合っている。
ただまあ、これは間違いなくたまたまだ。
良いように解釈してくれているのは助かるけどね。
スマホでネットを確認すると、やはり今のニュースが広まっていた。
xxxxx@xxxxx
「【朗報】リナ・マルデリタ、行く先々で人を救っていた事が判明」
xxxxx@xxxxx
「ランダムな場所に落ちる説から一転、困った人のところに飛んでくる説が有力に」
xxxxx@xxxxx
「誰だよ、無能ワープ乙とか言ってたやつ」
xxxxx@xxxxx
「ごめんなさい、私です」
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「やっぱリナたんは俺たちの女神」
xxxxx@xxxxx
「秋葉原の前に大阪に現れたという噂があるけど、ここは誰か助けたのか?」
xxxxx@xxxxx
「難波付近にリナ・マルデリタのサインと写真を置いてる店がある。
店長は店を助けられたと言ってたけど、細かい事は教えてくれなかった」
そのツイートの下には、いつか夜明かしした焼き鳥屋の写真が貼られていた。
xxxxx@xxxxx
「写真は本物っぽいね。サインは、何語だこれ」
xxxxx@xxxxx
「画像翻訳にかけたが、地球のどんな言語とも違うみたいだな」
xxxxx@xxxxx
「ガチっぽくね?」
うーん。見事に私の行き先が全て噂になってしまっている。
やはり身を隠すのは不可能に近いか。
いよいよ奈良に行く方法が難しい。やっぱ開き直ってそのうち観光名目で行くしかないか。
私はスマホを放りだし、ベッドに横になったのだった。
翌日。私は午前中に移動し、午後にはニューヨークにいた。
「まったく、雪山から君が現れたと報告を受けた時は肝を冷やしたよ。
捜索隊を出そうとしたが、自力で降りてくるとはね」
国連本部の会議室。
対面に腰かけた外交官のスカール氏は、疲れたような顔をしていた。
「すみません。私は魔術師ですので、ある程度の危険は対処できます。その、ご安心ください」
「それは頼もしい話だが。やはり君に万が一があるといけない。
今後は人里離れた場所も捜索範囲に入れよう」
「ありがとうございます」
もはや北米全土が対象になってしまった。
米警察も大変だろう。
「ゲームの販売はどうかね」
「順調です。第二出荷もすぐに売り切れましたし、次のソフトも発売に向かってローカライズ作業を始めています。
ただマルデアで立ち上げた会社がまだ四人しかいないので、一つ一つ進める形になります」
「そうか。そちら側に人員を送れないのがはがゆい所だが、仕方あるまい。
経営について何か問題があれば、コンサルタントを用意しよう。アドバイスならいくらでも可能だ」
「感謝します」
それから、持ってきた魔石を全て国連に譲渡する事になった。
「災害排除までは、あとどれくらい必要だろうか」
「一万あれば一つの町を災害から守ると言われています。
いきなり大規模なものを目指しても、私も実績がありませんので。
最初は三、四万くらいの中規模な災害から当たるのが良いのではないかと思います」
私の説明に、高官たちは難しい表情で頷いている。
「ふむ。そのあたりは危機管理省に任せるが、何しろ魔法に関わる事だ。
マルデリタ嬢にも関与してもらえるとありがたい」
「もちろんです。ある程度の魔石が用意できれば、私も参加しましょう」
さて、アメリカはこれで終わりだ。
次はチャーター機で日本へと向かう。
永田町に着くと、私はすぐに首相と対面することになった。
「引き続き日本へのご支援、感謝いたします」
笑顔でセリフを言う総理に、私は頷きながら切り込む事にした。
「はい。あの、ゲーム会社さんとのご縁で京都に何度か訪ねまして、少し見る機会があったのですが。
日本の古都は風情があって素晴らしいですね」
「ありがとうございます。お時間があれば、京都の観光案内をさせて頂きましょう」
うーん、京都もいいけど、その下にある県がいいんだよね。
まあこの話が進めば、古都繋がりで奈良へ行くチャンスもあるかもしれない。
とりあえず一歩前進かな。
私は政府との挨拶を終えると、すぐにNikkendoの東京支社に向かった。
ようやく本題のゲームビジネスだ。
支社のビルにやってきた私は、すぐに開発室に案内された。
まずは、レトロゲームセットのローカライズチェックだ。
昔のゲームというのは、文字数がほんとに少ないものが多い。アクションゲームは特に、ほとんど言語に依存しない。
テトラスも含め、何画面かチェックしてパッケージのデザインを見るだけで、特に問題はなかった。
収録ゲームの一つである『スーパードンキューキング』をテストプレイしながら、私は昔を思い出していた。
ゴリラとチンパンジーのコンビが冒険するこのゲームは、1994年当時の作品としては飛びぬけたアニメーションを誇っていた。
音楽も素晴らしく、アクションもアイデアに満ちている。
操作はスピード感があり、なおかつナチュラルだ。
このゲームを作ったのは、イギリスのとあるメーカー。
『バンジオとズーイの冒険』などで知られる、とても優秀な開発会社だ。
ドンキューはスーファムで遊んだ中でも個人的に思い入れがある作品で、つい表情がほころんでしまった。
「来月には発売できるよう、パッケージの製造を始めます。
次に地球に来ていただいた時には、製品をご用意しておきます」
「ええ、よろしくお願いします」
オールスターゲームは発売に向けて、着々と準備が進んでいた。
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