第28話 大会だよ


 マルデアの休日。

 いつもはグダグダして過ごすけど、今日はちょっとしたイベントを開催する予定だ。


 私は朝食を食べた後、すぐに家を出た。

 ワープステーションを使って向かうのは、賑やかな首都の町。


 大通りから少し外れた所に、大きめの玩具屋さんがある。

 ここで今日、店側の協力を得てゲームの大会を開く事になっていた。


 通信ページでも告知しておいたので、そこそこは人が集まると思っている。

 メイン司会はもちろん、ゲーム攻略動画でお馴染みのサニアさんだ。


 とりあえず、店のカウンターに立っていた店長さんに声をかける。


「おはようございます、ガレリーナのリナ・マルデリタです」

「ああ、副社長さんだね。おはよう」

「今日はすみません、店内をお借りする事になって」


 私が頭を下げると、店長さんは気のいい感じで笑う。


「ははは。大会って言われてもうちはイベントをした経験がないから、よくわからないけどね。

マルオを買った子たちは夢中で遊んでるみたいだから、きっと喜ぶだろうさ」


 どうやら、未経験なイベントに許可を出してくれたようだ。

 ありがたい話だね。


 イベント開始時間に近づくと、親子連れがちらほらと集まってきた。


「あの、今日ここでマルオカーツの大会があるって聞いたんだけど」


 小学院くらいの子どもが、おずおずと私に問いかけてくる。


「はい、受け付けてますよ。ここに参加する人の名前を書いてくださいね」


 ペンを渡すと、彼はせっせと自分の名前を書き込んでいた。

 なかなか意気込んでいるようだ。


 お昼までに二十人ほどの参加者が集まり、それなりの人出の中でイベントが始まろうとしていた。


 さて、私の方も配信の準備だ。

 この大会の模様を、地球の人たちに届けたいと思う。


 今回、初めて生放送で動画配信をする事にした。

 yutubeの生放送機能を使い、すぐに自撮りで放送を開始する。


「地球の皆さん、こんにちは。リナ・マルデリタです。

突然ですが、今から生放送を始めます。

今日はマルデアの玩具屋でマルオカーツの大会があるんです。

皆さんにも是非見てもらいたいと思って、その模様を流す事にしました」


 私は話しながら、店内の様子をカメラで撮影する。


「マルデアの玩具屋?」

「すごいなんかお洒落!」

「子どもたちが集まってるね」

「wow, e-Sports」

「おはよう、リナ!」

「生配信なの?」


 早速コメントがたくさんつき始めて、もはや読めないほどの速度になっている。

 視聴者はすぐに10万人を超えた。


 店内の子供たちは、そわそわした雰囲気で大会を待っている。

 さて、時間になったところで本日の司会者がやってくる。


「みんな、こんにちは! 攻略コーナーでお馴染みのサニアよ!

今日は集まってくれてありがとうね!」


 サニアさんが動画配信の時の外ヅラを決め込み、笑顔で子どもたちに挨拶をした。


「あ、サニアお姉さんだ!」

「こうりゃくのひと!」


 子どもたちは熱心に動画を見ていたのか、すぐサニアさんとわかったらしい。


「攻略動画見てくれてるの? ありがとう! 今日はみんなで一緒にバトルしましょう!」


 サニアさんもちょっと有名人気分で嬉しいのか、ノリノリで腕を上げていた。

 早速、受付順に四人の小さな選手たちが出てきて、大きなモニターの前で大会が始まる。


「さあ、キナコカップのポイント勝負よ。3、2、1、スタート!」


 サニアさんがカウントしてレースが始まる。

 子どもたちはコントローラーを握りしめ、夢中でカートを走らせている。


「カールくんが二番手、スタートダッシュに成功したのはラティちゃんです! まだまだ、アイテムで勝負が変わるわよ!」


 サニアさんの実況も、子どもたちの声も。

 きっとその言語自体は地球人には伝わっていないだろう。


 でもゲームに夢中になる楽しさや喜びは、きっと星を超えて伝わっているはずだ。



 生放送の視聴者は100万人を超えていた。

 ただの玩具屋の子どもゲーム大会を、素人撮影の映像を。

 地球の人たちがめちゃくちゃ見てる。


 きっと、新しい何かが芽吹いている瞬間だから。

 自分たちも、そうやって楽しいことに夢中になった覚えがあるからだろう。


 言葉などいらず、私はただずっと大会の模様を撮影し続けていた。


 一通り試合が終わると、ポイントを計算して、優勝者が決まる。


「マルオカーツ第一回大会、優勝はヨッスィーで華麗な走りを見せたパノスくんよ! おめでとう!」


 パノスくんには、サニアさんから賞状が手渡された。


 私たちが作っただけの何の意味もない紙を、パノス君は嬉しそうに抱える。

 そして、母親の下に戻っていった。


「おかあさん、これ!」

「よかったわね。よく練習して頑張ったわ」


 母親が、息子の頭をなでて褒めてあげている。

 そこまで撮影したところで、私はカメラを自分に向けた。

 そして、視聴者のみんなに向けて英語で話し始める。


「どうでしたか?

マルデアの子どもたちは、地球のみなさんが作ったゲームを楽しみ始めています。

これから、もっとたくさんのゲームを輸入して、マルデアのみんなを笑顔にしていきたいと思います。

では、ご視聴ありがとうございました。またお会いしましょう」


 私はカメラを切り、生放送を終えた。

 yutubeのコメント欄は盛況のようだ。


「ありがとう! みんな楽しそうだったね!」

「子どもの頃に兄とゲームに夢中になったのを思い出したなあ」

「ゲームへの愛と情熱を感じたよ。ありがとう」

「とてもいい配信だったわ」

「ああ、懐かしい我が少年時代よ……」

「なぜかはわからない。でも、とても美しい光景だったよ」

「あれ、なんで泣いてるんだろう……」


 どっちかというと、昔を懐かしむようなコメントが多かった。

 そう。

 これは前世の日本の玩具屋でよく見た光景だった。


 子どもたちが集まって、おもちゃのイベントに群がる。

 そんな光景を、私はこの世界で再現してみたかった。


 小さくて、大したものじゃないけど。

 賞金も何もないけど。

 でもなぜか、確かなワクワクとドキドキがある。


 そんな場所と時間を、作ってみたかったのだ。

 イベントが終わり、子どもたちが玩具屋から去っていく。


「ふう、結構大変だったわ」


 サニアさんは司会の役目を終え、ベンチに腰かけて息をついていた。


「お疲れさまです、サニアさん、店長さん。今日はわざわざありがとうございました」

「ううん、子どもたちがあんなに夢中で楽しんでる所、見れてよかったわ」


 サニアさんは、疲れながらも充実した笑顔を見せていた。


「ああ、あの子たちにも良い思い出になっただろう。

うちの店でこんな事ができたのは、うん。嬉しいよ」


 店長もまた、何かしら達成感を感じているようだ。


「マルデリタ君。またそのうち、頼んでもいいかい?」

「はい、ぜひよろしくお願いします」


 その後私たちは店の片づけを手伝ってから家に帰った。





 さて、マルデアに戻ってから一月が経った。

 日本からスウィッツの第三弾出荷分が完成したという報告が届いたので、私は地球へと向かう事にした。

 レトロゲームパックのローカライズもほぼ終わったので、その確認もする予定だ。


 ここまでの商売の滑り出しは、好調と言える。

 第二出荷の六千台は飛ぶように売れ、その収入がまた私の懐に飛び込んできた。

 ガレリーナの企業用貯金は、既に200万ベルを超えた。


 当然それを使ってまた大量に魔石と収縮ボックスを買い付けてある。

 今回もスウィッツの台数に合わせて六千個と六十個だ。


 輸送機に魔石などを縮小して詰め込み、私はいつものようにワープルームへと向かった。


「ガレナさん。前回のような国境越えはさすがにやめてくださいよ」

「うむ、今回はしっかりと調整した。地球のマップもインプットしてあるからな。

ニューヨークの周辺くらいには落ちると思われる」


 思われる……。なかなかのワードチョイスだ。

 今回はゲームの仕事も途中なので、国連本部に行って魔石を渡した後、すぐに日本へ飛ぶ予定になっている。

 まあ、順調に行けばだけどね。


「そうですか。ではよろしくお願いします」

「うむ。健闘を祈る」



 いつもの言葉と共に私はマルデアから姿を消し、次の瞬間には地球にいた。


 そこは、真っ白だった。

 何がって、全部が。


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